空閑汐♂デイリー【Memories】23 ひとり荒野をバイクで駆ける。この場所で暮らしはじめて少しした頃に買ったバイクはすっかり馴染んでしまって。汐見は休暇の殆どをこうやってバイクを走らせ過ごしていた。
同じ部隊の先輩は気のいい人間で、同期は学生時代からの仲ではある。けれど、余暇の時間まで過ごしたいとはどうしても思えなくて。大体の誘いを断り結局一人で過ごすことが多いのだ。あまりにも人付き合いが悪くて、自分でも笑ってしまう。そんな自分が平穏に過ごせているのは、ひとえに同期であるフォスターがフォローしてくれているお陰だろう。
――ヒロミに何を言われたのかは知らないが。
フォスターは保護者よろしく汐見を構い、汐見が辟易とするようなあからさまな誘いの防波堤のような位置にその身を置いていて。軍に入ってから筋肉も持久力も学生時代よりも増えたとは言え、体質的なものなのか見た目はどうしても細く軟弱に見える汐見からして見れば羨ましい事この上ない恵まれた体格を持つフォスターはこの場所でグリズリーと呼ばれていた。
鷲と羆のコンビか、イーグルと呼ばれるようになった汐見は喉で笑う。ブルン、アクセルを回しエンジンを響かせて砂の荒野を走り続ければ、砂漠のオアシスのように一軒のカフェが現れた。そのカフェはかつて空閑と共に入った場所で――汐見はこうして時折ひとりで訪れる。
この場所に来ると、どうしても鼻の奥がツンとしてしまう。空閑と訪れたのは一度だけだと言うのに、その一度だけの来訪を忘れることすら出来なくて。
「……あの頃は、煙草なんて吸ってなかったのにな」
すっかり手放せなくなってしまった煙草を咥え、ライターを鳴らす。苦い煙を肺まで溜め込んで吐き出せば、鮮やかな青い空へと消えていった。
色彩に乏しくなってしまった汐見の世界は、この場所でだけその鮮やかな天然色を取り戻す。これはあの頃の記憶が見せる青なのか、今もそうして鮮やかに晴れ渡っている青なのか――そんな事すら汐見にとってはどうでも良かった。
晴れ渡った空に月を探そうとして、この時間には月はないだろうと自嘲する。三十八万キロ先に居る愛しい男は、どうしているのだろう。空閑を知る人間と会った所で、それを訊ねる事が怖かった。汐見が知る空閑の現在といえば、オーベルトで警察官として働いている事だけだ。
だからこそ、汐見は行かなければならない。秒速十一キロメートルを超えて、三十八万キロメートル先まで。
「……あとすこし、あと少しだから……待っててくれ」
自分ではない誰かと幸せになっているのであれば、それでもいい。けれど、それならそれで――最後にもう一度空閑の姿を見て、空閑と言葉を交わしたかった。
首元のチェーンを服の下から引き出せば、そこに下げられているのはステンレス製の認識票とサイズの違う二つのリング。シンプルな円環の内側には四つの単語――You are my everythingと彫られていた。