半分でも地獄から帰ると、様子は全然変わっていなかった。
獄街の様子も、獄門の入口に参列する人の群れも、何ら変わらない。
空の無いこの場所では、火が街を照らす。
明るく照らされた洞窟のような場所だから、閉鎖的に感じるかもしれないが、その広さは無限大。地球上空の数倍を占める範囲で拡がっているこの世界に、僕と、ビャクニブは戻ってきた。
ブバダさんとともに獄門を抜け、都心へ向かう。
弱りきったビャクニブはブバダさんに抱きかかえられたまま、意識があるようなないような微妙な感じだった。残った羽から滴る彼の赤い血が黒くて乾燥した地面を染めていき、その染め跡を僕がたどるように歩く。
ビャクニブが自分の羽を抜いてしまう前に僕が止めていれば。
でもそれではカトラが助からなかったのかもしれない。
ビャクニブが血を流さなければ、カトラの心臓はもう二度と動かなかったかもしれない。
それを考えればこれで良かったのか。
でもそれなら羽じゃない所を傷つければよかったのにとも思うし。
悔やんでも仕方がない。
今はとにかくビャクニブの回復を祈ることしか出来ないのだから。
傷ついたビャクニブを見ていると、カトラの顔を思い出す。
何気なくお互い笑いあって幸せそうに過ごしていたこの2人の光景がはっきりと思い出される。
そこに交じることの出来ない僕が、どうしてこんなに鮮明に覚えているのか。
そして思い出す度、罪悪感に苛まれるのはどうしてだ。
地元の復棟(病院のような所)に着くと、ブバダさんのご命令もあってビャクニブは直ぐに病室入りすることが出来た。羽が切れたという事実にみんなが顔を顰めようが、ブバダさんの威圧には適わない。みんなが黙って羽のちぎれたビャクニブを看病してくれた。
良かったねビャクニブ。やっぱり君は恵まれた子だよ。
僕が復棟の外で待機している時、昔のように女たちが僕を見てふわふわしているのが分かった。そしていつものように僕に見て欲しくてぎこちない動作で目立とうとする。
僕が顔を上げて微笑んでやると、たちまち女たちは悲鳴をあげる。
この感覚は懐かしい。地球に降りる前はよくこの黄色い悲鳴を浴びていたのだということを思い出すと、少し複雑な気持ちになる。
サト様のほうがよっぽど綺麗なのに。
…僕はハッとする。いけない。
またサト様のことを考えている。仕事に支障をきたすからこれ以上考えるのは良くないと分かっているのに、それでもあの方との思い出がいつも僕の頭の中で渦巻いて離れなくて、気がつくといつもあの人のことを考えていて。
僕は自分の気持ちが分からない。これからどうしたいのかも、僕が今思っていることも、何ももう分からない。
僕がため息をついて俯く。
女たちはそんな僕に近づいてきて「あなたどこの地域の人?」「どの辺に住んでいるの?」としきりに尋ねてくる。
地元の女たちなら僕のことを知らない人は居ないだろうから、恐らく遠い地域から来ている子達なのだろう。
僕が地域を答えると女たちはまた一斉になって騒ぎだす。
「やだぁ!この近辺じゃないの!」
「うそぉ、あたし引っ越そうかな…」
「ちょっと!1人で引っ越すのはずるいわよ!」
僕は苦笑いして女たちを見る。
…全然可愛くない。
不覚にもそう思ってしまった。
悪魔の女の子たちはみんな可愛いし、美容意識も高いから、みんなとても可愛いはずなのに。
今の僕にはみんな可愛く見えなくて、それがなんでかも分からなくて、その度に脳をサト様が掠めていく。
ふと、一人の女が僕を舐めるように見回して、聞いてくる。
「あれ………あなた、羽は?」
僕はふと顔を上げると、その言葉に他の女たちも驚いた顔になって静まって、僕を見上げる。
言うこと抵抗はなかった。
だから僕は首に巻いた羽を取り出して言う。
「これだけ。残りは切れてしまったんだ。」
場が凍りつくのが分かる。
羽を無くした悪魔は、この世界では酷く差別を食らう。どんなに見た目に優れていて、どんなに優しくていい悪魔でも。
全く無くなっているとそれは堕凶魔と呼ばれ、誰もに虐げられてしまうのだ。
1本だけでも自分の羽を無くした悪魔のことは、半堕凶魔と呼ばれ、普通の堕凶魔程じゃないけど差別を食らう。
「…よく自分で言えたわよね」
「信じらんない、かっこいいと思ったのに」
「気持ち悪い」
ほら、この通り。
さっきまで僕に首ったけだったとは思えない態度の変わり様。
そして静かに僕から去っていく。
うん、これでいい。
今僕は誰と話しても何も楽しく感じられない。
全てが、サト様によって霞んでしまうから。
僕は羽を首に巻き直して、ブバダさんが戻ってくるのを待った。