昔の話に花を咲かせて 視界の斜め上を金色が横切った瞬間に、私は思わず懐かしい名前を呼んでいた。
「結城くん?」
「え、ミケちゃん?」
その再会は、本当にびっくりする位唐突なものだった。
故郷では到底お目に掛かれない桜の中の入学式を数ヶ月前に経験し、一年の半分が終わりかけの今、気を抜くのは良くない!とぽっかり開いた臨時休講のひとコマをレッスン室で過ごそうと構内を歩いていれば、その金色の持ち主――結城君とばったりと出会ったのだ。
中学の一年間だけ同じ学校で同じクラスだった結城君は、その当時と似つかない位雰囲気が変わっていて、その頃から変わらない緑色に輝く瞳と、染めたものではない金色の癖毛だけで、勢いあまって声をかけてしまったけれど、昔から変わらない私のあだ名を呼んで返してくる辺り、正解だったのだろう。
「まさか結城くんと同じ学校になるとは思わなかったなぁーっていうか、勝手に結城くんって大きくなったらアメリカ行くのかなーって思ってた」
「とりあえず、国内の方が帰りやすいじゃん?この先は分からないケド、学生やらせてもらってるうちは帰省して顔見せやすいトコに居ようかな、って」
「ま、海越えがあるから帰省でも海外だけどねぇー、私らにとっては」
「確かになぁ」
そう言って二人して笑っていれば「あ、そうそう」と結城くんは思い出したかのように話を切り替える。
「来週の日曜、学外の仲間……あ、ピアノ科のヤツも一人ゲストで一人来てるけど、そんなメンバーでやってるバンドでライブ出るんだ。ジャズ中心なんだけどミケちゃん、良かったらどう?」
売り上げ協力して欲しいんだ! と拝まれて、私は圧倒されつつも頷く。ライブハウスの場所と時間とチケット代が幾らかを聞いて携帯のメモ欄に打ち込んでいく。ついでに携帯のアドレスも交換しておいた。
「じゃ、来週の日曜ステージで待ってるから!」
それだけ言い切って結城くんは待たせていたらしい男子の元へと駆けていった。
「……って言うこともあったなぁ」
なんて、そんな事を結城くんがオーナーをしている開店前のジャズバーで私は語る。
「そこで未来の旦那サマと出会うわけかぁ」
カウンターの向こうで私の前に置かれたカップと同じ紅茶を啜るこの店のマスターである鷹晴さんは笑う。そう言われるとこっぱずかしいけれどまぁ、そんな切っ掛けで飛鳥くんと話すようになったというのは本当なので否定が出来ない。
「っつーか、シュン坊とケーコちゃんって中学同じだったんだ?」
「そこ引っかかっちゃいましたかー、一年だけですけどね、二年になると同時に結城くんが転校しちゃったんで。でもそこそこ話した方ですよ、席近かった時があったんで、アメリカの話とか色々聞き出して仲良くなろうと画策してました」
「あ、俺もソレ分かるわ。なーんか放っておけない感じあったよな、中学の頃のシュン坊って」
そう笑いながら、「俺、その頃ちょーど大学生で、入ってたサークルに引っ張り込んだわ。ビックバンドジャズ」と鷹晴さんは続ける。
「その頃からジャズですか」
「シュン坊は生まれた頃からだろ、ありゃ」
「確かに」
二人でケラケラ笑っていれば、奥の扉が開き、思い出話の登場人物が顔を出す。
「二人とも楽しそうに何の話してんの?」
そう問いかける結城くんに鷹晴さんが「シュン坊の過去の話」と含みを持たせて返す。
「俺の過去って何ソレ……ちょっとタァ兄、ミケちゃんに変な話してないよね!?」
「変な話はしてないぜ?ただケーコちゃんと片桐クンのキューピッドはシュン坊だなーって話をな」
「鷹晴さん私を巻き込まないでくださいよ!」
「それならいっか。ミケちゃんから片桐に結構色々筒抜けなんだもん、ああ怖い怖い!」
鷹晴さんに抗議する私を見ながら結城くんは芝居がかった口調で締める。結城くんだって結構な勢いで飛鳥くんに色々話す癖に。
そんな過去の思い出話に花を咲かせながら、我が子達が学校から帰って来るまでの時間をここで過ごすのは、何だかんだと楽しいのだから結局それをやめられないのだ。
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ミケちゃん家と結城家(結城母実家)は結構ご近所
(2015-07-11)