文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day24 照明を落とした部屋に設置されたスクリーンには映像が流れる。そして、部屋中に轟くような男の悲鳴が響いた。
「無駄な腹筋を使うな!」
「だって……!」
大声を放った男――空閑の頭を叩いた汐見は苛立たしげな声を上げる。そんな汐見の言葉に言い訳するように情けない声を出す空閑は汐見の腕にしがみ付いていて。
「ていうか、ヒロミってホラーダメだったんだ?」
「みたいだな」
「映画って言うからアクション系とかかと思ったのに……」
カラカラと笑うフェルマーの言葉に汐見が頷き空閑は項垂れる。汐見の腕にがっしりと巻き付けられた空閑の腕はギチリと力を増し、汐見は眉を寄せたがそのままにさせていた。
寮のシアタールームが借りれたから映画を見ようと言い出したのはフェルマーの誘いに乗ったのはいつもの顔ぶれで、シアタールームで機械を操作しながら「やっぱり夏にはジャパニーズホラーだよね!」と鼻歌混じりに口に出していたのに空閑が肩を震わせていたのは篠原も知っていた。しかしこれ程とは。
映画なら何でも見る篠原と幽霊だろうが殴り飛ばしそうな汐見、作り物だと割り切る高師と逃げ惑う主人公を見て笑うフェルマー。そこで一人だけ叫びながらビビり散らす空閑である。ホラーの正しい見方をしているのは多分この空間に空閑しかいない。
あまりの怖がりっぷりが可哀想になったのか、フェルマーは映画の再生を停止させて一度部屋を明るくする。
「でもホラーって言ったタイミングでやめればよかったのに」
「だってアマネがこっち居るなら、俺だけ部屋戻っても暇じゃん」
「そこは相変わらずなのな」
少し呆れの色が混じる声でシアタールームにある映画作品で面白そうなものを探すフェルマーに、空閑は相変わらずの調子で言葉を返す。部屋が明るくなっても汐見にくっついたままの姿勢が変わる事はなくて。
「そうなるとアマネが叫び声上げる所も見たくなっちゃうよね。そもそもアマネってびっくりして叫んだ事とかある?」
フェルマーの興味は汐見へと向けられる。そんな期待に満ちたフェルマーの視線を受けた汐見は、少しだけ考えるように視線を揺らし「……あるか……?」と首を傾げる。
「俺の事怒る時は叫んでるよね」
「それは大体お前が悪いんだろ」
べったりとくっついたままで楽しげに声を上げる空閑に汐見はため息混じりに言葉を返す。そもそも絶叫マシーンに乗せたとしても涼しい顔で終点まで到着するだろうし、猛獣に襲われそうになっても慌てず騒がず返り討ちにしそうな男である。
「全く想像つかねぇな」
恐怖からくる叫び声を上げる汐見なんて想像ですらモザイクが掛かる。そんな事を思いながらフェルマーの元へと向かった篠原は、一本の映画を棚から抜き出した。
「折角だから、これ見ようぜ」
それは人類ではじめて月に降り立った男の物語であった。