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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #ヴェノム
    venom.

    過去ログ8肌寒い風が吹く、ある日の午後のこと。
    エディ・ブロックは二つの花束を腕に抱えて白い墓石の前に立っていた。墓石に刻まれた名前は、ドーラ・スカース。彼女の墓石の前には、おそらく彼女の子供が残していったのだろう手紙と花が置かれている。
    手紙の上に乗った無遠慮な落ち葉を払うと、エディも抱えていた花束を添えた。彼女が何の花が好きだったかなど知らないし、子供の名前すらも知らなかった。しかし、彼女は家族に愛されていたのだろう。磨かれた墓石と手紙と花。それだけで十分だった。
    彼女を守ることができなかったこと。今になってそれが悔やまれる。もっと彼女のことを知っていれば彼女を守ることもできたかもしれないのにという後悔だけは、エディの胸にへばりつき削ぎ落ちることもない。
    苦虫を潰したような表情のエディを覗き込むのはシンビオートだ。
    「エディ。これが葬いか」
    シンビオートがエディに寄生してから墓に来るのは初めてだった。愛車のバイクを降りてからここに来るまでは、興味深そうにあちこち視線を漂わせていた。だが、ドーラの名前を目にした瞬間から今までは大人しくしていた。
    おおよそ、エディの心情を汲んだのだろう。控えめな声の響きに優しく口元を緩めた。
    「そうだ。これが人間の弔いさ。寂しいだろ?」
    「寂しくなんかない。ここに来れば会える。違うのか?」
    随分と感傷的なことを言うものだと感心しながらも、その言葉には随分とエディも救われた。そうかもなと返せば、肌寒さを感じる腕をさすって辺りを見渡した。その腕にはもう一つの花束が抱えられている。
    「それじゃあ、スカースさん……。また来るよ」
    墓石は何も答えない。死人は何も答えてはくれないが、どこか返事を期待しているかのような響きを残す。
    「花が枯れる前にまた来る」
    エディの言葉にドーラからの返事はなかった。重ねられたのはシンビオートの声だ。その声にもまた、感情の含みが感じられた。だが彼はエディの中に収まってしまっている。
    「ヴェノム?」
    呼べばその姿をすぐに表してくれる。背後から飴のように伸びたシンビオートがエディの顔を覗き込んだ。
    「俺の仲間が彼女を殺した。俺の仲間も共に死んだが、彼女の方に思い入れがあるのさ」
    お前の影響のせいでと続けられた言葉になんと答えたらいいのか、エディには分からなかった。
    それでいいとばかりにヴェノムが残った花束を覗き込んだ。エディが腕の中に抱くのは白い百合の花束。瑞々しい花弁が重たそうに揺れる。
    「聖母マリアを象徴する花だよ。お前も覚えておくと役立つかもしれないぞ」
    黄色い花粉を鼻先にかぶったシンビオートに教えるも、興味なさげにそっぽを向かれた。彼の興味は食えるか食えないか。最近に限っては、エディに関係あるかないかに向けられる。媚びることのない正直な奴だなと微笑めば、綿のように軽い花粉がエディのジャケットを汚した。
    ジャケットを汚しながら歩いて向かうのは、また一つの墓だ。
    ドーラの墓石から遠く離れた、鉄柵に括られたそこは無縁墓地。黒い鉄製の、百合と十字架のリースが飾られたアーチをくぐればエディの目的の墓がすぐに見えた。
    ドーラの墓とは異なり、寂しそうにただあるだけといった墓石が。
    寂しげな墓石に刻まれた名前は「マリア」。苗字もない、名前が一つ刻まれている。
    「マリア……」
    繰り返しその名前を繰り返すのは、エディの中に潜んだシンビオートだ。その名前に聞き覚えがあるのだろう。そしてエディの記憶が今も筒抜けであるのなら、マリアとエディの関係を知ることができる。
    エディとシンビオートが出会うきっかけになった、彼女の名前だ。
    「……エディ。すまない」
    エディ自身、謝ってほしいわけではない。エディにとってこれはケジメだった。彼女から移された寄生体がエディの身に取り憑き、奇妙な関係を築きながら極めて順調な生活を送っている。彼女の死の上で成り立った生活にケジメをつけたかったのだ。そのことは全てシンビオートも察しているのだろう。
    顔を出したシンビオートが力なく首を左右に振った。
    「……いいや。マリア……すまなかった」
    「……お前のせいじゃない。悪いのはマリアを騙したケツ野郎だ」
    行き場のないマリアを騙して契約し、モルモットとして扱った挙句に殺したのはシンビオートではない。彼らを悪用しようとしたドレイクだ。
    シンビオートは本能のまま彼女の体を貪って生きようとしていただけ。その結果、彼女が死んでしまったのだ。
    彼女を死に追いやった当人であるドレイクを殺しても、その生活には罪悪感の影が付き纏う。ドーラとマリアの死。もしかしたら自分なら救えたかもしれないという、拭きれない罪滅ぼしを行なっていた。
    それでも赦される心地はしなかった。
    「それこそ、エディのせいじゃない」
    遠くで教会の鐘の音が聞こえた。ここから距離がある為か、シンビオートが音に反応して剥がれることはない。だが嫌そうにシンビオートが身震いするのを肌の上に感じた。
    「……分かってる。だからこそ、今日ここに来たんだよ」
    ジャケットからくしゃくしゃになってしまったハンカチを取り出し、小さな墓石を拭う。その脇でシンビオートが器用に砂を払い、張り付いた木の葉を剥がした。墓石を清め終われば、香り立つ百合の花束を墓の前に置く、まさにその寸前にシンビオートが口を開いた。
    「エディ。この花、一輪だけ貰えないか?」
    「百合を?」
    一番小さいものでいいとねだるシンビオートに驚きながらも、一輪の百合をシンビオートの触手へと持たせてやった。礼を告げるシンビオートに頷きながら、改めて百合の花束を墓石の前へと置いた。その隣に1ドルを添える。
    「新聞はいいから、……今度は歌を聴かせてくれ」
    優しく墓石を撫でて目を閉じる。短すぎる生涯を悼むには、いくら時間があっても足りない。奥歯を噛んで瞼を開けると、ゆっくりと立ち上がった。
    立ち去るには後ろ髪を引かれすぎるが、これ以上留まる理由は残されていない。
    また来ると優しげな口調で声をかければ、エディの目にまた一つ墓の名前が目に止まった。いいや、シンビオートがエディの視線を向かわせたのだ。
    「……アイザック?」
    木の葉を踏みながら、マリアの墓の一列後ろの墓へと歩みを寄せる。その名前もまた苗字はない。
    この場所にあることから彼もまた、ドレイクの毒牙にかかった被害者なのだろう。
    「俺が、初めて殺した人間だ」
    シンビオートに腕を引かれるがままに立った、目の前の墓に眠る者。彼こそ、シンビオートが初めて寄生した者らしい。
    「そう、か……」
    シンビオートが百合の花を欲しがった理由が分かった。エディがアイザックの名が刻まれた墓石の前で跪く。
    シンビオートが恐る恐るといった様子で伸び上がり、刻まれた名前をじっと見つめた。やがて目を細めると、慎重な手つきで百合の花を一輪、墓の前に置く。
    暫しの沈黙が続く中、木の葉が擦れる音だけがやたら響いていた。
    「エディ」
    低い獣のような声は、どこか不安そうに震えている。教会の鐘の音のせいではなく、シンビオートは罪悪感に怯えていた。
    「アイザックも、マリアも善良だった」
    いいや、その声は悲しみに満ちていた。エディを介して学んだ情で、後悔に暮れている。とても人間と馴染みがなかったものとは思えない血が通った感情に満ちていた。
    「俺はとんでもない負犬だ」
    「……それは違う」
    お前は悪くないんだ、と触れようと伸びた指はシンビオートを撫でることはできない。触れた場所がエディの肌に纏わり付き、包み込んでいく。
    それでも、とその黒い蔦のような体へと指を伸ばした。
    「俺たちは負犬なんかじゃない。だからこそ、今ここにいる」
    その言葉に呼応するようにエディの指から腕へとシンビオートが這い進んで行く。しかし返される言葉はもうない。だが、エディにはシンビオートの考えていることのおおよそは分かった。
    「俺たちに不可能がないなら、ここにいる全員の命を背負ってヴェノムとして生きて行くんだ」
    臭いセリフだと思ったが今のエディにはこんなチープな言い回ししかできなかった。だがその言葉に嘘はない。その言葉はシンビオートにも届いたのだろう。腕まで這い上がったその黒い体は服へ馴染み、エディの肌の下へと溶ける。
    「お前は負犬なんかじゃない」
    自分の内側に馴染んだシンビオートへ、首を傾けて胴へと話しかける。
    「それはお前もだ。エディ」
    端から見ればただの傷の舐め合いにしかないのかもしれない。
    それに偽善と傲慢の上に成り立つ関係なのかもしれない。だが、それでもその関係の下には眠った命がある。それを今更、無碍にはできないと罪悪感を飲み込んだ。
    遠くで、また教会の鐘の音が聞こえた。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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