【ごくパ展示】恋愛指南「好きな相手にどう接すればいいか、かね」
ガンガディアは眼鏡を押し上げて目の前のヒュンケルを見下ろした。ヒュンケルは真剣に面持ちで頷く。あの小さかったヒュンケルがそんな悩みを口にするほどに成長したとは感動を覚える。
「そういう相談ならガンガディアに、と父さんが」
言ってヒュンケルはちらりとマトリフを見た。マトリフは我関せずという風に本を読んでいる。ガンガディアとマトリフがパートナーであることは皆が知っていることだった。
「私で良ければ相談に乗ろう」
「よろしく頼む」
「好きな相手にどう接すれば良いか、だったな。もちろん一概に言えることではない。ひとは様々だ」
ガンガディアは当たり障りがないことを言いながら思考を巡らせる。相談に乗ると言ったものの、恋愛は得意な事柄ではなかった。マトリフとパートナーになったが、彼以外に恋愛感情を持ったことすらない。
ヒュンケルは真面目な表情でガンガディアの言葉を待っていた。ガンガディアは一息ついてから厳かに言う。
「好きな相手には親切にするといい」
「親切に」
「誠意を持って接し、尊重する」
「具体的にはどうすればいい?」
「これはあくまで私の経験した一例だが」
ガンガディアはちらりとマトリフを伺う。あまろ喋りすぎるとマトリフの機嫌を損ねそうだ。だがマトリフは全く興味がないらしく、大きな欠伸をしている。
「食事を準備する。具合が悪ければ労る。他にも相手の為となる行動を取る。そういったことが二人の距離を縮めて絆となっていく」
「なるほど」
ヒュンケルは言葉を胸に刻むように頷いている。ヒュンケルが納得したことにガンガディアは安堵した。ガンガディア自身は何故マトリフが自分をパートナーとして選んでくれたかよくわかっていない。ただマトリフと一緒に暮らして、その中で自然とそういう形に落ち着いたというだけだ。その中でガンガディアがしたことといえば、身体を悪くしたマトリフのために細々としたことを引き受けたくらいで、他には何もしていない。
「……そんだけじゃねえぞ」
ボソリとマトリフが呟いた。どうやら会話は聞いていたらしい。
「要は惚れさせりゃあいいのさ。どうせお互いに欠点だらけなんだ、良い子ちゃんアピールしてもすぐに素性なんてバレちまう。だが惚れちまえばアバタもエクボだ。まず相手を落とせよ」
悪い笑みを浮かべながら言うマトリフに、ガンガディアはかつての告白を思い出す。傍若無人で傲慢なこの大魔道士の一世一代の告白は、案外に純粋で可愛らしいものだった。どうも悪ぶってみせたいこの恋人を少し揶揄いたくもある。
「そう言うあなたは私のどこに惚れたのかね?」
「でかい胸とでかい尻」
やはり素直ではないとガンガディアは思う。だがマトリフの言う通りで、そんなところすら愛おしく思えるのだから恋とは恐ろしい。それにあの夜の告白を二人だけの胸に秘めておくのも悪くはなかった。
「……ところでヒュンケル。君の思い人とはどんな方なのかな」
ヒュンケルが思う相手なのだからきっと素晴らしい人物に違いない。そう思うものの、幼少期よりその成長を見守ってきたガンガディアからすれば、やはり相手がどんな人物であるのか気になった。
「ポップだ」
「はぁ!?」
さらりと言ったヒュンケルに、マトリフが驚きの声を上げる。さっきまでの冷静で斜に構えた様子はどこへやら。読んでいた本を放り投げてこちらへ来るとヒュンケルを睨め付けた。
「……てめえ、ポップに手ぇ出したら許さねえからな」
地を這うような重低音でマトリフは言う。ガンガディアは慌ててマトリフの肩を抑えた。
「大魔道士、落ち着いてくれ」
マトリフが弟子であるポップを何かと気にかけていることは前々から知っていた。だがヒュンケルは立派な青年だ。身内贔屓と言われようが、ヒュンケルほど清廉で一途な男はいないとガンガディアは断言できる。
しかしガンガディアの心配をよそに、ヒュンケルは険のあるマトリフに怯む様子もなかった。真剣な面持ちでマトリフを見返すと迷うことなく言った。
「オレはポップを愛している」
言い切ったヒュンケルにマトリフがすかさず言い返す。
「口では何とでも言えるんだよ。本当にその覚悟があって言ってんのか」
「無論だ」
「ポップはてめえのことどう思ってんだよ」
「それは聞いたことがない」
「なんだ……片思いかよ。百年早いってんだ」
マトリフは一気にやる気を削がれたように背を向けた。先ほど放り投げた本を拾い上げている。ガンガディアは場の空気を変えようと明るい話題を持ち出した。
「そういえば、今度の食事会はキャンプになったらしいよ」
それはこの前にアバンに会って聞いたことだった。ヒュンケルも頷く。
「ああ、これを機にポップに思いを伝えようと思う」
いけない。話題が戻ってしまった。だがヒュンケルを応援したい気持ちが勝ってしまう。ガンガディアは肯定するようにヒュンケルに微笑みかけた。
「それはいい考えだ。二人きりになったら思いを伝えるといい」
ヒュンケルは頬を僅かに上気させて頷く。どうやら本気でポップのことを好きらしい。ちらりとマトリフの様子を伺うが、マトリフは弟子の貞操の危機は去ったと思ったのか、昼寝しようと安楽椅子に座り込んでいる。どうやらヒュンケルの片思いは成就しないと思っているらしい。ガンガディアは俄然ヒュンケルを応援しようと決意した。キャンプ中も何かとサポートができるはずだ。
ガンガディアが今から決意を固めていると、別の危機が洞窟を襲った。
「おい、ガンガディアはいるか!」
洞窟の外からの大きな声にヒュンケルとガンガディアは顔を見合わせる。その声を二人ともよく知っていたからだ。声の主は返事を待たずにずんずんと洞窟の中へと入ってきた。
「邪魔するぞ」
言いながらハドラーが顔を見せる。すかさずマトリフが言い返した。
「邪魔するなら帰りやがれ」
「なんだ貴様、まだくたばってなかったのか」
「てめえのほうが早くお迎えが来るだろうよ」
二人は睨み合って火花を散らす。ガンガディアは慌てて二人の間に割って入った。
「ハドラー様、どのような御用です?」
しかしハドラーはマトリフとヒュンケルを見て口を歪めた。どうやら二人がいては話せない内容らしい。
「フン……別に用など無くとも会いにくるわ」
ハドラーはふいと顔を逸せて腕を組む。ガンガディアは元主人の気性をよく知っているから、深く追求せずに話題を変えた。
「そういえば、次の食事会はキャンプになったらしいですよ」
ガンガディアとしては平和な話題を選んだつもりだった。だが残念なことにそれこそがハドラーがガンガディアに相談に来た理由だったらしい。ハドラーは側から見てもはっきりとわかるほど動揺してみせた。
「そ、それがどうしたというのだ」
「ああ、いえ。楽しみだと思いまして」
「まぁたアバンのケツを追いかけ回すんだろ、このエロ魔王が」
「き、貴様! オレを貴様と一緒にするな! オレはアバンの気持ちが決まるまで待とうと」
「ほらな、好かれてもねえ相手に付き纏ったら嫌われんだよ。早く地獄に帰れ」
口喧嘩をはじめたハドラーとマトリフに、ガンガディアは深い溜息をつく。この二人は顔を合わせるたびに衝突していた。そして止めても聞かない。
駄目だ、放っておこう。ガンガディアは決めてヒュンケルの肩に触れた。
「私は応援しているよヒュンケル」
「ありがとう。ガンガディアおじさん。オレもおじさんたちみたいになれたらと思っている」
「嬉しいことを言ってくれるね。私たちも簡単な道のりではなかった。だがこうして一緒にいられて、とても幸せを感じている」
マトリフとハドラーの喧嘩は止まらない。ガンガディアはヒュンケルに夕食を誘い、料理に取り掛かった。