HAPPY JULY HOLIDAY 兄に頼まれて働き始めたバイト先は、オフィス街にある会社の一つだが何をやっている会社かはイマイチ分からない。CEOである兄に訊いても「お前は知らなくて良い」と笑顔で両断され、与えられた受付業務にも差し障りが無い為もう気にしないことにした。
「ヴァッシュ、21日だがどこに行きたい?」
「え?」
ランチタイムに兄に呼び出され、休憩室から社長室に併設されたテラスに移動して、手製の弁当のおかずを兄の昼食と交換しあって兄弟水入らずの時間を楽しんでいたときだった。
まるで以前から約束していたかの様な話題の振り方に、間抜けな声を返してしまった弟に兄は優しく微笑む。
「なんだ忘れたのか?俺達の誕生日だ、好きなところに連れてってやる」
「あー、えっと、ごめん、ナイ、・・・21日はウルフウッドと約束してて」
ウルフウッドはこの会社に勤めてから出来た恋人だ。会社のことがイマイチ分からないヴァッシュには、彼が忙しい部署にいることくらいしか分からないが、時間を作って互いの家を行き来する程度には親交を深めている。21日はそんな二人の初めての誕生日イベントだ。
「二人で出掛けるんだ、映画と水族館に行って、夕食は海の見えるレストランのブッフェで」
「残念だが21日はあいつは仕事だ」
「え?」
「今言ったデートには俺が連れていってやる」
嘘やろ。
山の如く積み上げられた未処理の書類、USB、そしてデスクに突き立てられたカッターナイフとずたずたに切り裂かれた先月出した筈の有給申請書類。
「――・・・土曜日までだ。ナイヴズ様直々のお達しだぞ、死ぬ気で取り掛かれ」
「嘘やろ!!」
社長秘書のブルーサマーズに塵芥でも見るかの様な目で見下ろされ、ウルフウッドの怒りの叫びは悉く無視された。
「仕事じゃ、仕方ないよね、大丈夫だよ」
「大丈夫なわけあらへん、ほんまにごめんな」
定時後のロビーにて、帰り支度を済ませた金髪の恋人が手を握っていなければその場に崩れ落ちて土下座していただろう。ウルフウッドにとって初めての恋人は勤務先の社長の双子の弟で受付のアルバイト、ほわほわと穏和で誰にでも優しい美しい男だ。
「今日もまだ帰れないの?」
「おん、飯食う約束もまだ果たせへんな、ほんま堪忍なぁ・・・」
「もう、謝ってばっかり」
ふんわりとした金髪をしょんぼりと垂らした恋人に罪悪感が募る。なんだってこんなことに。全ては自分のせいではなくこの恋人の兄のせいだと頭の何処かでがなり声を上げる自分がいるが、交際の挨拶を疎かにしていた自分に非があるのも理解していた。
「あ、せや」
「ん?」
「21日な、ワイの仕事終わってからでも会えへん?オドレの誕生日、短くても祝いたいねん」
「っ、嬉しい!」
「ほんでよかったら、ワイの部屋で待っててくれへんか?」
ジャケットの内ポケットに手を入れ、取り出したのは赤いリボンを付けたディンプルキーだ。
「えっ、これ」
「ウチの合鍵、貰ってほしいんやけど」
ウルフウッドの住むアパートは単身者向けの雑居ビルの様な外観の建物だ。
そんな質素な住処の鍵を両手で受け取った恋人は、まるで花の綻ぶような笑顔を浮かべた。直視して心臓が飛び出し掛ける。
「誕生日プレゼント、だね、嬉しい! ありがと」
「お、大袈裟や、それにちゃんとしたプレゼント用意してんねんから」
「うん、ありがとう、僕待ってる、ご飯用意して待ってるから、早く帰ってきてね」
と、いう会話をしたのが四日前。
誕生日当日、午後十時三十六分
なんでワイ、まだ会社におるん?
減る度に何故か増やされる仕事、計ったようにミス報告をする後輩社員、ブルーサマーズによりプリントアウトして見せられるCEOのインスタ画像、映画の半券、水族館、夕陽の美しい海岸沿いのレストラン、どの写真にも金髪の美しい同行者の存在が匂わされている。
バキッ
本日何個めかのマウスが死んだ。
――にゃん
連絡アプリから恋人からのメッセージを通知され、すぐさま開いた。
『お疲れさま!
ナイと出掛けてて、遅くなっちゃったけど今君の部屋にいるよ』
――にゃん
【画像】
――にゃん
『料理作り過ぎちゃった、残りは明日の朝食べようね。お仕事まだ掛かりそう?』
メッセージの間に料理の置かれた自室の写真が挟まっている。そういえば昼飯も食べずに仕事をしていた。今日は煙草休憩すら取っていない。
なのにどうして仕事は終わらないのか。
『すまん、まだ掛かりそうや』
『ほんとは顔見て渡したかったんやけど、クローゼットにプレゼント置いとるから、日付け変わる前にワイが間に合わんかったら開けてな!
ワイやと思って可愛がってな』
恋人に用意したプレゼント、それは以前動物園デートで見かけたオオカミのぬいぐるみ(特大)だ。首には赤い首輪を着けており、小粒だが七月の誕生石のルビーが付いたピアスをぶら下げている。
寂しがりで思慮深い恋人のことだ、きっと日付が変わる直前までクローゼットを開けることは無いだろう。通勤時間を考えれば、間に合わせるにはあと三十分で仕事を終わらせなければならない。
無理な話だ。悔しさに震えながらマウスを取り換えて再びパソコンに向かう。
待ち受けにしている愛しい恋人の笑顔を見て英気を養った。
「なんだまだ終わらないのか」
「さっきからぽんぽん仕事上乗せしとんのオドレやろが!!」
「なになに?ワイやと思って可愛がってな?」
「勝手に何読んでんねん!!
「ねえパニッシャー、プレゼントってこれのこと?」
会話に割り込んできた後輩社員の間伸びした声に振り返る。
「な、なん・・・、はあ?」
ウルフウッドに似てる、可愛いね!と恋人がいたく気に入っていたのを思い出してネットで注文したオオカミの特大ぬいぐるみ、赤い首輪にリボンの巻かれた小箱をぶら下げている。
「社長室にあったよ」
「は?!」
「それは僕が君の部屋から持ってきたものだ」
「は!?」
「ナイヴズ様がどこかの塵蟲が弟に塵を渡すかもしれないと憂いてらしたのだ」
「なんてことしよんねん!!」
すぐにブルーサマーズからスマホを取り返し連絡アプリから謝罪を送ろうとするが突然画面が暗くなる。なんてことだ、忙しさにかまけて充電を怠っていた。
「なんて、ワイはなんて不甲斐無い彼氏なんや・・・」
「うっわ、弟くん可哀想! 誕生日ドタキャンされた挙句、プレゼントも無しぃ?」
最悪の自体だ。フラれても文句は言えまい。しかしあのお人好しのこと、きっと悲しげに大丈夫だと笑うのだろう。想像が容易すぎて胸が張り裂けそうだ。
「なんてことしよんねん・・・」
「ふんっ、僕だって鬼じゃない。喜べ、塵じゃないものを代わりに置いてきてやった」
「さっきからゴミゴミうっさいわ!」
ひとの渾身のバースデープレゼントに酷い言い草である。
「えー優しいじゃん、何置いてきたの?」
「付き合いたてのカップルの誕生日プレゼントといえばアダルトグッズに決まっている」
「なんて?」
「精々気まずくなることだな」
「おんどれーーー!!」
事態は気まずくなるどころでは済まない。
『ワイやと思って可愛がってな』
このままではそのアダルトグッズを恋人が彼氏だと思って可愛がる事案が発生する。素直で純情で、ちょっぴりエッチなあの恋人は使うだろう100%使うに決まっている。
「ちなみにナイヴズ様のサイズで型を取った特注品だ」
「嘘やろーーー!!」
果たしてウルフウッドは仕事を終わらせ日付が変わる前に帰宅することができるのか・・・
ヴァッシュの運命やいかに!!後半へ続く!!
次回、
はじめてのおもちゃせっくすはお兄ちゃんで♡