その日、三十度以上今日はどこ行く〜?
…あの、いつものところに行こ。
いつもの? あぁー、あの、いつものとこね〜。
うん。
蘭の腕が幾度かぶつかってきて、さすがにその仕草に意図があることに気づいてしまった。チラッと隣を歩く横顔を窺う。迷いのある、泳いだ視線とぶつかった。目が合ったのに全力で逸らして赤くなる。
やれやれ、蘭は世話が焼けますなー。
腕を寄せて、えいっと一気に手を繋ぐ。今日は真夏日。お互いしっとりと汗ばんでいるのは暑さのせいだ。変に照れる方が恥ずかしくなる。こういうのは思い切ってやれば案外大丈夫なんだから、と蘭の手をギュッと握った。蘭の指にも力が入る。
太陽がジリジリと心臓まで炙る。去年はみんなでバンド練の帰り道、アイスを食べながら歩いたっけ。今年は、これからは。
ふと顔を上げると蘭の赤い瞳がこちらを見つめていた。
「ずっとモカと手を繋ぎたいって思ってた」
「あたしも…いやー、あたしたち気が合いますな〜」
二人だけで行く“いつもの”CDショップ。他のみんなは知らない、二人だけの秘密の場所。
最初は蘭のお気に入りの店だった。
品揃えが他とは違っておもしろい、の一言に興味を持って半ば無理やり同行した。蘭は、これすごくいいよ、こっちも、と盛り上がって二人でたくさん視聴した。それから度々二人だけで行くようになったから、こんな風にデートするようになってからもやってることは一緒。
戦利品を片手に蘭はご機嫌だ。
「さっきの曲、Afterglowでもカバーやりたいな」
「いいんじゃない〜」
あたしたちならバッチリかっこよくできるよー。そう言ったら、嬉しそうにふふふと笑う。夕焼けの色が蘭を映して、心臓が少しドキドキする。
もう少しだけ蘭といたい。
夕焼けはいつも二人にしばしの別れを告げる。子供の頃、蘭とまだ遊びたいと泣いて母を困らせた。あれから随分大人になったのに離れがたい気持ちは変わらないばかりか増すばかり。ずっと前から好きなのに、気持ちは強くなって、中身は複雑になって。
「モカ?」
見つめすぎてしまったせいか、蘭がこちらを不思議そうに見る。困らせてはいけない。蘭は明日からまたバイトなのだ。あくまで何事もなく、爽やかに。大好きな人にワガママは言いたくない。
「そろそろ帰ろっか、涼しくなったねー」
「あのさ、モカ」
蘭が袋をガサガサさせて突然さっき買ったCDを取り出す。
「蘭?」
「これ、すごくいいから今から一緒に聞いて。…その、う、うちで」
「いいのー?」
蘭は真っ赤な顔で頷いた。
二人はこれからいつでも一緒の気持ちでいられる。そう思ってもいいんだ。
いつもの街へ帰る駅への道をまた手を繋いで歩いていく。暑くて溶けそうな夏の、大切なとある一日。