良い夫婦の日?「キラ」
「ん?」
「一つ、聞いても良いだろうか?」
「ん?」
「キラのご両親は、どんな感じのご夫婦だったんだ?」
「……?」
「あぁ、いや、変な質問だったな。すまない。気にしないで良い」
たまたま流れていた報道番組が「良い夫婦の日」特集(?)を流していた。
それが多分この質問をシャイが発した原因の様に思うのだが、でもだからと言ってそれがなぜこの質問に繋がるのかはいささか不思議だった。
まぁ、シャイらしいと言えばシャイらしいその不思議なタイミングの質問に、特に深い理由はないのだろうが、別に困るような質問でもないし、と俺は答えを探すべく思考を巡らせた。
めまぐるしい日々の中で、いつのまにか両親の事を考える機会は減ってしまった。
でも、自分が小さかったせいか、薄れがちな記憶の中の母親はいつも笑顔だった。
つまり、幸せに過ごしていたと言う事なのだろう。
「にしても、どんな母親か父親とかじゃなくて、どんな夫婦だったのかって質問は、なんだか面白いな」
「自分でも変な質問をしてしまったとは……思うんだが……」
と、少し困った顔になってしまったシャイの髪をそっと撫でる。
「仲の良い夫婦だったと思うよ。まぁ、だから二人一緒に逝っちまったんじゃないか、なんて最近は思うんだけど」
「……」
「えーっと、すまん。俺の言い方が悪かったな。でも今のはあんまり気にすんな。それに昔は確かに「なんで?」って思ったし、俺だけ置いて行くのはなんなんだって思ったりもしたんだ。でも、好きな物同志一緒に死ねたんだし、どっちかだけ生き残ってしまった、とかの方が多分きついだろうから、良かったんだよ、あれはあれで」
「そう言う……いや……えっと……」
あ、困らせたか?
ちょっとしょんぼりしてしまったな、まずいまずい。
「例えばの話し。俺とお前が一緒に事故に遭って、自分だけ生き残ったらって考えたらどう思う? 別々にじゃなく一緒に、他人との話しじゃなく俺とお前の二人での話しとして」
「それは……嫌だな」
「だろ?」
「でもだからって、その考えに向かえるかどうかは……よく分からないな」
「そうか? 子供の頃にはそう言う解釈、てかまぁ、単なる自己解決かもしれないけど、そう言う逃げ方には到底いけなかった。でも、シャイさんと出会って、そう言う風に思えるようになれて俺は随分楽になれたんじゃないかと思うんだ。それに、そのおかげでそれまで頑として独り暮らしを貫いてたうちのじいさんとも暮らせた。最期も看取ってやれた。結果的には誰も寂しい思いはしなくて済んだ……っておーい、泣く話しじゃないから」
「いや、あの……すまん……」
いつの間にか、良く泣くようになっていた。
でも、元々が素直な性格だから、これはこれで自然な事なのかもしれないし、それが出来ること、それ自体がむしろ安心と思えるようになった。
「別に強がってるとかでもないし、色々あって大変だったのもほんとだ。けど、まぁそれでシャイさんと出逢えたと思えばなーんも問題なし」
「そんなことでいいのか?」
「いや、そんなことってレベルじゃないでしょう」
両親が亡くなった時の自分はあまりに幼く、両親がいなくなったそれ以上の不安を感じ事すら出来無かった。
祖父が亡くなった頃には、不安も憤りも感じる位には成長していた。
でもだからと言って、自分の生活を自分で決めたり変えるにはあまりにも幼く無力だった。
ある意味、何事もなければ普通に進んだろう自分の人生に数年の間で何度も訪れた災難を、俺は「憂う」と言うより「恨み」すらした。
「俺は元々出来の良い人間じゃない。だから、そんな俺があのままだったら、シャイさんと出会っていなかったら、俺はきっとしょうもない人生をただ漫然と過ごしていたと思うんだ」
そう言ったら両頬を思い切りつねられた。
「痛いって」
「自分をあんまり悪く言うな」
「ごめん」
「オレがいるとかいないとか、そんな事は関係無く、キラはちゃんとやっていけたと思う。むしろ」
「あーっとそれ以上は聞かねぇ。自分こそ自分を過小評価するな」
本当に、普段はむしろ負けず嫌いのくせにこう言う所はいつまでたっても、と言う奴で……でもまぁそこが(そこも)好きなのだろうとそう思う。
「あ、じゃぁせっかくだから俺も聞いてみようかな」
「なんだ?」
まだちょっとぐずっとしているけど、それでも美人は美人なのがなにかちょっとずるいと思うが、せっかくなので抱きしめてしまおう。
うん、素直で良い事だ。
「シャイさんちの両親の方が、俺にはむしろ謎なんだよなぁ」
「え? そうか?」
「いや、何というか……」
我が家は至って普通の人類だったと思うのだ。
でも牧島夫妻は、なにかちょっと違うと思うのだ。
次元と言う物が。
「まぁ確かにキラの言う様に、そもそもの個々人の性格が普通っぽくはないかもしれないな、うちの両親は」
「お前さんが言う?」
「それこそ失礼な。あの二人を思えばオレは大分普通」
大分、まぁ大分……確かに大分。(最初の印象は大分普通に見えなかったけど……とは言えないが、多分これは本人も自覚している事なのだろう。)
「なんかあの二人って、一見すると真反対だよな? 俺らとは違った意味で」
「そこは比べるべきじゃない」
でも、本人には言えないが、どちらも知っている今の俺としては、成る程あの二人のハイブリッドが「牧島シャイ」さんかと思えば、それはそれで頷ける部分も多いんだよなぁ……困ったことに。
「大体、なんで母はあれがいいのかと思うし、父はあれでいけるのか本気で分からないんだ」
「いや、あれはあれで合っているんじゃないか?」
どっちもぶっ飛んでいる、その意味で(とはちょっと言いにくいが。)
「キラの感覚が分からない」
「自分の親だろう?」
「だからこそ思うんだ。父は仕事が大好きすぎるし、母は天然過ぎるし」
「シャイさんの親だし特に不思議はないレベルだがなぁ」
「はぁ?」
むしろシャイさんはそのどっちもだ、と今言ったら……確実に怒るな。
「そう不愉快って顔するなよ。お父さんは凄い人だし、お母さんは可愛い人じゃないか」
「自分の親じゃないからそう思うんだと思う」
「そらまぁ、そうかもだけど。実際シャイさんはあの二人の良いとこ取りがベースになってると思うから、俺的には感謝しかないな、うん」
「なぁんか嫌な感じ……」
「そう言うなよ。むしろそれなのに俺が割と好かれてるっぽい方が謎」
「いや、すっごい好かれていると思う。そこがまたいや」
「なんでだよ。嫌われているより良くないか? てかむしろ嫌われる方が普通だと思うぞ? 大事な息子を俺は攫っちまったようなもんだし」
「まぁ……そう言う意味ではキラが好かれて良かったのかもしれないんだが……」
普通少しは疑問なり不愉快に思うものだと思うのだ。
そこがまったくなかった時点で、むしろこちらが驚いた。
ただ、どう言う会話なりがなされていたのか、はたまた見て見ぬ振りなのか、決して勘当等々ではなさそうなのに、なにも突っ込んでこない牧島両親にはこちらの方が対処しにくい程なのだ。
「まぁでも、俺の記憶の中の二人は喧嘩なんてしているところを見た事はなかったから、俺の記憶の中の両親はいつも明るくて仲の良い二人だったって記憶しかないんだな。有り難い事に」
20年からの月日が流れて、それが変わってしまうかどうかなんて勿論分かるわけもない。
でもまぁおそらく、俺の記憶通りの二人であれば変わることなく仲の良い夫婦でいてくれたと思うのだ。
「けど、シャイさんちだって仲が良いと思うんだ」
「そりゃぁ悪くはないと思う。なにしろあれだけあちこちに移動している父に、普通について歩いているわけだし」
俺は詳しいわけではないが、音楽家と言ってもシャイの父親は指揮者なので、ソロの演奏家の様な流浪の民、と言うよりはどこかの楽団なりの常任になればある一定期間はそこにいる、と言う感じらしい。
ただその活躍の場が大変グロバールな関係で、一つ所に何十年と言う単位ではいることはないらしい。
「要するに、シャイさんちも俺のうちも、どっちも良い夫婦って事なんだろうな」
「まぁそうなるの……か? あ!」
「ん?」
「忘れてた。年末頃にこっちに戻るらしい。逃げよう。どこかに」
「おいおい」
「面倒に巻き込まれるのはいやだし。なんならオレの代わりに相手をしてやってくれ」
「おーい」
「だって上手いじゃないか、うちの親の扱い」
「上手くはねぇから」
ただ単に、普段から突拍子のない人間の相手が多すぎるせいで慣れているだけだ。(多分)
「でもいいよな、なんか」
「え? 何が???」
「一緒にいられるってだけでなんか、いいなぁと」
「なんだそれは」
「俺らもずっと仲良く一緒にいような」
「……ば、馬鹿か……」
そんな腹を抱えて笑うことはないだろう? ほんと酷い。
「ただまぁ、確かにあの父にあの母で、あの母にあの父というのはバランスとしてはマストだったんだろうな」
「だろう?」 そう思うだろう? って俺が言うのもなんだけど」
「ちなみに、オレにとっては」
「俺でいいだろう? 俺じゃないと困るだろう?」
「自分で言うか?」
「言っちゃうぞ。だって良い夫婦の日らしいからな」
そんな俺に呆れた顔で、目に涙を浮かべる程に笑いながらも「ではこれからも宜しく」そう明るく笑うシャイに、俺もつられて笑ってしまった。
「良い夫婦な両親をもててお互いよかったな」
「そこ? そこは多少疑問なんだけどなぁ……特にうちは」
「まぁまぁ」
「けどあれは見習えない」
「はいはい。てかそれは無理だ」
「だろう? そう思うだろう」
でも多分、端から見れば俺達も似たようなものなのだろう。
良い夫婦、それが当てはまるかはともかく、でもこれからも一生仲良くいられますように。