馬鹿げている クロウリーにとって最悪の日となった。アジラフェルが天国へと行ってしまったからだ。
もし人間がこう聞いたなら、気の毒そうな表情を浮かべて、そっと肩に温かな手を置いて励まそうとするだろう。気を落とさないで、とか何とか言いながら。
だがアジラフェルは天使であるから、それも追放された天使だから、天国へと帰れることを喜んでいた。それはもう、ここ千年間どころか一億年でも見たことがないくらいの喜びようだった。そしてその喜びをクロウリーと分かち合えると信じきっていた。
あの天使はクロウリーが天使に戻りたいのだと、本気で思い込んでいるのだ。それはもう心から、本気で、信じきっている。そこにクロウリーの言葉は届かないのだ。
いや、最初からアジラフェルにはクロウリーの言葉は届いていなかったのだろう。アジラフェルにとっては神が唯一で、天国や善は絶対的なもので、それを覆すことは絶対に出来ないのだ。
だがクロウリーはいつかその絶対を覆せるのではないかと思ってきた。いつか、二人だけで、お互いしか必要としない時が来て、そうすれば天国も地獄も地球さえも放り出して、お互いの手を取ってどこへだって行ける。いつかそんな未来が来るはずだった。
だがアジラフェルはクロウリーに一緒に天国へ行こうと言った。クロウリーが直前まで口にしようとしていた言葉はクロウリー自身を内側から八つ裂きにする。膨れ上がっていた希望は呆気なく砕かれていった。
クロウリーは店を出たがそこからは立ち去れず、ベントレーの横に立って待っていた。やがてアジラフェルが書店から出てくる。アジラフェルもクロウリーに気がついた。
今なら謝罪のダンスだけで許してやる。いやあんな馬鹿げたダンスなんてなくたっていい。アジラフェルがこちらへ駆けてきて、やっぱり天国になんて行かない、二人だけいれば充分なのだと言ってくれればそれでいい。
しかしアジラフェルは天国へと向かうエレベーターに乗った。これで全て終わりだ。
クロウリーは熱を持った唇を撫でる。なんて馬鹿なことをしたんだと後悔が募った。こんなことであの天使を引き止められるわけがなかったのに。