宝石の在り処本当に偶然だった。
たまたま同期や後輩とこの国に旅行に来て、たまたま私だけはぐれて、たまたま裏路地に入った。
それだけ。
ただそれだけで一生が変わるような出逢いに繋がることもあるんだよ。
「どこだここ~~…」
私ミン・スハ、海外旅行先で絶賛迷子中。
いや私も配信者だからね?ちゃんとネタにしてやろうとは思ってるよ?
裏路地から出るのが先なのだけれど。
表通りに出れそうな道を選んで歩いたはずがどんどん入り込んでいる。
このまま1人で歩いていたらずっと迷っている気がする。やばい。
道を聞けるような人や店がないかと辺りを見回せば少し遠くに昔ながらのアンティークなお店があった。
近づいてショーウィンドウを覗いた途端、息を呑む。
少年が居たのだ。いや、自分の知識の中でも知らない程華奢で愛を込めて作られた少年の人形。
細く柔らかいグラデーションに染まる、星が散りばめられた髪の毛。
伏せられたまつ毛は長く、薄く朱が差す目元や頬が綺麗で。
最近流行りで言われる透明感を具現化したらこんな感じなのだろうなと脳のどこかで呑気に思う。
「きれい…… 」
口をついて言葉がこぼれる。
その瞬間私の時間は止まった。
伏せられていたまつ毛がふるふると震え、そのまぶたが開かれていく。
そう、目が合ったのだ。
夜空と暮れの空を閉じ込めたオッドアイが私を貫く。
身体中に雷が走るようなこの感覚はなんだろうか。
視線を貫かれ呆然としていると、少年の人形は目を見開き慌てたように目を閉じてしまった。
「気になりますか、お客様。」
突然話しかけられて声が出たのはこの子に気づかれてないといいな。
「驚かせてしまい申し訳ありません。」
温かい湯気をあげながら紅茶のカップが目の前に置かれる。
年齢不詳な店主さんは、店の前でずっと固まってた私に声をかけて中に入れてくれた。
「あ、いえこちらこそお店の前で長く居てしまいすみません。」
「いいのですよ。浮奇を見ていらっしゃったのでしょう?」
「浮奇?」
「あの子の名前ですよ。せっかくだから浮奇、おいで。」
店主さんがあの少年をそばにつれてきてくれる。
「観用少女というのはご存知ですか?」
「観用、少女?」
「はい、観用少女というのは簡単に言ってしまえば生きる人形です。浮奇はその中でも世界に5体しかない少年の形をした人形の1つなんですよ。」
「生きる人形……」
「先程浮奇は目を覚ましたのでしょう?今は照れて目を閉じていますが、観用少女というのは持ち主を選ぶのです。」
そういった途端、浮奇が慌てて目を開け店主さんのことをぽかぽかと叩く。
照れているのを話されたのが気に食わなかったらしい。
「つまり、私は浮奇に選んでもらえたと?」
「そうなりますね。ご覧ください、この毛色、透き通る肌、そしてこのオッドアイの瞳。職人の寵愛を受けて生まれた5体のうち1体に選ばれることはなかなかないことです。」
「もしかして…」
「…まぁ、だいぶお高いかと。」
「うぁあああ…………いや、わかります。それほど浮奇は綺麗ですもの。ちなみにどれぐらいか聞いても…?」
「ざっとこれぐらいでしょうか。」
いやもう少しで紅茶を吹き出すところだったよね?
噎せていると浮奇が店主の服をひっぱる。
「どうしたんだい浮奇?ほう、でもそれでは浮奇の価値を下げてしまうよ?いいのかい?」
店主は浮奇の気持ちが分かるのだろうか。
独り言のように浮奇と喋るとこちらを見てくる。
「浮奇はどうしても貴方に買って頂きたいようで、多少ですがお値下げさせて頂きます。」
「え?でも、」
「観用少女というのは持ち主の愛情を受けなければ枯れて死んでしまいます。浮奇にとって貴方はそれほど運命だと、気に入ったらしいのです。お高いことはわかっておりますが店主の私からも、よろしければ浮奇をお迎え頂けませんか?」
机向かいの浮奇が小首を傾げてこちらを見つめてくる。
『スハ、ねぇスハ。俺を可愛がって?』
まるでそう聞こえてくるかのように。
「浮奇、浮奇ヤ。君は私でいいのかい?」
浮奇に近づき、跪く。
愛を伝えるためのキスを貴方の手に。
許しを伺うための視線を貴方の瞳に。
貴方が頷けば私は全ての愛を君にあげる。
だからほら、私のために頷いて?
エサは1日3回ミルクをあげること。
週に1度砂糖菓子をあげれば色ツヤが保てること。
育ちすぎないように小さめの服を毎日着させること。
そして愛情を注いでお世話をすること。
「ミルクや砂糖菓子以外を与えてしまうと変質することがありますのでご注意ください。」
「わかりました。」
「では必要なものを含めてこちらのお値段になります。こちらにサインを。」
今まで貯めておいた貯金はかなり減ってしまったが、また活動をがんばって貯めればいいのだ。
「あと、今まで浮奇と呼んでいましたがスハ様がご自由にお名前をおつけください。」
「いいえ、浮奇の方が綺麗だから大丈夫です。」
「そうですか。では浮奇のフルネームを。」
「浮奇、浮奇・ヴィオレタ。とても素敵な名前だね。浮奇。」
腕の中に収まる浮奇は柔らかく微笑んでくれる。
これからは私だけの浮奇・ヴィオレタ。
一緒に韓国に帰って、一緒に暮らそう。
昼寝のために再度閉じられてしまったまぶたにキスを1つ。
「愛してるよ。マイヴィオレタ。」
ねぇ知ってる?
運命の話。
俺たちは観用少女だから宝石みたいに綺麗な瞳を持ってるでしょ?
人間にも居たの。
緑色に透き通る、鮮やかな瞳を持つ人。
最初はここら辺で聞かない言葉だったからなんとなく気になっただけだったんだ。
視線が合って、この人だって思った。
日に照らされて優しく輝く濃い茶色の髪、エメラルドと言っても過言じゃない瞳。
今まで会った人たちは俺を値踏みするような、舐めまわすような気持ち悪い人ばっかだった。
初めて陽だまりみたいな人に出逢ったの。
だから俺、必死にマスターにお願いしたんだよ。
『お願い、俺スハの子になりたいの。』
『スハ、ねぇスハ。俺を可愛がって?俺をスハだけのものにして?』
「浮奇、浮奇ヤ。君は私でいいのかい?」
そう言ってスハが俺の手を取った時、エメラルドみたいに綺麗な瞳の奥がどろりと溶けたの俺見逃してないよ。
こんなに綺麗な瞳が俺のせいでどろどろに溶けちゃうんだね。
俺のために必死に隠して、俺に跪くんだ。
いいね。俺そういうの好きだよ。
俺のためにご飯を用意して?
俺のためにどんな服を着せようか悩んで?
ねぇ。俺にスハの人生を頂戴?
俺の髪を優しく梳いて、俺の肌を優しく撫でて、優しい声で俺の名前を呼んでよスハ。
早くスハのお家に連れてって。
それまでのんびりお昼寝しててあげるから。
参考
観用少女