Gのフェルマータ「弾けんだ、ピアノ」と彼は言った。
「意外?」
わたしが訊ねると、「いいや」と首を横に振る。
「『ピアノとか、いかにも高尚な趣味を持ち合わせているとは、やっぱスペーシアンのお嬢様は違うな』なんて言ったら、その喉噛み切ってやるから」
鍵盤の上に右手を滑らせ、ゆっくり指を押し込む。
まずはCの音。――うん、ちゃんと調律されてる。
ドレミファソラシドシラソファミレド――と音階を弾いて、
「習っていたのよ、子どもの頃に」
D、A、C――
「クソ親父に無理矢理やめさせられたけど」
E、G、C――
「ピアノ、好きか?」
D、F、G、H――
「うん」
C、E、G、C――
「鍵盤に指を落とし込むだけで、呼びかけたら応えるみたいに音を返してくれるから」
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