審神者と近侍。少女は昔の記憶が曖昧だった。特に家族のことについて曖昧だった。
日常生活の振る舞い、知識、学生生活にも不思議に思うぐらい記憶と知識はしっかりしていた。少女は時の政府の指示で、とある初老の独身男性審神者に預けられることになった。
男は猫背気味、近侍のお陰か身なりは整っている。
性格はのんびりとのほほんとしている。
少女のことは、ちょっと仲のいい親戚のように接し、記憶に関しては触れることはなかった。ただ初期刀兼近侍の歌仙兼定が、何か言いたげな複雑な顔をしていていた。
二人には男女の関係はない。
それは緩やかな親戚、家族、兄弟のような関係。
少女も自身の記憶が曖昧の事について、それのことに関しては特に気にすることなく、学生生活を満喫していた。ただ、審神者の家にいると言うことで短刀の誰かが、こっそりと護衛を務めていた。
「なぜ、彼女の記憶を放置しているんだい?」
少女を預かり半年、近侍の歌仙は主の男にきく。
少女は特に記憶を思い出すことはない。けれど悲しむことなく少女は年相応に過ごし、男だらけの本丸に馴染み、特に伊達組と仲良く、何処かの白い男と一緒に悪戯を楽しんでいたりする。
歌仙の言葉に、男は審神者の仕事から手を止めて、ふむっと呟き間をおいて考える。
「見てる分、特に困ってないし、その記憶が彼女にとって辛いものだったら悲し過ぎるから、このままでいいんじゃないのかな?無理に藪蛇しなくても。何が起きるか分からないしね。」
「それも、一理、ある」
「本人、困ってないじゃない?」
「だから尚更、困ってるんだい。彼女は彼女の人生がある。いくら時の政府の指示とは言え、本丸は絶対に安全じゃない。時間遡行軍に見つかりました壊滅した本丸もある。できるなら、彼女には本来の生活に戻ってほしい。」
「要は戦と無縁の平和な世界か。」
「幸い、彼女は逞しく粘り強い、芯もしっかりしている。外の世界でもやっていける。」
「文系ゴリラは手厳しいねぇ。僕は彼女がここの本丸にいて困ってないし、男性世帯の唯一の癒し。たまに悪戯するけど。それに君たちと違って僕は永遠じゃない。これは僕の希望というかいいなぁーって思ってることなんだけど、彼女が僕の引き継ぎをしてくれると僕は嬉しい。変わりはいるようで居ないからね。」
「不謹慎すぎる。」
歌仙は眉間に皺を寄せて、顔を俯く。
「彼女見てると日々が楽しいんだ。彼女が来てからうちの本丸が明るくなったからね。それに、意外と彼女は策士や指揮官として有能かもしれないかもよ?」
ふふっと男は楽しそうに笑った。
最近、少女がよく読む本は少し軍事が絡んでたり、相手の裏をついたりする物が多いのを男は知っていた。
そして、平安や戦国の激動時代の男士たちとよく将棋を打っているのを見かける。
「ゆっくり様子を見よう。」
「それが後悔にならないといいんだが。」
「大事じゃなければ、憂いないで楽しむのも乙なものだよ?」
「貴方という人は……。」
持て余す不満を抱える近侍に、すくすく育つ有望な審神者に男は穏やかに頬む。
それから数日後に、あの事件が起こる。
少女が伊達組と仲がいい理由が。