文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day07 北の大地の海沿いに位置するこの町は、古くから続く漁業と林業の他は宇宙港と国際航空宇宙学院日本校で成り立っている。宇宙港にしても、そこから更に各地の空港へと飛行機が飛んでいる事もあり、この町に来ることを目当てにこの場所に降り立つ人間は基本的に学校に用事がある人物だ。
つまり、一般的には田舎と呼ばれるような場所と言われても仕方がない。買い物や娯楽と言えば学内のコンビニエンスストアか宇宙港に作られたショッピングモールになり、アウトドア志向の学生は校内で定期的に行われる地元の自動車学校の出張講習で免許を取り寮で貸し出しているバイクや自動車でドライブを楽しむ。しかしそんな田舎でも、利点というのはある。人工的な光が少ないこの場所では、満点の星空を見ることが出来るのだ。
「随分ゴツいな」
すっかり日も落ち、昼間の熱が冷めた校庭で汐見は空閑が手にする機械を興味深げに眺めていた。
「やっぱこういうのは、ゴツい方が格好良くない?」
三脚を立てその上に取り付けた一眼レフを楽しげに弄る空閑の言葉に、汐見もまぁそうだろうなと肯首して。空閑曰く「卒業祝いと誕生日が合体した」という今日届いたばかりの真新しい三脚に取り付けたカメラを空へと向け、彼はレンズと同じ場所をトリミングするように端末を空に向ける。
「そこは星座盤じゃないのか」
点と線で描かれる星座が映し出された端末を空へと向ける空閑に、呆れたように汐見は問う。高校では天測航法の授業もあった為、手間は掛かるが汐見も空閑も星座早見盤を操る事自体は出来るのだ。
「星座を覚えようとしないアマネに言われたくないよ」
「覚えた所で、天測航法は大気圏内だけの話だろ」
それに、必要最低限は覚えてるぞ。汐見が不満げに重ねた言葉に、横着者の空閑はからからと笑い声を上げる。
「まぁそうだけどさ、覚えといて損はないじゃん」
「雑学の範囲で覚えるんなら、ヒロミが知ってればそれで事足りるだろ」
空閑がその星々に描かれた物語まで記憶している事を汐見は知っている。知りたくなった時には、空閑へ問えばそれで事足りるのであれば自身が覚える必要もないと思っていた。
「アマネ、そういうとこあるよね。好き」
「そうか。ならいい」
何でそんな格好いいの!? と半ば苛立たしげに言葉を重ねながらレンズのピントを弄り始めた空閑に、汐見は首を傾げながらも空を見上げる。そこには幾千億もの光が瞬く銀河系がたなびいていた。
古来よりこの国では川に例えられるその光の帯を中心に配置した構図で、空閑はシャッターを切る。何処か間伸びしたシャッター音が校庭に小さく鳴った。ゆっくりと何度かシャッターを切る空閑は、そう言えば、と声を上げる。
「今日、七夕だよね」
「ん? 来月じゃないか?」
空閑の言葉に思わず首を傾げた汐見は、あぁ、と思い出したように頷く。
「本州は今月か」
「そうだ、こっちは旧暦だっけ」
そう、と空閑の言葉に頷いた汐見は「七夕と言ったって、ろうそく出せやる位しかないけどな」と言葉を返した。
「何それ、蝋燭?」
「話した事なかったか? ろうそく出せ、出さないとかっちゃいて噛み付くぞ、って歌いながら近所の家に菓子貰いに行くんだ」
「えーっと、それは中々暴力的なハロウィンだね?」
「七夕だっつの。小学生位の時は妹連れて俺も行ったな。流石に中学上がってからはやらなかったけど」
空閑の漏らした感想に呆れ声で笑った汐見は昔を思い出すかのように、天の川へと視線を向けながら言葉を重ねて。そんな汐見の言葉に「小学生のアマネとか可愛かったんだろうな」と楽しそうな声が返される。
「可愛げないってよく言われてたけどな」
「え、それは絶対可愛いやつじゃん。今度写真見せてよ、動画でも良いけど」
間伸びしたシャッター音に重なるように、空閑の声が飛ぶ。
そんな空閑の頼みに眉を寄せ、むぅ、と一度唸った汐見は「じゃぁお前のも見せろ、それならそのうち妹経由で見せてやる」と渋々頷いたのだ。