二宮さんへ、ダシにしてごめんなさい。【影犬】*影犬短篇集⦅恋に傾熱⦆
「お。」
ガラッと開けた冷蔵庫の中に、一際高級感を放つ真紅の瓶が目に入る。二人の人間が生活している割には随分と空きスペースの多いこの冷蔵庫。おかずはいくつかがポツポツと置かれる程度、飲み物棚の方はポップなラベル付きの炭酸グレープジュースが一本のみと、その隣にあるのが先ほどの子どもが大好きそうな炭酸とは一味も二味も違う、高貴さに満ち満ちた赤ワインだった。まだ裕に半分以上は残っている。これは二宮さんが大学の卒業祝いにと、…あとおれたちが同棲した記念にとプレゼントしてくれたものだった。
大学を卒業してからすぐに念願の同棲生活を始め、幸せな日々を送り出してから早くも一ヶ月。というハッピーな常套句を使いたいのは山々だけれど現実は『同棲』なんて甘い響きとは程遠い、尊敬する上司からの折角の贈り物が飲み終われないほど忙しなく無機質な日々を送っていた。
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