とちゅ√冬絵名の後の話
絵名さんと初めて行為をした日を境にして、何も変わらないなんてことはない。寧ろ、良い方向へと進んで行ってると過言ではない。関係性を問われたら、もう俺は“弟の相棒”ではないだろう。
「とうやくん…?」
「はい、なんでしょうか…?」
隣で微睡む愛らしい人。甘えた声を出して、俺の所在を確認する彼女に応える。頭を撫でて欲しいとのことなら、撫でます。手を繋いで欲しいならば、繋ぎます。愛を囁いて欲しいならいくらでも。そういったものではなく、キスや先ほどまでしていた行為をまたして欲しいとのことならば、またいくらでも付き合います。
「えへへ、呼んだだけ」
「…っ、」
王道ではある。声が聞きたいから、所在を知りたいから呼ぶだけなのは、それだけで呼ばなくてもと思ってたことはある。けど、愛おしい者を見つけたら、その者に呼ばれるだけで、こんなに嬉しいと思えるんだとわかったから、意見が変わってしまった。
「絵名さん…」
「!」
彼女の方へと体を近づける。ふにゃけていた彼女の表情が変わる。ああ、俺が今からなんて言うかわかったようだ。驚いた表情を見せるが、期待している様子。口角が上がるのを止めたいのか少しばかり引き攣った笑みみたいになっている。
「もう一回、しましょう」
耳元で囁く。俺の声は彼女の好みの声らしい。「ひゃ」なんて可愛い声をあげてる彼女の口を塞いだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
「〜♪」
いつものメンバーで次のイベントに出るための練習をしていた。ソロパートもあって、一人ずつ音を確かめようとした際、やっぱりと自分の思ったことが当たっていた。どこか引っかかっていたフレーズの音。
「ーー彰人?」
俺の視線に気づいた相棒が声をかけてきた。流石に見過ぎた。まぁ、装えば良いかなんて、頭を掻く。
「どこか気になるような音があったのか?それとも、フリの動きが甘いとか…」
「いや、全く…って言ったら嘘になるな」
「直すところがあるようなら言って欲しい」
「すぐに直そう」と、いつもの真面目な顔をして構えてくる冬弥に、首を横に振る。悪い方向じゃねえよ。全くもって良い方向だ。不思議そうに首を傾げてくる冬弥に向けて口を開こうとする。
「直すところなんてないでしょ。」
「なっ、」
が、口を開いたところで横槍を入れられた。飄々と横から冬弥に対する感想を新に言われてしまった。
「前より伸び伸びとした表現をしているんだよね、冬弥くんは」
「!」
「でしょ、彰人くん」
にっこりと笑顔を向けられて言われた。答え合わせしなくても良いだろ。当たってるわとめちゃくちゃ思いを込めて睨めば、気にはされず、冬弥へと新は向き合った。マイナスではなく、プラスの感想を述べられた本人は、「そう、か…」なんて、嬉しそうで、俺も早く追いつかねえとと、改めて意思を固くする。
「どうしたらそんな風に表現できるようになったの?」
「いつものように歌ってただけなんです」
「ふうん…?まぁ、俺もその時その時の気持ちを込めて歌ってはいるんだけど…」
新が何か自分も成長する部分があるのではないかと冬弥に聞くが、冬弥も冬弥で、答えになってるような答えになってないような答えを口にする。
歌に本気な奴らだからこそ、不思議に思うだろうこと。でも、オレが意思を固くしているようにあいつらだって譲れないものがある。
「あぁ。ならさ、良いことあったとか?」
「良いこと…?」
「そんな運ゲーみたいに話し合うのはやめろよな。あの夜を越えるために歌ってるんだから」
良いことが自分を持ち上げるのはわかる。気持ちのいい歌を歌えるだろう。けど、悪いことが起こったら?気分を下げてしまい、それで?繋がってしまったら?
などと考えて、話を遮る。そんなこと、ここにいるやつらにはあり得ないと思いたいことだけど、それでも、気持ちに左右されるだろうから。オレだってイベントに持ち込みたくないものを持ち込んで、しまっている。そしたら、どうだ。空気に呑まれた。あいつらがいたから助かった。仲間に支えられたから。けど。
「そうだな」
オレと同じ意見の“相棒”で良かった。頷いてくれた。けど、冬弥は新の質問に真面目に答えたいのだろう。何を思い浮かべてるのだろう。何を思い出しているのだろう。柔らかい表情をさらす。
「先ほどの質問ですが、確かに良いことはありましたよ」
…あ、この表情はまずい。
「…そうなんだ。何があったか聞いてもいいかな?」
相手を刺激しないように、前のめりではなく穏やかに優しく詳細を聞き出そうとする新。あいつ、もしかしたら、冬弥が話さないことに気づいたか?続けて話すだろうが、今回は区切っている。あっただけ。そう言って終わり。
「いえ、たいしたことではないので」
「えー?それなら、話せるよね〜?三田くんだって知りたいでしょ?」
「えっっ、オレ!?」
なんで巻き込むんだよ。
顔にがっつり書いてあるぞ。こういう時の新には関わりたくないと、数はまだ少ないが、三田が新と交流を重ねていってわかったことらしい。わざとらしく、逃がさないというように、新は肩を三田に組ませて、逃がさないというように、「三田くんだって、あたり付きのアイスバーが当たったってるんるんに話してたじゃん」と本当に大したことないことを話す。三田にとっては大したことだと分かってはいるが。
ーーまぁ、あいつもきっと、喜ぶよな。些細なことで感情が振り回される。うるさいって思うけども、三田みたいにあたり付きのものをなんだかんだで、オレにくれる。「コンビニに戻りたくないから、あんたにあげる」とか、ゴミを捨てるように言ってはいるが、オレが落ち込んでる時や塞ぎ込んでる時だ。あいつが気まぐれにメッセージを添えてくる時だってある。
「…誰にも話しませんか?」
「!」
仕方ないという顔。冬弥は言えば教えてくれるのか。