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    しきしま

    @ookimeokayu

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    しきしま

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    浅見×大河

    ##小説

    東京の桜がいちばんの見頃を迎える頃、浅見から予約が入った。
    大河は、浅見の予約がない限りは別の男に抱かれることもなく、今まで通りの日々を送っていた。浅見が自分を囲っていて、他の男には渡さないようにしているのか、単純にそういった人間は少ないというだけなのか、それともまた他に理由があるのか、考えても大河にはよく分からなかった。別の板前に聞くのも躊躇われた。このことで色々と教えてくれたジローにさえ尋ねるのは恥ずかしいし、コウキやスバルにはなおさら言い難い。ましてや、尾上には口が裂けても言えなかった。浅見に執着し始めている自分を、誰にも知られたくなかったのだ。

     予約の日は、思っていたよりも早く訪れた。
     いつもの通り、運ばれていく料理を見つめながら桜の間で待っていると、予約していた18時ちょうどに、濃藍の着物に身を包んだ浅見が入ってきた。
     心の準備はできていたはずなのに、浅見の顔を見ると大河は期待と戸惑いでどうにもならなくなってしまった。浅見のほうは、割と飄々としていた。それが何となく、大河には気恥ずかしかった。かといって、戸惑っていて欲しいわけでもない。

    「会いたかったよ、可愛い僕の大河」

     甘ったるい言葉を吐いて、浅見は大河を抱き締めた。照れるようすは全くない。この男は人を『愛し慣れている』のだろうと大河は思った。

    「大河、ますますかっこよくなったね」
    「あ、あんまり褒めんどってください。本気にしてまいます」
    「僕は本気で言ってるつもりだよ」

     認められない、と思ったが、これ以上浅見に何か言うのも違う気がして大河は黙った。かっこいい、と言われて、悪い気分にはならない。

    「冷める前にご飯食べちゃおうか」
    「は、はい」
    「好きなだけ食べていいからね」

     今日の料理は、鯛の桜蒸しや春菊の天麩羅、蛤の酒蒸し、若竹煮、山菜の炊き込みご飯など、春を感じさせるものばかりだった。一級品を揃えた食材のいい匂いに、食欲をそそられる。
     浅見が座布団に腰掛けたので、大河も対面に座る。正座をしていると、胡座をかいてもいいよ、と言われたので、素直に胡座をかいた。浅見も胡座だった。柔らかい仕草のせいか、年齢ゆえの貫禄か、浅見の胡座はずいぶんと様になっていた。

    「ジュース飲む?」
    「あ、は、……ハイ」

     大河は、この間ジュースを飲みすぎて浅見の前で盛大に漏らしたのを思い出して恥ずかしくなったが、浅見に勧められたものは断れない。単純に、ジュースを飲みたかったというのもある。
     浅見は大河が遠慮するのも聞かずに、グラスにジュースを注いでやった。みかんの果汁の橙色が、透明なグラスを鮮やかに彩る。大河も、浅見のためにお猪口に日本酒を注いだ。マナーがなっていなかったらどうしよう、と、恐る恐るだったが、浅見は何も言わなかった。

    「綺麗な桜だね」

     障子から覗く桜を見ながら、浅見はお猪口の日本酒を飲んだ。
     大河には、桜の良さはあまり分からなかったが、桜が綺麗だと思える浅見の感性に頷いた。

    「大河と一緒に桜が見れて嬉しいよ」
    「あ、あり、……がとう、ございます」

     浅見が食事に手をつけたのを見て、大河も漸く箸を手に持つ。
     形式ばったマナーは置いておいて、浅見の所作は何においても上品で美しい。思わず目を奪われてしまうほどだ。
     だが、その柔らかい仕草の袖から、そこはかとない色気が薄っすらと覗いているように、大河には感じられた。あの繊細な手つきで、浅見は大河の肌を愛撫するのだ。
     そんなことを考えてしまう自分を、下品だと大河は思った。浅見には言えない。

    「遠慮しないで食べなさい、大河」
    「あっ、はい、い、いただきます」

     あまり浅見のことを見るのも良くないと思って、大河は桜に目を移した。上品な淡い色の花が、少し熱を持った瞳を優しく冷ました。

    「き、綺麗ですね……、桜」

     少し遠慮がちに大河がそう言うと、浅見は満足そうに笑った。
     食事が終わると、浅見は待ち焦がれたとでも言うような表情で大河のそばに寄った。
     首筋から、香水なのか体臭なのか、甘ったるいような不思議な匂いが漂う。浅見に抱かれたときの記憶が蘇って、大河はまた妙な気分になってきてしまった。

    「どうしたの、そんな顔して。そんなに俺に抱かれたかったの?」
    「あっ……」

     顎を掴まれ、少し強引なキスをされる。アルコールの感じが、つん、と大河の鼻を刺した。浅見は本当によく飲む男だ。でも、別段酒に強いわけではないということに、大河は薄々気づき始めていた。

    「可愛いよ、大河……」
    「あ、あぁんっ」

     大人の男の、むせ返るような欲望をはらんだ熱いまなざしに、体が溶かされそうだった。父親よりも歳上の男に色気を感じてしまう自分に怖くなる。気持ちが追い付かない。

    「大河、今日、本当にどうしたの」
    「えっ、なん……」
    「すごく色っぽいよ……、我慢できなくなりそう」

     色っぽい、という言葉と、自分とが上手く結びつかなくて大河は戸惑った。だが、浅見の手は止まらない。服の隙間から忍ばせられた掌に、体がぞくぞくした。

    「もしかして、誰か好きな女の子でもできたの?嫉妬しちゃうな」
    「そっ……」

     大河は、恋と呼べる恋などしたことはなかった。恋をすると色っぽくなるなんて話も聞いたことがない。ただ、着物の隙間から覗く浅見の鎖骨や胸に、覚えたことのない感情を抱いていた。

    「すっ、好きな女の子なんて……、そぎゃんこつなかですばい」
    「本当?」
    「本当です、えっと……」

     ―――大河は、嘘のつけない純朴な少年だった。

    「そのう……、誉様に会えたけん、ドキドキしとるんやと、思います」
    「それはもしかして、俺を喜ばせるために言ってるのかな?」
    「ち、違います、あのう、ぼく……」

     浅見は嬉しそうに大河の話に頷いている。
     大河には、浅見を喜ばせようなどという気持ちはなかったし、ましてや、浅見がどうすれば喜ぶのかなど分からなかった。ただ、大河の言った純粋な言葉と感情が、偶然に浅見の心をくすぐっただけのことなのだ。

    「ほ、誉様を見とったら、この間のこと、思い出してもうて……」
    「それで興奮しちゃったの?」
    「……あの、ごめんなさい」
    「なんで謝るの、良いんだよ」

    大河はなんだか、自分がすごくはしたない人間になったようで恥ずかしかった。

    「じゃあ大河がこんな色っぽいのは俺のせいってことだ」
    「あ、えっと……」
    「ふふ、ちゃんと責任とってあげないとね……」

     そう言うと、浅見は着物を脱ぎ、大河の体に覆い被さった。
    浅見の体は、五十とは思えないほどに逞しく美しい。大河は、それにも興奮のようなものを覚えてしまった。自分の方が体格も良く、がっしりとして筋肉がついているというのに、だ。

    「今晩は離さないからね、大河……」

     その言葉の通り、大河は散々ベッドの上で浅見に甘やかされ、可愛がられた。愛していると囁かれて嬉しくなってしまう自分のことを、なんとなく愛おしいと思った。
     燃えるようなセックスのあと、浅見は旅館の従業員に、茶と茶菓子を持ってこさせた。そして、襖を開け、窓の外の桜を見上げた。

    「夜桜も綺麗だね」
    「そぎゃんですね」

     今度は大河も、純粋に綺麗だと感じた。こうして寄り添って、浅見と一緒に見ているからかもしれない。だが、そんなあざといことは言わなかった。第一、恥ずかしい。

    「また来年もこうして桜を見れるといいね」
    「あ……」
    「嫌かな?」

     嫌だと言う感情は湧かない。ただ、照れ臭いだけだった。

    「そぎゃんこつなかです。嬉しかですばい」

     浅見は何も言わずに、大河の頭を撫ぜた。
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