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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #dbd

    過去ログ5彼はどこから来たのだろう。背の高い草の生い茂った湿地地帯に横たわる男を見下ろしながらレイスは思った。
    血反吐を吐き散らしながら、うめき声をあげて必死にもがき逃れようとするこの男をレイスは知らない。名前も年齢も、どこに住んでいるかも知らないのだ。
    灰を厚く塗りこめたような硬質化した足で、男の背中を踏みつける。甚振ってやろうという魂胆があったのではない。ただ、何かこの男の情報が得られるのではないか、そんな僅かな期待をかけてレイスは男の薄っぺらな背中を踏みにじった。
    しかし、レイスの望むようなものは得られなかった。聞こえたのは苦痛と恐怖に咽び泣く荒い呼吸だけだ。
    小首を傾げてもう一度、脊髄にそって強く力を込めて男の背中を右足で押さえ込んだ。素足の下で、背骨が軋み筋肉繊維がギシギシと引き攣るのを感じた。鋭い神経を研ぎ澄ませば、角質化した足の裏は暴れ狂う心臓の脈拍までも感じることができる。そして聞こえたのは鋭い悲鳴。
    それがレイスの存在の全てだった。恐怖。暴力。血。痛み。そして死。
    エンティティに哀れな犠牲者たちの無垢な命を捧げるために、レイスはここにいた。
    清潔な朝日のようにぼんやり白く輝くレイスの双眸は、命にしがみつく男を捉えながら心は遠くにあった。

    どうしてこんなことになってしまったのか。
    子供のように純真な質問がすっかり狂気に陥った脳に爪を立てる。そんな無意味な質問を退けるように、レイスは男を担ぎ上げた。
    抱き上げる直前に、レイスは初めて犠牲者の顔を見た。メガネをした冴えない雰囲気の男。きっと賑やかな街にいれば簡単に忘れ去れてしまう。床に散らされたクッキーの食べかすよりも印象に残らない。そんな冴えない印象の男だった。
    しかしその印象はかつてのレイスによく似ていた。自動車解体の現場に勤めていた、フィリップ・オジョモに。
    ほんの一瞬に感じた面影をふりは振り払うように、レイスは一層荒々しく男を担ぎ直した。その前に一度わざと男を取り落とし、硬い地面の上に叩きつけた挙句に、アザロフの骨で組み上げた棍棒に似たそれでしたたかに男の肩甲骨の付近を殴りつけたが。
    それでも、八つ当たりをしたところでレイスの気が晴れることは全くなかったが。殴打され、骨を砕かれ、内臓もいくつか出血が見られるだろう。ぐったりとした男を担ぎ、レイスはフックが吊るされている場所に立っていた。家畜の屠殺場のように重々しく、おぞましい赤錆びたフックが吊るされたそこは処刑場だ。

    「僕を、吊るすのか」

    あまりに弱々しい掠れた小さな声だった。叫び声を上げすぎて声帯に傷もついてしまったのだろう。その声は囁くように小さい割にはひび割れていた。

    「なあ……豚みたいに、吊るして……食べるのか?」

    レイスは答えない。答える気などもない。ただ義務的に男をこのフックに吊るし、最大限の苦痛と恐怖を与えた上でその魂をエンティティに捧げなくてはならないのだ。たとえ、彼が自分が食人鬼であると勘違いしていても、それを正す瞬間は二度とない。

    「……や、め……てくれ。たのむ……。死ぬ、のは……いや……だ……」

    命乞いなどレイスは聞き飽きていた。しかし、聞き飽きていても何も感じないわけではない。彼は死を前にした犠牲者たちの声を聞く度に思っていた。
    プレス機で押しつぶされた彼らも命乞いをしたのだろうか、と。
    その答えに頷くのもまたレイスだった。彼らはトランクの中で口を塞がれていた。だが叫んでいたのだろうと。死にたくない。助けて。と、残酷な死を迎える寸前に家族の名前を絞り出したのだろうと。それを思う度に、レイスの冷め切ってしまった胸のどこかに切りつくような痛みの風が吹き込む。だがレイスは知らないのだ。殺人を今更やめること以上に、この痛みを忘れる方法を。
    痛みを麻痺させるために、自らの意思で誰かを甚振る方法以外を。
    耳を澄ませば、逃げ場のない霧の世界の中、至る場所から声が聞こえた。

    「死にたくない……」

    「誰か、助けて……!」

    「痛い……。血が……止まらない……」

    「怖い。お母さん……!」

    痛々しい犠牲者たちの声。それらが死と静寂の霧に覆われた世界に燻っていた。きっとこの声はエンティティにとって賛美歌以上に、自身を讃える声に聞こえるのだろう。エンティティに限らず、他の殺人鬼にとっても痛みを訴える声は彼らの最上の褒美になる。しかしいつになっても、レイスにとってその声は痛みにしかならなかった。耳障りなノイズは胸の痛みを抉り続ける。
    聞こえる音の全てが煩わしい。苛立ちと嫌悪感を抱えながら無表情にレイスは担いだ男をフックに突き刺した。まるで花瓶に花を挿す程度の気軽さで。

    「があああっ!!」

    やはり悲鳴はレイスにとって煩わしいものではしなかった。つんざくような濁った悲鳴はしつこく鼓膜に残り続ける。べったりと血塗れの手で鼓膜を撫でられたかのように。レイスは一歩後ずさり、首を傾げてフックに吊るした男を見た。月明かりに照らされ、その表情はよく見えた。涙と汗でぬらぬらと光る顔は苦痛に歪み、大きく開かれた口からは血を吐くような叫び声が絞り出されている。太いフックが貫いた右肩は、鎖骨の下を通しているせいで簡単には逃げ出すことはできないだろう。それでも男は諦めず、フックを吊るす鉄骨を掴み自分の体を持ち上げようと足掻いていた。
    どうして彼は諦めないのか。レイスは不思議なものを見るかのように、また首を傾げて男の顔を見やった。彼以外の3人は皆レイスによって殺された。骨を砕かれ、吊るされ、苛まれながら。
    なのに必死にここから逃れてみせるという意思で彼は死から遠ざかろうとしている。
    レイスの嫌う悲鳴をあげながら。

    「ぼ、く……っは。死ね……な、いっ……!っぎ、……ぐ、ぅ!」

    諦めてしまえばいいのに、そうすれば苦痛と恐怖から逃れられるのに、と同情めいた感情を自分で抱いているとは気がつきもせず、無表情に男が身悶える様をじっと伺っていた。フックが突き出た肩口からは出血がひどい。心臓の脈拍に合わせて血が吹き出し、足元に生える野草を濡らす。赤と緑のコントラストがやけに生々しく目に映った。
    上がる悲鳴は止むことがない。放っておけばいずれは止むと分かっていても、エンティティがトドメをさしてくれると分かっていてもその声はあまりにも耐え難かった。生に固着した声ほど聞き苦しいものはないのだ。耳を抑えてその場にしゃがみこみたい衝動をこらえ、レイスは佇んでいた。
    その様をどれだけ眺めていただろうか。やがてレイスはふるふると小さく首を頭を左右に振ると吊るされた男の腰に、細長い灰色の腕を伸ばして掴み上げた。爪を立てないなんて気遣いは無用だ。存分に爪を立て、服の繊維さえも断ち切りながら男の腰を掴む指に力を込める。
    フックが抜ける痛みもあって男が目を剥き、ひっひっと引きつった悲鳴を漏らす。痛みのショックも強いのだろう。その顔は青ざめ、血の気はすっかり消えていた。完全にフックから男を取りはずと、剥がしたポスターのようにぞんざいに男を床へと転がした。何が起きているのか分からない様子の男にちらりと視線を送る。
    悲鳴はやんだ。しかしこれでレイスの静寂は守られた訳ではない。
    時間の概念がすっかり消え失せたこの世界で、犠牲者の悲鳴が止むことは決してないのだ。

    ならば、ほんの少しだけ。レイスは期待して手持ちの武器を振り上げた。血ですっかり濡れた血なまぐさいそれを振りかぶれば、まだ乾かぬ赤い飛沫が一面に散った。

    ほんの少しだけ、静寂を許されたい。それを願ってレイスは男の頭部にアドロフの頭蓋骨を打ち込んだ。犠牲者の頭蓋が砕ける音。割れた骨からは脳漿と血が飛び散り、レイスの顔を濡らした。次に聞こえたのは男が湿った地面に伏せる音だった。
    殴りつけた余韻で腕が痺れている。その痺れを感じるがままレイスはその場にへたり込んだ。
    白濁した瞳を伏せるとようやくレイスに静寂が訪れた。命ある犠牲者が消え失せた世界から霧が遠ざかっていく。やっと得ることができた静寂にレイスはただ、身を任せていた。この静寂があと少しでも長く続くことを願いながら。
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    Replies from the creator

    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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