君への、一歩 先日、藤原愁に『週末、沙絵のためにテーマパークへ行こう』と誘われた山之内遼平は、待ち合わせ場所のパーク最寄駅に着いた。
改札を抜け駅の外に出ると、目の前の空間はすでにパークのキャラクター達で溢れていてとてもカラフルだった。少し浮き足立つ気持ちを抑えつつ、キャラクターの中に紛れているであろう人物を探し始めた。
右から左に向かってぐるりと目を巡らせると、何個目かのバス停の庇の端に、その姿はあった。
「愁くーん!」
「やあ」
文庫本を閉じ右手を上げた愁の姿に、遼平は目を丸くした。
「アレ⁈」
愁だけ、だったからだ。
「沙絵ちゃんは?」
丸くした目のまま聞くと
「今日は沙絵は来ないよ」
どうして?という顔をされた。
遼平は小首を傾げ
「沙絵ちゃんのため、って言うからてっきり一緒に行くもんだと思ってたー」
と、後頭部に手を当てはにかんだ。
「すまない、言葉が足りなかったね」
愁はチョコレート色の小振りなボディーバックに本をしまうと、遼平を促しつつパーク入り口方面へ向けゆったりと歩きだした。
「俺も初めての場所だし、沙絵と二人であれこれ聞いたら君の負担になると思った」
「あー、俺もちっちゃい時にねーちゃんと来たっきりだから、それはちょっと困ったかも」
「沙絵に少し格好をつけたかったというのもあるけれど、ね」
フフッと笑う愁に釣られ遼平もヘヘヘッと笑った。
「それに」
愁はパークの門の前で立ち止まり一息おくと、遼平を真っ直ぐ見つめて続けた。
「遼平くんと二人で遊びに行くいい機会だと、思ったんだ」
新緑の木々のざわめきを乗せて、二人の間を風が吹き抜けた。愁は少し長めの髪を抑えながら
「今日の事を知ったら、沙絵は拗ねてしまうかも知れないけれど」
と、微笑んだ。
(あ……)
一瞬、遼平の時間が、止まった。
その間を、戸惑いと受け取った愁は
「――気が進まないなら……」
無意識に声のトーンを落とした。
ハッ、と、遼平は我に返えり両手をブンブン左右に振りながら愁の言葉を遮ぎる。
「あ、いや、違っ、行きたい!一緒に!行きたいっ!です!!」
慌てる遼平の姿を見て、愁の全身から緊張が抜け、上がり気味だった肩がすっと下がった。
「……良かった」
「でも、二人で遊んだことなかったっけ?」
腕を組み目線を脳天に向け、思い出を辿る遼平の口が段々と尖っていく。クスクスと笑いながらその様子を見ていた愁は、口に手を当て笑いを抑えながら答えた。
「君と二人きりになる時は、大抵俺の家で弓を引いているだろ?」
「あーそっかぁー、そうだねー。遊ぶのは初めてだ!」
遼平の満面の笑顔に、愁の白い肌が微かに色付いた。
「ああ」
「じゃあ、今日は思いっきり遊ぼう!」
拳を作った両手を天に突き出した遼平に、顔が緩みっぱなしの愁であった。
「一応、下見も忘れずにね」
「うん!……実は、ちょっと忘れてた」
この後二人の男子高校生は、すれ違う数多の女性客の興味の的になりつつ、パーク従業員に優しく見守られながら「下見」を大いに楽しんだのであった。