松方弘樹世界を釣る ざざ、ざざ、ざざ。
波の音は低く、静かに、しかし絶え間なく続いている。
夜の埠頭は真昼よりも潮のにおいが強いような気がする。それは塩気の強い海藻のような、生臭い魚のしめった屍骸のような、海そのもののようなにおいだ。
波は高くないが、小雨が降っている。あたりには誰もいない。波の音だけがずっと繰り返されている。私の足元からまっすぐ伸びる白いコンクリート製の埠頭に立つのは私ひとりだ。いくら手持ちライトで照らしても埠頭の先端は闇に融けて見えない。
雨の日の夜釣りは静かだ。雨が海水を掻き回し魚の餌となる微生物が上がってくる。それにつられて魚も水面までやってくる。それに雨が海面を叩くから水中に酸素が多く含まれる。魚が活発に餌に食いつく。だから夜釣りはよく釣れる。だが雨の夜釣りは危険が伴う。無論足元は滑るし、夜だから海に落ちても探しにくい。だから人は少ない。当然のことだ。
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