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    riuriuchan1

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    riuriuchan1

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    幼馴染たいみつ 「さっさとしろ」と大寿が俺に背を向けてしゃがみ込む。ぶっきらぼうな声音、けれど俺から丸見えな彼の耳は真っ赤に染まっていた。繁華街のど真ん中、無遠慮に向けられる視線に恥ずかしくなったのか「早くしろよ」と大寿は荒々しく言った。
     たったひとつしか歳が違わないのに俺よりもうんと大きな背中に身体を預ける。後ろに回した手で俺の足をしっかりと固定した大寿はゆっくりと人並みを縫っていく。いつもは俺が小走りになるくらい早歩きなのに、今日は違うみたいだ。振動の少ないおんぶは、ただただ安心感だけを俺に与える。
    「……大寿」
     大寿の背中に頬をくっつけ目を閉じる。俺の普段着よりもずっといい値段のするTシャツの下、素肌の温度がじんわりと伝わってきた。大寿の体温。少し汗かいてる。走ったのかな。俺のこと、探して。
     ああ。母親のいない部屋、妹がいるのにひとりぼっちのようで怖かった。ずっと胸の奥に居座っていた寂しさの塊が大寿の体温に温められて溶けていく。
    「大寿」
    「……なんだよ」
     もう声変わりが始まっている、大寿の少し掠れた声。声変わりを終えてもっとずっと低くなっても、俺たちがドラケンの家みたいな大人の店に入れるくらいの歳になっても、変わらず大寿の隣にいれたらいいのに。
    「ありがと、大寿」
     幼馴染の背中で揺られながら、ただそんなことを願っていた。


    【中1・小6】
     三ツ谷隆という男は第三者から見れば『いい人』に映るのだろう。普段から妹の世話をしているからか、人のために自分の時間を割くことに抵抗のないタイプで困っている人間がいれば迷わず手を差し伸べるし、強い正義感を持って首を突っ込まなくていいことにも飛び込んでいく。具体的に言えば幼い妹を連れているにもかかわらず人を殴っている男に『やめろよ』と声をかけるくらいには、視界に映る悪や不正を見過ごせない人間だった。周りよりも早く自立しなければならなかったせいでまだ小六の割には落ち着いている。
     加えて俺のように威圧感を与える釣り目ではなく眠そうに垂れた目尻はとっつきやすい印象を与える。初めの警戒心こそ強いが──世に蔓延る様々な悪意から妹を守らないといけないため──一度懐に入れた人間には屈託のない笑みを惜しみなく見せてみせた。誰にでもやさしい、容姿も整っている、とくれば好意を抱かない方が難しい。『三ツ谷くんに渡してください』と女子たちに手紙を押しつけられた経験は数知れず。この俺に近づく度胸があるなら自分で直接渡せんだろと思うが、そういう問題ではない兄貴は女心わかってないと柚葉が言っていた。わかってたまるか、ガキだろうが女は総じて面倒だ。そして恋愛が絡むとさらに面倒になる。
     とにかく、三ツ谷隆は第三者からしてみれば『非常にいい人』で『やさしく』『かっこよく』『常識人』だった。だがその印象は大いに間違いであると俺は声を大にして言いたい。
    「大寿ってキスしたことある?」
     三ツ谷隆──俺の一つ下の幼馴染は、常識人の皮を被った自由人である。

     退屈で仕方がない授業を終え帰宅すると、俺のベッドを我が物顔で隆が占領していた。お互いの家の鍵を持っているため留守の間に侵入されたりしたりといったことは日常だった。
     寝転がったまま何やら雑誌を読んでいるから漫画でも持ち込んだのかと思っていれば、チラリと視界に入った肌色に面食らう。脱ぎかけのブレザーを腕に引っ掛けたまま近寄って取り上げると、雑誌の正体は俗に言うエロ本だった。修正などされていない丸出しの肌色と、肌色のそばで踊る『淫妻』や『巨乳盛り』『寝取られ』と到底理解が及ばない言葉に背筋がゾッと粟立つ。
    「こんなもんうちに持ち込んでんじゃねぇ! どこで手に入れた!?」
    「マイキーに貰った」
    「やっぱり佐野万次郎か。今すぐあの野郎と縁を切れ。それから八戒に見せてねえだろうな、あ?」
    「見せてねえよ。見せたら大寿キレるもん」
     八戒もこういうのから女に慣れていった方がいいと思うよ〜と呑気に言いながら、俺が投げ捨てた雑誌を隆は拾い上げる。ペラペラとページを捲っては「すげー」だの「でけー」だの呟いている隆を睨みつけ、中途半端だったブレザーを脱ぎ捨てた。ネクタイははなからつけていない。Yシャツのボタンも四つ目まで外せばかなり楽になる。
     ベッドに腰掛ければ隆も隣に座ってきた。半年前までは同じ学校で登下校も一緒、一日のほとんどをコイツと過ごしていたが、俺が中学に上がってからはそれも変わった。随分と久しぶりに会ったような気分だが、先週の日曜に隆の家でカレーを食ったのを思い出す。
     髪に埋もれたつむじを見下ろしていると隆が顔を上げた。性懲りもなく雑誌を広げて俺の眼前に突き出してくる。
     薄っぺらい紙面に映るのは挑発的な上目遣いをした女。平均より大きいだろう二つの脂肪の塊に男のものより薄い色をした乳首は、欲をくすぐられるというより生々しく気味が悪い。今日の昼休みもクラスメイトがこういう雑誌を囲んで騒いでいたが、何がいいのやら俺には全くわからねえ。
    「興味ねえの? この人すげー胸でかいよ」
    「興味ねえ見せてくんな」
    「大寿……もしかしてひんにゅー派?」
    「出禁にされてえのか?」
    「ははごめんって。出禁はヤダ」
     隆の手から雑誌を取り上げゴミ箱に投げ捨てるが特段文句は言ってこなかった。佐野から貰ったため一応は見ていただけで、コイツもそれほど興味はなかったのだろう。
     ごろん、と道端の猫のようにベッドの上に丸まった隆は、どうしたって眠そうに見える垂れ目を俺に向ける。
    「大寿のオカズって何?」
     また唐突に。コイツ腹減ってんのか? まさかうちで飯を食おうって魂胆か。別に構わねえがそれならルナとマナも連れて来ねえと。
     「晩飯ならシチューだ」と返せば、隆は目をまん丸に見開き、一拍遅れて噴き出した。は? 何だコイツ。シチューになんか文句あんのか!? 食わせてやらねえぞ。
    「大寿、本気? そんな純粋だって知らなかった」
     「いやー幼馴染でも知らないこととかあるんだ」と腹を抱えて笑っている隆に、ひくりと口端が引きつった。何がそんなにおもしれぇんだよ。本当に追い出してやろうか。
     ベッドの上を転がってひとしきり笑った隆は「あーおもしろ」と溢しながらニヤリと目を細めた。さながらゲームに出てくる額に小判がついた猫のキャラクターのような顔だ。人のことを小馬鹿にしている顔とも言う。
    「オナニーのオカズだよ。いつも何で抜いてんの?」
    「ハ!?」
     反射的に馬鹿でかい声が飛び出した。俺の反応にまた隆はふくふく笑って肩を震わせる。本当コイツ笑いの沸点低いな、笑いすぎて死んだ奴がいるってこの前テレビでやってたがコイツ大丈夫か?──いや待て、そうじゃねえ。
    「急にキメェ話してくんじゃねぇ!」
    「えー別にキモくないじゃん。クラスの奴と普通に話さねえ?」
    「話さねえよ!」
     頭が痛い。顔を顰める俺に構わずこのクソバカ幼馴染は「ねえねえ大寿なに見て抜いてんの?」「どういうシチュが好きなん?」とまとわりついてくる。キャンキャンと足元で騒ぐ子犬のようだ。うざったくて「別に溜まったら抜いて出すだけだろうが! 何も見ねえよ!」と振り払った。
     黙り込んでいたところで俺から答えを引き出すまで隆は諦めない。俺の幼馴染はそういう鬱陶しくてしつこい奴だ。出会った頃俺が振り向くまで追いかけてきたように。
    「えーなにそれつまんねぇ」
    「おもしろさを求めるな……」
    「じゃあさ、大寿ってキスしたことある?」
     ギシ、とベッドが鳴って足に重さがかかる。我が物顔で俺の膝の上に座ってきた隆はまた突拍子もないことを言い出した。上目でこちらを見つめてくる仕草はルナが俺にわがままを言う時のそれと似ている。
     オナニーの次はキスか。コイツ思春期か?
    「はあ……お前もう帰れ」
    「あ、その顔はしたことないんだな? 大寿のファーストキスまだ誰にも奪われてないんだぁ」
     何がそんなに嬉しいのか隆は満面の笑みを浮かべた。目尻とは正反対の普段釣り上がっている眉がへにゃりと垂れ下がる。スーパーの隣のタバコ屋にこういう顔の招き猫がいたのを思い出した。
    「じゃあ俺が奪っちゃおっ」
     弾むように言った隆が首に手を回して抱きついてくる。何してんだと引き剥がそうとした瞬間、口に何かが当たった。
     何か。いやわかってる。これは唇だ、隆の。
     驚き目を見開いた俺とは反対にしっかりと閉じられた隆の目元が近くにありすぎて霞んで見える。十秒ほどの短い時間だったが、俺の口に隆の温度が残るには十分だった。
    「大寿のファーストキス、俺のにしちゃった」
     自分の唇を指先でなぞり、隆が目を細める。混乱の渦の中に放り込まれた俺は『コイツまつ毛なげえ』とそんな至極どうでもいいことを考えるので精一杯だった。
     「じゃ、ルナマナ迎えに行くからバイバーイ!」と勝手に人の唇を奪った幼馴染はご機嫌にスキップしながら出て行く。
     取り残された俺は柚葉が呼びにくるまで呆然と思考停止したままだった。
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