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    shi_minona_new

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    2話

    ラピストリアの穴(2) 朝起きて、鏡を見つめる。ジェイドは少し跳ねている髪の毛を撫でつけた。鏡の向こうから、寝起きで青白い顔をした少年が睨みつけてきていた。
     オパールのように複雑な色合いを持つ白髪は、光の加減で赤みがかったようにも青みがかったようにも見える。目を引くのはやはり、頭部を囲むように析出した結晶だろう。輝く結晶たちは、触れてみると見た目通り硬質だ。よく観察すればゆっくりと呼吸するように浮き出たり、引っ込んだりしていることが分かる。
     ジェイドの身体は人間よりもラピスに近く、ほとんど結晶で構成されている。人の姿を保てるぎりぎりのラインだ。時折発作のように結晶の棘が飛び出し、衣服を破ってしまうので、彼は同じ服を何着も所持していた。
     今日も同じ服装だ。襟元や袖口にたっぷりとフリルがあしらわれた白いシャツに、灰色のベストと短いズボン。靴下にも細かいフリルが付いている。妙な飾りの付いた厚手のケープはお茶くみに必要ないので置いていく。最後に蝶ネクタイの位置を整えれば完璧だ。鏡の中のジェイドは相変わらず不機嫌そうに顔をしかめていたが。
     身支度を整えて部屋から出た彼は、彼自身や校長の住む区画を抜け、学園の方に歩いていった。既に一時限目が始まっているため、廊下は静かで人の気配がほとんどない。笑い声が聞こえてくるのはDTOの授業だろうか。教室の様子に興味を示すこともなく、ジェイドは理事長室などが並ぶ管理棟に足を向けた。途中の職員用給湯室で茶を淹れていくのも忘れない。
     熱い茶を乗せた盆を片手に持ち、ジェイドはある部屋の前で立ち止まった。苛立ちを少しでも抑えるために、深く息を吸って、吐く。ノックは二回。先ほど深呼吸をしたおかげで、木製の扉をうっかり破壊してしまうことだけはなんとか避けられた。

    「……お茶をお持ちしました」

     彼が敬語を使う相手はこの学園でただ一人だ。その相手はジェイドの声かけで居眠りから目覚めたのか、派手な物音を立ててから曖昧な返事を寄こしてきた。

    「う~い……入っていいぞ……」
    「失礼します」

     部屋の戸を開けてまず目につくのは、うずたかく積み上がった溢れんばかりの書類の山である。中央に置かれた机の上にも、カップを置くスペースなど無い。だがそんなことはジェイドにとっても、この部屋の主にとっても関係なかった。いざとなれば空中にカップを浮かせてしまうことが可能なのも知っている。
     その彼は今、書類の山の中の僅かな隙間から、サングラスを覗かせていた。サングラスの下にわざとらしい、濃い隈があるのを認め、ジェイドは盛大にため息をつく。

    「神、また徹夜ですか……何日目です?」
    「七、いや八か? それより敬語はやめてくれ……気持ち悪い」
    「そういう規則にしたのはあなたでしょうに」

     書類をかき分けて踏み込んだジェイドがじとり、と覗き込めば、部屋の主――MZDは誤魔化すように頬をかいた。無造作に置いたお茶のカップは重要そうな書類の上だ。それを双方気にすることもない。

    「じゃあ今そんな規則は廃止する。決定。敬語は禁止」
    「……はあ、分かったよ。これでいい?」
    「オッケーオッケー。ついでにお前が俺の仕事を手伝うっていう規則も追加していいか?」
    「キミがまたこのラピストリアをめちゃくちゃにしたいなら、どうぞ」

     それは暗に、『そんなことをしたら本気で暴れてやる』という脅しである。今度ため息をついたのはMZDの方だった。ラピスの力を失った今でも、ジェイドは相当な強者だ。やりあえば周囲に深刻な被害が出ることは避けられない。
     しかし、あくまでもただの軽口のはず、だった。だがジェイドは半分本気なのかもしれなかった。無機質な微笑みの中で、赤い瞳は透き通った狂気を湛え、剣呑に光っている。

    「めちゃくちゃにしたがってるのはお前の方だろ」

     ふうふうと子供じみた仕草で熱い茶を冷ましながら、MZDはそんなことを言ってのけた。

    「……まさか」
    「手に入らないくらいなら、壊したいんじゃないのか」

     ここを、とMZDが指差したのは下だ。つまり、ラピストリアそのもの。ジェイドはその指先を見つめ、そしてカーテンの隙間から外に目を向けた。空は気持ちよく晴れていて、校庭には教育用に簡略化されたサッカーを楽しむ子供たちがいる。校門を出ればなだらかな通学路があり、最寄り駅までの間には畑もある。その向こうは繁華街だ。格闘ゲームも、クレープも、およそ学生の好むものは何でもそこにある。
     目に映るもの全てを壊したくない、といえば噓になる。ジェイドを操っていたラピスの影響はもう無い。しかし、彼の狂おしいまでの支配欲も、破壊衝動も、生来のものだった。
     左の小指がぴくり、と動き、彼は僅かに眉をひそめた。結晶の棘が皮膚を突き破りそうになったからだ。椅子から浮き上がって空中で足を組んだMZDは、その様子を咎めることも、哀れむこともなく、ただじっと見つめていた。

    「キミには関係ない」
    「治してやろーか。それ」
    「何、神の力で僕の身体を人間に戻してくれるの?」
    「俺はそこまで全知全能じゃないが、お前の心の穴を埋めるくらいなら手伝えるぜ。……寂しいんだろ、ラピスを失って」

     全くの図星だった。心の中の空洞になっている部分が鋭い痛みを訴える。胸の内を言い当てられたのが相当堪えたのか、ジェイドは顔を真っ赤にして悔しそうにMZDを睨みつけた。

    「誰のせいで……っ」
    「(ケーキを持ってきましたよー、って、お取込み中ですか?)」

     ジェイドの周りが不穏に揺らめき、MZDもまだ中身の残っているお茶のカップをいつでも投げつけられるように構え、まさに一瞬即発となったその時。パティスリーの紙箱を持ったMZDの影が現れた。間延びした言葉が頭の中に直接響き(それが影の会話方法なのだ)、緊迫した場の空気が一気に緩む。ジェイドは苦々しげに影へ顔を向けた。

    「(四切れあるので、みんなで食べましょう)」
    「ナイスタイミング! このままだとこの学園が全壊するところだったぜ」

     影は箱を開けてケーキを見せた。艶々とした宝石のような苺が乗った、上品なショートケーキだ。ふくよかなクリームが苺の座布団になっている。身を乗り出してそれを覗き込んでいたMZDが唐突に振り返ったので、ジェイドは少しだけ怯んだ。

    「お前も食べるだろ?」
    「えっ……、う、うん」

     戸惑いながらも彼はケーキの皿とフォークを受け取った。そして遠慮なく苺にフォークを突き刺す。MZD、そしてその影と共に口にした高級なケーキは、美味なはずなのに余り味がしなかった。
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