きまずい来訪「あ、ハナさんどーもーぉ」
俺が向かおうとしていたアパートで二階の窓に腰掛け、タバコ片手に半身を乗り出しながら呼びかける女性の姿を発見し、思わず叫ぶ選択肢しか見つけることができなかったのは多分きっと、俺の落ち度では無いはずだ。
「わー! 葎花さん落ちる落ちる!!」
「いや、大丈夫だっての」
そんな俺の叫びをサラリとスルーした彼女は玄関口を開けて慌ててアパートの階段を駆け上がった俺を迎える。
「そんなに慌てなくたって落ちないんだけど」
俺よりも一回り程年下の筈である彼女がこんな口調で俺に接するのには何とも言い難い訳がある。
「格臣、バイト長引いてるんだと、何か飲む?」
「お……オキニナサラズ……」
まー、そう言いなさんなって、とか言いながら淹れてあったらしい紅茶をポットからマグカップに注ぐ彼女は笑う。
「弟の彼氏が来たんだ、ちょっとくらいもてなさせてよ」
つまりまぁ、そういうことだ。
「格臣の私物は兎も角、ハナさんの私物も増えてきたなぁ」
カラカラと笑いながら彼女はマグカップを差し出す。このマグカップも俺の私物で。
「それはもうなんて言うか、申し訳ない」
「いーっていーって、邪魔にはなってないし」
「というか、葎花さん珍しいね、仕事は?」
「久々に完全オフ。しかも二連休」
ま、朝方までは仕事してたから今起きたトコなんだけどと笑って。人のことは言えないが、「葎花さん相変わらず働きすぎ」と突っ込めば「ハナさんもでしょや」と返される。
「今更すぎるんだけど、俺ら本当に葎花さんの部屋使ってて良いの?」
付き合っている相手である格臣君は実家から学校へ通う大学生で、バイト先と通学先と姉である葎花さんの家の位置関係からよく泊まっているほぼ同居みたいな関係だけど、そこに葎花さんとほぼ無関係の俺が転がり込んでいて良いものなのだろうかとずっと思っていた。家主が大抵仕事で家を開けているもんだから今まで訊くことも出来なかったのだけれども。そう訪ねれば彼女は「うん、本当今更だな」と笑う。
「本当に嫌だったら格臣ごと叩き出してるって、ま、流石に合鍵は渡せないけど別にラブホ代わりに使うのは構わないよ」
彼女は結構明け透けに物を言ってくる。女の子ってもうちょっと慎み深い生き物だと思っていた。格臣君も「姉貴はほぼ男みたいなもんだから気にしなくて良いって」と言っていたがこれほどとは。返答に困り言葉に詰まってしまった俺に彼女は更に「格臣にラブホ代として10秒メシと栄養ドリンクタカってるから問題なし!」と満面の笑みで胸を張る。それで良いのか20代女子。
「だーいま、って姉ちゃんシンジさんの相手してたんだ」
そんな話を聞いていれば玄関を開けるのは彼女の弟で俺の恋人である格臣君。
「お前が帰って来ないかんな。ハナさん鍵持ってないんだし、せっかくだから弟の彼氏とも親交を深めておこうかと」
「余計なこと言ってないだろうな!」
「言ってない言ってない、お前が怖い映画見てトイレ行けなくなったとか言ってないしー」
「今いってんじゃんか! 小さかった時の話だからね!? 今は全然平気だし!」
「よし言ったな、じゃぁお前今度丑三つ時にジャパニーズホラー朝まで見続けるから付き合えよ」
「すみませんでした俺が悪かったです」
喧嘩とも言えないのだろう言葉の応酬を終えてうなだれる格臣君を慰めれば彼女はカラリと笑って腰を上げる。
「じゃ、私支度したら家開けるから存分にいちゃつけ」
「姉ちゃん一言余計」
「ちなみに私は中学の奴らとオール飲みだからハナさん泊まってっていいよ」
「ありがとうございます」
「格臣!シーツちゃんと換えとけよ」
「言われなくても解ってるっつの!」
格臣君の叫びを背中に受けながら、彼女はリビングから寝室へと引っ込んだ。
頭を抱えながら寝室のドアを睨む格臣君の頭にポンと手をやり、「いいお姉さんだよね、葎花さん」と声を掛ければ、格臣君は唸るように「知ってる」と声を出した。
本当、良い姉弟だなぁ、と俺はそのまま格臣君の頭をわしゃりと撫でた。
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笹野が名前呼びを許してる辺り、結構花宮氏の事気に入ってる。
(2015-07-08)