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    #ばじふゆワンウィーク
    「愛情表現」

    #ばじふゆ
    bajifuyu

     雪の降る日――。

    「千冬ぅ」
    「ハイ!」
     名前を呼ばれるだけで嬉しい、とでも言いたげに、千冬が満面の笑みを浮かべる。ちょこまかと自分の世話を焼きたがる存在は、飼い主相手にぶんぶん尻尾を振る犬っコロみたいだ。飼った覚えはねえけどなぜだかいつも傍にいる。それが疎ましいと感じることもなくて、いつの間にか傍にいることが当たり前になっていた。
     学校でも、外でも、いつだって一歩後ろをついてくる。他のヤツだったら鬱陶しいと遠ざけたかもしれない。実際、オレに取り入ろうとしたバカをのしたことは一度や二度じゃない。だけど、千冬のことだけは気にならなかった。
     それは、東京卍會壱番隊隊長場地圭介じゃなく、近所の中学に通う1年3組場地圭介として出会ったせいかもしれない。中学留年なんて言う普通ならありえない状況にクラスの連中すら遠巻きにしていたし教師からも腫れものに障るような扱いを受けていた自分へ声をかけたのは千冬だけだった。丁寧に時間をかけて書いてみたところで、文字の大きさがバラバラな汚なくて読み難い文字で書かれた手紙を見て、間違いを教えてくれたのも千冬だけだった。
     ノートの端にオレのために書かれた「虎」の文字。
     他にも一つずつ、間違った漢字をわかりやすく綴っていく。
     いかにもヤンキーめいた姿からは想像もできない頭の良さと、綺麗な字は鮮やかな印象を残した。
    「オマエ、いい奴だな!」
     名前……なんつったかな。松野。確か、松野千冬って名乗っていた。
     こっちのことは知っているみたいだから、オレは名乗らなかった。
     最近は初対面でタメ口きいてくる奴なんてめったにいないとはいえ、粋がってる奴ならおかしくはない。
    「千冬! そんなとこで何してんの?」
    「帰ろうぜー」
     廊下から聞こえた声に「ちょっと待ってろ」と告げて、千冬がもう一文字正しい感じを書き記してから席を立つ。
    「ん、じゃあまあ、頑張れよ」
    「おー、助かったわ。サンキュ」
    「別に」
     見送った後ろ姿はすっきりと背筋が伸びていたことを覚えている。
     手紙を書き終わって郵便局に行った後、偶然通りがかった道すがら千冬がボロボロになってるのを見かけた。
     どう見ても多勢に無勢。動きは悪くないし思い切りもいいが、おそらく一つ二つ年上なんだろう。この年頃の一学年差は大きい。
     やり口がきにくわなかったのもあって千冬に手を貸そうとしたオレを、ボロボロの千冬はかばおうとした。このオレを、だ。その時、チリチリと胸の辺りをよぎる微かな違和感が掠めたけれど、形になる前にどこかへ消えた。
     ひとり沈めれば、抑圧されていた身体が暴れまわる喜びにじわじわと身体が熱を持つ。身の裡を焼く熱のまま暴れまわれば、いつしかすべてが地に伏していた。そのままとどめを刺してやろうと、踏みつけていた相手へ体重をかけようとした瞬間、強い視線を感じて僅かに目線を向けた。
     ちらりと見やった千冬の瞳が、俺だけを真っ直ぐ射竦めている。
     ぽかんとしたような間の抜けた顔で、その目だけはキラキラと輝いていた。目元がほんのり赤く染まっている。何故かわからないが、その視線にぞくりと身体の芯が冷やされた。
     ……こんな小物、潰すまでもねぇよな。
     ふと冷静さが戻った思考が、それ以上の過剰な暴行を止める。
     その後、何故かそのまま千冬と離れがたくて、オレん家で、ペヤングを一口ずつ分け合いながら食べた。
    「うめーよな、ペヤング」
    「うめー……っス、ペヤング」
    「一口ずつな」
     一口食べて、箸を渡す。千冬も一口食べる。
     何度か繰り返して丁度半分ずつ食べ終えたあたりで、千冬が妙な顔をしていることに気が付いた。
    「んだよ、その顔」
     何かを思い悩むような、こちらをチラチラ申し訳なさそうに見てくる姿を不思議に思う。まさかこの期に及んで、ペヤングを半分取ったことを悪いと思っている、なんてことはないだろうし。
    「なんでも、ないです」
    「なんでもねー顔してねぇワ」
    「いや、あの……場地さんって、東京卍會の人だったんスね。オレ、知らなくて……不勉強ですんません!」
     随分と申し訳なさそうな顔をした千冬を軽くつついたら出てきた言葉に爆笑した。まさか名前しか知らないなんて考えてもみなかった。笑われて少しムッとした顔をした千冬は、バツが悪そうに顔を背ける。こうしてみると年相応の丸みが残る幼い横顔に、緩く口角が上がった自覚がある。
     じゃあ、こいつは本当に、ただの親切であんなことをしたんだな、と。
     学校で手紙を書いていたのは、家にいるよりは集中できるんじゃないかと思ったせいだ。ただでさえ苦手分野だ。オフクロに何かと用事を言いつけられながら書いていたら終わるものも終わらないのが目に見えてる。
     だから残っていたところへ、突然あらわれた助け舟。どう考えてもヤンキーだし、マイキーに繋がりたいとか、東京卍會に入りたいとか、そういう話かと思ってた。それでも、構わないとは思ったんだ。
     どちらかといえば細身の体躯に見合わない腕っぷしの強さを初めて目にしたとき、これならまあ話を通してやってもいいと思えた。根性も座ってたしな。
     そこそこ腕が立つという噂は聞いていたものの、まだ幼さの残る突っ張った格好をしたその男と過ごした時間は穏やかで、目の前で乱闘を繰り広げる姿と重ならなかった部分はある。けれど、自分より年嵩の大人数相手でも一歩も引かない男気は気に入るに充分だ。計算尽くだとして、利用されてやってもいい、そう思うくらいに。
     それなのに、どうやら千冬は、スゲーいい奴、だったらしい。
    「ペヤング、ごちそうさまでした。ハハ、めっちゃおいしいっスね」
     嬉しそうに笑う千冬を見て、なんだかよくわからない感じがした。
     なんだかよくわからないまま、東京卍會に来るか聞いたんだったか。突然の申し出に「場地さんが言うなら」と千冬は即答した。その後、少しおずおずしながら、できれば場地さんの下がいい、と続けたことを昨日のことみたいに覚えている。難しいですかね、と不安げに瞳を揺らしていたことも。
     腕っぷしの強さは知っている。頭角をあらわせば、いずれでかくなった東京卍會の中で同格のポジションを用意してやることだって出来るかもしれない。その時は横に並ぼうなと言ったら、血相変えてそれはできませんと首を横に振った。曰く、自分が場地さんの隣に並び立つなんてとんでもないことだ、と。
     キラキラした眼の中に映る自分自身はいつもと変わらない自分なのに、その輝きを通して千冬の中に居座る自分は、どれだけ特別な想いを重ねているのか。たまに意味もなく叫び出したいような気持ちになることがある。向けられる視線の真っ直ぐさに打ちのめされそうになる。
     美味いモンを一緒に食う時、千冬は心の底から嬉しそうに笑う。
     ふたつあるものはひとつずつ、ひとつだけなら半分ずつ。
     分けてやりたくて、笑わせたくて。
     今日も、当たり前のように自分の部屋へ千冬がいることに不思議と満足感を覚えていた。
    「腹減ったか?」
    「あ、そうっスね……オレ、何か買ってきますよ!」
    「バーカ。パシリみてーなマネすんなっていつも言ってるだろ」
     のばした手は振り払われることもなく、脱色した割に随分と柔らかな髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。ふわふわとした感触が指先にするりと絡みついた。なんとなしに呟いた、下ろした方が似合いそうだというオレの言葉を受けて、その翌日からセットされることがなくなった髪型は千冬によく似合っている。
    「ハハ……あー、でも、その……まだ、親帰ってねーし」
     帰宅はまだでも、家に帰れば千冬のメシは用意されているはずだ。用意されてなくても、軽いものを自分で作って食べるくらいは、チビの頃からしていたらしい。
     何か買ってくると言ったのは、まだオレの側にいたいという意思表示だと知っていた。控えめで拙い感情表現は、決して嫌なものじゃない。
    「なんか作ってやっから、待ってろ」
    「えっ」
     ポン、と一撫でして立つ。台所へ向かおうとすると、慌てた声が「手伝います!」と追いかけてきた。
    「こんなせまっ苦しいところに男二人いたら邪魔だろ」
    「いや、それはそうですけど……場地さんなんか作るって、料理できるんスか?」
    「いーから座って待ってろ」
     おさまりの悪い顔できゅっと眉間に皺をよせているのが面白い。
    「……それは、命令ですか?」
    「おー」
     気のない返事で流してみせれば、渋々オレの部屋へ戻っていく。
     その後ろ姿が、あの日、教室でみた背中と重なった。
    「うめーモン作ってやるよ」
     オフクロが作り置きしていった中で、一番千冬が嬉しそうに笑ったメニュー。
     散々からかわれながら覚えたそれを食べた千冬の顔を思い浮かべながら、オレは冷蔵庫をあけた。
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