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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #カネクレ
    overheadCredit

    過去ログ34クレタスは生まれた瞬間のことを鮮明に覚えていた。煮詰めた果肉のように柔らかい首に臍の緒が絡まったことも。窒息する苦痛の意味を理解できないながら、死というものを直感的に感じていた。母親の腕に抱き上げられるより死神の鎌の刃が肌に触れたのだ。そうして生まれておいてどうして他者の死に興味を持たないと思うのか。
    母親はクレタスの誕生を喜ぶことはなかった。レイブンクロフトに長期入院していた重篤な精神病患者だ。自分の股から生まれ落ちた赤子を見ても、それが我が子と認識できたかさえも怪しいだろう。冷たい死の感覚を味わいながら耳に届いたのはつんざくような悲鳴だった。生まれるはずもないものが股を裂いて生まれたと言いたげなものだったことを、クレタスは記憶していた。
    自分が今や世間を恐怖に突き落とすシリアルキラーになったのも、こうなるべくしてなったと思うだろ?と半笑いで問いかけても返される言葉はクレタスの好奇心を満たすことはない。カウンセラーであれ、精神科医であれ、警察であれ、裁判官や被害者遺族、全員が全員クレタスを満たす答えなど持ち合わせてはいなかった。ハズレの答えを聞かされているような愉快さも、歳を重ねるごとに褪せていった。
    最後にクレタスに残されたのは血と殺戮に飢えた混沌だけだった。無秩序がもたらす暴力だけだった。

    まどろみから目が覚めれば煤で朽ちた天井がクレタスの視界に映る。見慣れたそれはクレタスが幼い頃に過ごした聖エステスのものだ。焼け落ちて廃墟になった一角で身を起こせば、肌に触れる空気が柔らかいことにふと気がついた。切り裂くように張り詰めた冬の空気は鳴りを潜めている。これを春の陽気だと知るほどの穏やかさはクレタスにはない。風に乗って淡い花の香りまで漂ってきていた。焼け残ったカーテンの向こうでは白い太陽が昇ろうとしていた。
    ひどく古い記憶を夢に見ていた。焼けてボロボロになったカーテンが揺れるのを見ながら、この世に生を受けた瞬間のことを思い出していた。生まれるとほとんど同時に息を引き取った記憶のことを。
    全身を包んだ羊水の不快な温かさ。首にまとまりついたブヨブヨの臍の緒。肺を満たした胎盤の血生臭さ。その記憶を鮮明に思い出しても恐怖を感じることはなかった。

    「妙な話になるが聞いてくれるか?」

    はためくカーテンの向こうから瑞々しい花の香りが濃く香った。カーテンを力任せに引き裂き、割れた窓ガラスに指を這わせていく。焦げ付いた窓枠に残る窓ガラスは容易くクレタスの指を裂き、真っ赤な血を滲ませた。意思を持った蔦のように溢れた血はクレタスの指を包み、鋭利な爪を作り上げる。今しがた指を切った窓ガラスよりもっと鋭利な爪だ。

    「お前の話は好きだ」

    血と結合したシンビオートがクレタスの言葉を暖かく受け入れる。返答の続きを促されるままにクレタスが言葉を続けた。濃い陰を落とす瞳は巣を張る蜘蛛を捉えたまま。

    「多分、本来の俺は生まれた日に死んだんじゃねえかと思ってるんだ」

    厳しい冬を越えるために丸々と肥えた腹を動かしながら蜘蛛が懸命に巣を張っていく。高い天井でのことだったがクレタスの目には一挙一動がくっきりと見えていた。一方で八つの複眼からクレタスたちのことはどう見えているのだろうか。警戒する様子もなく蜘蛛は熱心に丁寧に糸を吐き出して幾何学にも似た巣を張っていく。

    「次に目を覚ましたとき、俺は何か別のものになったような……そんな気がすんだよ」

    もしも、臍の緒が絡まずに生まれることができたら。きっと別の人生を歩んでいたのだろうと思うのは妙な話だった。妄想でしかない話でありながらクレタスは不思議な確信を持っていた。少なくとも、死体の道を築き上げるような人生を送っていたなかったという確信だ。
    遠くで車のクラクションの音が聞こえる。赤ん坊の鳴き声や人々の雑踏も。人々の営みの音を耳にしながら、この平穏をどうやって壊してやろうかと浮足立つ男がいるなんてまだ誰も知る由もないだろう。不幸は常に突然なのだ。多くの人間が恐怖に咽び泣き、混乱の境地に陥る様子を高みから見ていたい。それだけを望みながら愛する相棒の反応を伺った。

    「クレタス、不思議なこともあるものだな」

    「お前と俺の出会いほど不思議なものはねえよ」

    それは当然だとばかりにシンビオートが鼻で笑った。だが、そうじゃないとさらにシンビオートが言葉を続ける。

    「お前と結合するまで、明確な自我なんてものはなかったような気がするんだ」

    赤い蔦がクレタスの腕を伝い、ゆっくりと首へと伸び侵食していく。その感覚は常に高揚感を持って心地が良い。恋人の抱擁のような穏やかさに身を委ねながらさらに続く言葉を待った。

    「血も、破壊も、混沌も。全て私にはないものだった」

    胸を伝い、腹部を、背中を伝って全身をゆっくりと赤い寄生体が包み込んでいく。これを寄生と呼んだスパイダーマンは大馬鹿野郎だと嘲笑が浮かぶ。これは一方的な寄生ではなく共生だ。シンビオートのその名前の通り。

    「本来の私も……昔に死んだんだと思う。お前と出会う以前の私は」

    だからこそ、彼女もまたクレタスの言葉を理解したのだろう。互いに一度は死に、不死鳥の如く蘇った。そうして血肉を屠り、死と混沌を振りまく存在になった。奇跡的な巡り合わせだった。人類にとってこの上ない不幸な巡り合わせだ。ソニー・ビーンとその妻のように。そんな脅威が潜む廃墟の中、渦巻く風は暖かい。寄生体が包み込んだ指にキスを一つ落とせば、嬉しそうにクレタスが微笑んだ。

    「“人間、一度しか死ぬことはできない”なんて大嘘だ」

    当然、この命が神様の借り物であるなんてことも考えたこともない。この命も肉体も、愛する地球外の寄生体も、全てがクレタスは自分のものだと信じて疑わなかった。クレタスの血潮で息をするシンビオートもまた同じように考えているのだろう。クレタスのこの肉体は自分のものだと。そう主張するかのようにその肉体を丸ごと包み込んだ。
    ゆらりと銀の糸を伝って蜘蛛が天井から降りてきた。黒い大きな蜘蛛だった。細い足はカーネイジが伸ばした指先に触れ、逃げることなく足を這わせ掌へと移動した。恐怖を感じる知性もない哀れな命だった。無警戒に赤黒い寄生体に包まれた掌の真ん中へと歩いていく。それを見計らって何の躊躇いもなく蜘蛛を握りつぶした。プチ、と何かが弾ける音がする。思っていたより柔らかい感触だった。マシュマロのように柔らかくバタークッキーよりも脆い。その感触を何度でも味わうようにグッと握り込む。そうして丸い腹が割れて潰れ、六本の足が千切れて粉々になる感触を存分に味わってから掌を開いた。潰れた蜘蛛の体液が掌の窪みに溜まって指の隙間から垂れた。褐色の体液の中に何かが蠢くのが見えた。目を凝らしてみれば、それは蜘蛛の腹から生まれた幼体だ。その大半は腹の中で潰れただろう。それでも運よく生き長らえた子蜘蛛が這い出てカーネイジの掌から逃げ出そうと走り回る。母親の体液の中を必死に泳ぎながら。
    その蜘蛛を見て重ねるのはクレタスの母親だった。親である自覚もないままに子供だけを産み残して死んだ。クレタスへ何の責務も果たさず、産み落としただけの母親だ。クレタスが死を迎える間際であっても絡まった臍の緒を解こうともしなかった。産声すらあげられぬ我が子を見てもだ。そのことも鮮明な記憶に残っていた。もし、あの母親が生きていたとしても、クレタスの今の行いを知ったところで自責の念を感じることもないのだろう。そもそもクレタスが自分の子供であることさえ、萎縮した脳では認識することもできまい。ある種、幸せなことだった。
    だが、ヴェノムはどうだったか。彼らの前に姿を現すたびに同房でのことを後悔していることを口振りからもよく伝わってきた。カーネイジへの嫌悪もたっぷりと。そして我が子であるカーネイジの存在を疎み、呪う。こうして脱獄して身を潜めていることを知れば、今この瞬間もカーネイジの死を願うのだろう。その手で我が子を抱きしめ、誕生を喜ぶことは一度もなく。
    カーネイジの掌から子蜘蛛が溢れて、床へと散っていく。それをひとまとめに踏み躙った。潰れた蜘蛛の体はシミと紛うほどに矮小だった。

    「クレタス」

    その内心は痺れるほどに冷たい雨に打たれたようだった。だが、湧き出る感情はひどく熱を灯している。衝動的で激しい感情は心臓の脈拍を乱し、ひどく苛立たせる。それを察したか、伸びた触手が優しくクレタスの胴に巻きついた。

    「別に取り乱しちゃいねえよ」

    「ああ、そうだな。だって……今日は特別な日になる」

    「当然だろ?カーネイジの再来だからな」

    それよりも、と言いかけてシンビオートが言い淀んだ。珍しくクレタスに何かを隠そうとしているかのように。クレタスとシンビオートの間に隠し事はないはずだった。それに気がつけば、苛立ちは一層衝動を持って増していく。割れたガラスが残る窓枠を握れば痛みが弾けた。皮膚が裂けて血が溢れていくのを感じる。だが、正気ではない方法であっても痛みで気を紛らわせないといけないほどに苛立ちは雨雲のように濃く脳内を支配していく。

    「それよりも、……今日がお前の生まれた日だからだ」

    シンビオートの発言に暫し、思考が止まった。シンビオートの下の表情は間抜けそのものだろう。そして動き出した思考のままにああ、と生返事を一つした。

    「……俺も忘れてたようなこと、よく覚えてんな」

    「クレタスは特別だからな」

    窓から覗く朝日は高くなっていた。空は青みを帯び、雲は一つもない。穏やかな春の1日が始まりかけていた。窓の向こうでスズメが羽ばたいていく。

    「だから、この1日がお前にとっていい日になることを約束するさ」

    思ってもなかったサプライズにクレタスは対応に困っていた。誰かに誕生を祝ってもらうことが一度とあっただろうかと。初めてのことに喜びよりもただ困惑していた。たじろぎながら窓ガラスから手を離せば、床に血が雨垂れのような音を立てて滴る。

    「お前のために沢山の恐怖を用意しよう。流れる血も。切り刻む肉も。泣き叫びながら命乞いをする声も、縋って許しを乞う声も……全てお前のためだけに」

    バースデーケーキを用意できない代わりに。そう付け加える言葉にようやくクレタスは反応した。

    「カメラとネットも用意してくれよ。誕生日パーティーだってんならお友達も呼ばねえと」

    「ああ、もちろん。たくさん呼ぼう」

    カーネイジのためにきっと多くの人間が命を散らすことになる。クラッカーの代わりに内臓をぶち撒け、ソーダの代わりに血の雨が降る。ケーキの代わりに市民の首を並べて飾ろう。バースデーソングの代わりに凄惨な悲鳴が木霊するのだ。それらを自ら知らしめばきっと多くの“お友達”がパーティに駆けつけることだろう。スパイダーマンにアベンジャーズ、顔見知りのヒーローのことを思えば楽しそうに喉が鳴った。

    「それと、産んでくれたパパにはお礼のお手紙を書かねえとな……」

    父親が感動の涙を流してハグをしてくれるような手紙だ。そんなものは残忍な脳みその中ではいくらでも案が思いつく。子供を人質に使ってやったり、その子供の目の前で母親の首を千切り飛ばしてやったりするのだ。あるいは両親の前で子供を殺してやるのもいい。

    「こういうのはどうだ?両親の手で子供を殺させてるっていうのは」

    クレタスの提案にシンビオートが肯定を示す。次々思いつくクレタスの悍ましい思考をシンビオートは嬉々として受け入れた。なるべく甚振りながら残酷な形で、をモットーに互いに案を出し合っていく。そうしたカーネイジの行いを一番嫌悪することをカーネイジはよく理解していた。おおよそ、クレタスは自分の両親よりもずっとヴェノムを、エディを理解している自覚があった。そして口汚く罵りながら言うのだろう。“お前を産んだことを後悔する”と。楽しげな忍笑いは続いていく。知らぬ誰かを殺すよりももっと楽しい想像に笑みが溢れて仕方なかった。

    「ああ、パパも楽しんでくれりゃいいんだけどよ」

    掌に残った不快な体液を壁に擦る。褐色の体液の中と粉々に潰れた蜘蛛の体が壁画のように張り付いた。どす黒い蜘蛛の残滓はいつまでも生々しい色を残していた。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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