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    しきしま

    @ookimeokayu

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    しきしま

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    佐藤さん×朝陽(※養子縁組)

    ##小説

    殺風景だった佐藤さんの部屋に、少しずつ俺のものが増えてきた。置いてある歯ブラシは常に二本になり、枕元に灰皿も置かれた。読んだまま戻し忘れた漫画で、本棚は歯医者の待合室みたいになった。そんなふうにして、俺の帰る家は六本木になった。
     まだ一年目の新人が六本木に引っ越すのを上司は少し訝しがったが、家族がそこに住んでいるのだと言うと、納得したようだった。
     それももうすぐ、嘘ではなくなるはずだ。

    「ほんとうにいいのかな、朝陽」

     カーテンの隙間から覗く月を見つめながら、佐藤さんは呟くように言った。その言葉は、もううんざりするほど聞いていた。心の中をそのまま映し出すように、手に持ったワイングラスの中の赤が揺れている。
    佐藤さんの気持ちも分かる。
    だからこそ、なおさら俺はうんざりしていた。

    「俺はそうしたいよ。佐藤さんは違うの?」
    「僕もそう思うよ、でも……」

     佐藤さんは、困ったような顔で俺を見た。

    「朝陽の人生を縛るのはイヤなんだ」

     俺は、人生を縛られたつもりはなかった。自分の意志でこの部屋にいて、自分の意志で、佐藤さんの養子になろうとしているのだ。
     ただ、佐藤さんと家族になるということが、人生を縛られているということになるというのならば、俺はその束縛を歓迎したいと思う。

    「俺は、佐藤さんとずっと一緒にいたいんだよ」

    そう言って、少し年齢を感じる掌に、自分の掌を重ねる。
    このままキスをして、セックスをして、曖昧なまま夜を終わらせることもできた。でも、今夜はそういう気分でもない。

    「僕も、……朝陽とずっと一緒にいたいと思ってるよ」

     そう言うと、佐藤さんはゆっくりと指を絡めてきた。

    「僕でいいのかな」
    「佐藤さんじゃないと駄目なんだよ」
    「そうか……」

    この先にどんな障壁があるのか分からないし、何が正しいかなんて明確な答えはない。佐藤さんと俺の関係にどんな名前を付ければいいのかも知らない。それでも俺は、佐藤さんと家族になりたくて、そのために養子縁組を選んだのだ。
     不安そうな顔の佐藤さんを抱き締める。そんな顔を浮かべる必要なんてない。
    佐藤さんがそばにいてくれたらそれだけで幸せだなんて思うのは難しいけれど、俺は佐藤さんと一緒に幸せになりたかった。佐藤さんを幸せにする覚悟だってできていた。

    「俺の家族になってください」

     心の底から溢れた、決死の言葉だった。
    佐藤さんは少し驚いた顔を浮かべたあと、ゆっくりと俺の背中に手を回した。肌に感じる優しい体温に安心した。

    「はい、喜んで」

     少し震えたような佐藤さんの声が、耳に強く響いた。
    カーテンの隙間から、東京の夜が覗いている。世界にふたりきりみたいだと思った。そんな月並みな言葉をわざわざ言うつもりはないけれど、今夜は、それが全くの勘違いというわけでもないだろう。

    ***

     佐藤という苗字に、俺は少しずつ慣れていった。周りの人たちは、俺が期待していたよりもずっと他人に無関心で寛容だった。
    うだつの上がらない日々は佐藤さんに話して消化した。孤独という言葉も忘れた。少し鬱陶しいくらいの充足を、俺はこの街でようやく得られた。

    「和幸さん、ただいま」

     佐藤さんのことを、俺は和幸さんと呼ぶようになった。自分も佐藤なのに、いつまでも佐藤さんと呼ぶのはおかしいと思ったからだ。それ以上の理由はない。でも、和幸さんは名前で呼ばれるのを喜んでくれた。それから、セックスのときに思い出したようにパパ、と呼ぶのも。

    「おかえり、朝陽」
    「ん」
    「おかえりのキスは?」
    「そんなことしないよう」

     たまに求めてくるおかえりのキスは一回もしたことがない。いってきますのキスもそうだ。些細なすれ違いはいくらでもある。それを愛おしいとも思う。きっとおかえりのキスは、今後もすることはないだろう。

    「どうしてこういうときはキスしてくれないのかなあ」

     おどけたように笑う和幸さんが可愛かった。

    「キスしたらエッチしたくなっちゃうからです」
    「それ、ほんとう?」
    「ほんとう。だから、あとでいっぱいキスして」

    和幸さんの年齢もあるから毎日するわけにはいかないけれど、多分、一週間に一回はセックスしていると思う。だいたいは金曜日の夜で、俺が誘うことが多い。
    俺がひとりでするのを手伝ってもらったり、見てもらうだけの夜もある。それがどれだけ倒錯しているのかは知らないけれど、そういう夜も俺は好きだ。



     セックスの前に、ご飯を食べてお風呂に入る。それから、少しタバコを吸って、お酒やコーヒーを飲む。ソファで体を寄せ合って見る夜景は、見慣れるとそれほどロマンチックではない。けれど、少し苦しくなるほどに愛おしい。
    きっといつまでも光っているのだと思っていた綺麗な夜景も、苦しいくらいに甘く融かされるセックスも、驚くほどに俺の生活に馴染んでいった。そのままの和幸さんがいるこの部屋を、生活感がないとも思わなくなった。
    ダサくて甘くて愛おしくて、時折美しく思う、この生活は使い慣れた毛布みたいだった。

    「明日、ふたりでスカイツリーにでも行こうか」

     夜景を見つめていると、ワイングラスの白を揺らしながら、和幸さんが囁く。
     俺は、休日はベッドの上で映画を見たり、だらしなくじゃれ合うようなセックスをしたいと思う。けれど、きっとスカイツリーに行くのも楽しいのだろう。軽く頷いてライターでタバコに火をつける。休日の行方は、俺の寝起きの機嫌が握っている。

    「どこ見たい?やっぱり展望台かなぁ」
    「スカイツリーは、他に何があるの」
    「水族館とか、プラネタリウムがあるよ。あとは、ショッピングモールとかも」
    「水族館行きたい!」
    「いいね、そうしようか」

     ゆっくりと流れる時間も、叶うか分からない明日の約束も心地良い。
     タバコを一本吸い終わってから、ねだるように和幸さんの耳朶にキスをする。セックスを誘うは、俺の方が得意だと思う。でもそれは、俺がわがままだからかもしれない。

    「したい?」
    「うん……」
    「可愛い」

     短い会話で小さい誓約を交わして、転がるようにベッドへ向かう。そして、お互いに裸になって、緩やかに求め合う。
     和幸さんとのセックスは、アフォガードのようだと思う。少しずつ、ジェラートみたいに溶かされるのが、狂おしいほど好きだ。
     さっき約束したとおりに、何度もキスをされる。激しいキスの合間に、愛している、と囁かれると、心臓を真綿で撫ぜられているような心地がして気持ちいい。愛している、と囁くと、獣のように求められるのも、いい。愛されていると感じる、この時間がたまらなく愛おしい。

    「パパ、大好き……」

     甘ったるい声で、セックスのときだけの特別な呼び方で和幸さんを呼ぶ。こんな誰にも言えない倒錯も、和幸さんとの秘密だから心地いい。

    「可愛いね。僕も大好きだよ、朝陽……」
    「俺だけ?」
    「朝陽だけだよ。僕は朝陽のものだ」

     眩しいほどの愛の言葉が体の奥に甘く滲んでいく。ジェラートはもう元の形を留めていない。愛おしさが胸を締め付ける。この人の腕の中で朝を迎えたいと強く思う。

    「俺もパパだけだよ……」

     喉が焼けるような甘い言葉を交わし合って、セックスに終止符を打つように、リボンが絡まるようなキスをする。
    セックスのあとのしどけない戯れ合いをして、眠たくなってくると、夜のだらしなさに身を任せる。
     このまま朝が来なければいい、と思うときもある。実際に和幸さんにそう言ったこともある。愛おしい人の腕の中で、ずっと眠っていたい。
    それでも朝はやってくるし、心の奥底で俺は、和幸さんと迎える朝を心待ちにしていた。明日、もし早起きが出来たら、おはようのキスをしてみようと思いながら、俺は夜に身を委ねた。
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