精一杯の強がり「母さん、ねえ母さん」
本を読む私の裾を強く引き、私を呼ぶ声がする。
うふ、今日も元気そうね。
「なぁに、どうしたのダステン」
私の大事な子、ダステン。
綺麗な桃色の髪をして、父に似た、優しい目をしているこの子。
うふ、今日も可愛いわ…
今日は獄校はお休みだし、お友達と遊びに行くのかと思っていたけれど、そういう訳ではなさそうね。
来週から私はまたお仕事が始まって、しばらくこの家を空けなきゃいけない。お父さんがいるから大丈夫だと思うけど、前もとても寂しかったみたいだし。
せめて、またしばらくお別れになる前にダステンとたくさんお話したいわ。
「あのね母さん、見せたいものあるの」
「あらぁ、何かしら」
「なんだと思うー?」
ダステンが嬉しそうな顔でそう聞くので、私は考えてみた。
うーん、何かしら。
もしかして、満点のテストかしら?
いや、それなら昨日のうちに見せてくれてるわね…
何か作ったのかしら?
特に匂いはしないからお料理では無いと思うけれど…
「そうねぇ、何かしらねぇ…」
「ヒントはね、母さんが好きなもの。」
「母さんが好きなもの〜?」
「そう…かも!」
私が好きなもの…ダステンが知ってるようなものなら、紅茶に、お花に、本、それと人間…
「えぇ〜母さん好きな物いっぱいあるのよねぇ、どれかしら」
「母さんがよく持ってるよ」
「あら、よく持ってるものねぇ…」
そう考えていてふと気がつく。
そういえば私、よく本を読んでいるわ。
今も本を持っているし…
もしかして、図書館から本を借りてきたのかしら。
「本、かしら?」
「うーん…うん、たぶん正解!」
「あら、当たったわ〜うふふ」
そうしてダステンは、背に隠していた右手を前に持ってきた。
あら、それは…作文用紙?
「僕ね、昨日学校で書いた作文褒められたから、新しいのを書いてみたの。読んでみて」
「あらまぁ本当?
凄いじゃない…先生に褒めて貰えたなんて…!
母さんとっても嬉しいわ〜」
「えへへ…ねえ、早く読んで読んで」
「うふふ、それじゃあ読んでみようかしら」
ダステンが、私に原稿用紙を渡してきた。
どれどれ、どんなことを書いたのかしら?
ぼくの夢
ぼくのしょう来の夢は、おまもり型になることです。
その理由を、今からせつ明します。
理由は2つあります。
1つは、ぼくのおかあさんがお守り型だからです。
おかあさんはやさしくて、とてもいいひとです。
家では、人げんのことを、たくさんおしえてくれます。
ぼくはそれをきいて、いつもすごいなと思いました。
おかあさんは、人げんがすきで、お仕ごとを楽しいと言いました。
人を守るのはむずかしいのに、楽しいのはすごいと思います。
そんなおかあさんが、ぼくはとても好きです。
もう1つは、ぼくも人げんと話したいからです。
おかあさんの話をきいて、ぼくはいつも思います。
人げんはどんな生きものなのかや、どんなふうにくらしているのかを知りたいです。
ぼくの夢は絶対にお守り型のあくまになることです。
ぼくが大人になったら、おかあさんもびっくりするくらい、とってもすごいあくまになりたいです。
「…まあ、ダステンったら…」
「どう?よんだ?」
「…えぇ、凄いわ。とってもいい作文ね!
母さん泣きそうになっちゃったわ」
「ええー!なんで?」
「だって、母さんダメなことばっかりなのに、こんなふうに思ってくれているなんて、本当に嬉しくて…うふふ」
私は思わず涙が出そうになったので、誤魔化して笑った。
いけないわ、ダステンが心配しちゃう。
「でも本当だよ」
「ええ?」
「本当に僕、大人になったら母さんの驚くようなすごい悪魔になるんだ!」
「…まぁ…」
「だからね、母さん」
原稿用紙をそっと置いた私の膝元に、ダステンがポン、と身を置いた。
そして、私の顔を見て笑った。
「僕がんばるよ、母さんがお仕事いっちゃっても、僕」
そこまで言って、ダステンの大きな目から涙が零れた。
「あらあら、ダステンたら、どうしたの」
驚いて、私はダステンを抱っこして膝に座らせた。
小さな背中を羽の上から撫でて顔をのぞき込む。
ダステンは、目を手で擦って下を向いてしまった。
「…母さん、いつ帰ってくる?」
嗚咽混じりでそう言ったダステンが流した涙が、原稿用紙に落ちた。
あら、私がお仕事に行くこと、もう知ってるの。
あんまり寂しがったら可哀想だと思って、言わずにいたけど。
でもそう、そうなのね、ダステン。
とっても寂しいでしょう。悲しいでしょう。
でも我慢して、あなたなりに私を応援しようとして。
なんて可愛い子。なんていい子なの。
私は微笑んでダステンを抱きしめた。
「ダステン……いい子、いい子ね」
ダステンの小さな角が、分厚い服の上から胸に押し付けられる。
私に回した小さな手の力がとても強い。
大きくなったわね、ダステン。
辛いこと、乗り越えなきゃいけないこと、沢山あるでしょう。
泣きたかったことも沢山あるでしょう。
あなたの支えになってあげたいのに、いつもダメよね。
あなたはいつも我慢してたわ。
私に心配かけたくないって、背伸びしたりして。
とっても強い子。本当に、本当に偉いわ。
私も、そんなあなたに支えられてるのよ。
あなたのおかげで私もずっと元気でいられるわ。
「ごめんね、ダステン。
母さん、いつもあまりそばにいてあげられなくて。
寂しくて悲しい思いばかりさせてしまって、ごめんなさいね。
あなたはとっても強い子よ。
我慢強くて、勇敢な子。本当に素晴らしい子よ。
きっと母さんよりもずっと立派な悪魔になるわ。
いい?ダステン。
体に気をつけるのよ。大怪我や病気にならないように。
お父さんの言うことをちゃんと聞いて、いい子にしていて。
お勉強も、今の調子で頑張るのよ。
お友達とも沢山遊んで、色々なことをやってみて。
でも、嫌なことは嫌って言って、お父さんを頼っていいのよ。
そして母さんが帰ってきたら
またこうやってあなたを抱きしめさせて。
あなたの素敵な笑顔を、また私に見せてね。
必ず帰ってくるわ。
母さんは、離れていても、いつも
あなたのことを愛しているから」
抱きしめたダステンの頭に、私の涙が垂れる。
声を押し殺して泣いているダステンが、ちゃんと頷いてるのも分かる。
世界で1番大切なダステン。
私の愛しい子。私の宝物。
「大好きよ、ダステン」
小さな頭にそっとキスをして、その小さな体を抱きしめる。
離れても、この温かさを決して忘れないように。