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    じれったいお題ったーより

    今日のえもとのジョーチェリのお題3つの内
    『心で誓う』を選んで書いてみました。

    #ジョーチェリ
    giocelli

     我が物顔で店に入り浸っていたそいつが来なくなったのは一カ月前のことだ。
     開店前だろうが休憩中だろうが閉店後だろうが、客がいようがいまいが全く関係なく、不意を衝くようにあらわれては当たり前のように食事をねだる存在。仕方なく従業員と同じように店で出す前の試作品を出してやれば、ねちねちとケチをつけてくるのが常だ。それが全くの見当違いからくるものだったら無視もできるが、アドバイスと言っていい程度に的を射ているから性質が悪い。桜屋敷の名前は、伊達や酔狂ではないと言えるだろう。
     長い付き合いはそのまま互いの急所を握り合うような関係とイコールで、顔を合わせれば喧々諤々と言い合いになる中の俺たちは、腹立ちまぎれに怒鳴りつけてもまるで意味を為さず、胸倉を掴んだところでするりとオレの手から抜けてしまう。それ以上のことを出来ないと知られているのが厄介だった。
     美しい曲線を描く杏仁形の切れ上がった瞳にじぃっと見据えられると、単純な悪口くらいしか出てこなくなってしまう。夜に浮かび上がる月のような肌の白さと、名のある彫刻家によって精緻に彫り込まれたようなうつくしいその顔に、はじめて見た時からずっと弱かった。
     なんでも言う事を聞いてやりたかったし、わがままを言われることすら嬉しい。幼い自分がそんな風に感じたのはもちろん初めてのことで、だから何もわかっちゃいなかった。嬉しいと熱く胸をめぐる感情が、心のどこからくるものなのか、わかろうともしていなかった。
     学生の時につるんでいた頃を、最近あいつら――暦とランガ――に会ってから、よく思い出す。
     あの頃が、きっと一番、薫との距離が近かった。
     薫はよく笑っていたし、同じだけ俺も笑っていた。
     スケボーと出会い、愛抱夢がいて、薫がいて、スリルがありながらどこか穏やかな日々は、砂時計の砂みたいに零れて落ちて戻らない。
     温かみのある柔らかな日々を失うと同時に、新たに得られた関係はどこか殺伐とした、けれど気安くて肩の凝らない軽やかなもので、手離すつもりなんてなかったのに。
    「しくじった、よなあ」
     親の顔を立てるためだけに出席したパーティーで、正装した薫と顔を合わせたのは一カ月前のことだ。
     普段は和装ばかりなのに、珍しく洋装に身を包んでいて、ゴージラインに1ミリの狂いもないしなやかな仕立ては、ほっそりして見えるけれど必要な筋肉はしっかりついた薫の身体を引き立てていた。
     声をかければ、連れの女性に目を向けて僅かに眉をひそめる。けれど、持ち前の猫かぶりは健在で、そつなく笑顔を向けていた。
     彼女が他の場所へあいさつに行くと離れた瞬間、薫も踵を返した。テラスへ抜ける後姿を追えば、ますます足早に俺から離れようとするから、こちらも意地になって追いかける。
     酔い覚ましに外へ出ている人の影はそれなりに会ったけれど、薫はテラスの先の庭まで足を踏み込んでいた。
     イタリア式の庭園は、例にもれず隠れ庭の様相を呈して、すぐ草木で埋められた小さな閉鎖空間に辿り着く。子供が好んで遊びそうな、俺たちが出会った頃に見つけたような、小さな東屋になんだか懐かしさを覚えた。
     追い詰められたような格好になった薫は一瞬狼狽えがちな顔を見せたけれど、すぐにいつもの冷たい落ち着きを取り戻す。けれど、表情や態度とは裏腹に、その視線だけはいつだって俺を焦がそうとしていて、その時もまた睨み据える瞳だけが熱く煌いていた。
     また連れてる女が違うんだな、タラシゴリラめ、と低く吐き捨てた薫が、まるで不貞腐れたような表情を見せて、ごくりと喉が鳴った。
     薫がとんでもなく可愛く見えて、それで――。
     はぁあ、と深い溜息が零れる。
     どう考えたってこっちが悪い。あんなことするべきじゃなかった。
     ほとんど反射的に謝った俺を振り返ることもせず、薫はさっさと会場へ戻ってそのまま車を呼んで帰宅してしまったらしい。……伝聞なのは、追いかけようとしたらテラスのあたりで親の用意した今日のパートナーが嬉しそうに話しかけてきたせいだ。
     何のフォローも出来ないまま、今に至る。
     次に店に来た時には、スペシャリテでもてなせば少しは謝意も伝わるだろう。そんな楽観はとうに消えた。
     後悔に暇がないまま、謝るにしてもどうするか考えているうちに、時間だけが過ぎていた。考えてみたら、高校を卒業したあたりから、俺の方から歩み寄ることはないままだ。
     薫のことを考えるうち、つい自分の口元へ親指が滑る。
     水仕事でかさついた指とは比べ物にならないほど柔らかくて、触れた場所は吸い付くようにしっとりと濡れていた、あの時の感触がどうしても忘れられない。
     どんな顔で、どんな思いで、あの場から一人逃げるように離れたのか。
     きっと矜持を傷つけた。酷いからかいだと感じたに違いなく、だからこそ顔を見せてもくれない。
     もう、傷つけることはしない、と。
     心で誓う内容があまりに格好悪くて、自嘲的な笑みが我知らず浮かんだ。
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