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    はなねこ

    胃腸が弱いおじいちゃんです
    美少年シリーズ(ながこだ・みちまゆ・探偵団)や水星の魔女(シャディミオ)のSSを投稿しています
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    はなねこ

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    幼なじみ高校生現パロのシャディミオ小話です。シャディ大好きミオさんです。

    #水星の魔女
    theWitchOfMercury
    #シャディミオ

    キスキスクマクマ ややこしい計算式をどうにかクリアして、つと目を上げる。視界の端に映り込んだミルクティー色の巻き毛に、お腹の底に引っ込めていた怒りがふつふつと再燃した。
    「あのクソ親父っ!」
     プリーツの膝の上、一撃を食らったトマトのクッションが衝撃でぽすんとへこむ。
    「むかつくむかつくむかつくっ!」
     何度も何度もぽすんぽすんぽすん。パウダービーズが詰められたクッションはへこんでもへこんでも、へこたれることなく一瞬でトマトのかたちに戻る。
    「さっきから何を荒れているんだい?」
     年度初めの学力テストを明日に控えた午後四時三十分、参考書とノートを拡げたローテーブルを挟んで、わたしの向かいに座るシャディクが首を傾げる。返事をする代わりに、わたしはベッドの上に転がっていたクマのぬいぐるみを目で指し示した。
    「初めて見るクマちゃんだね」
    「……進級祝いよ」
    「え?」
    「クソ親父からの進級祝い。昨日届いたの。まったくあの親父、自分の娘がいくつになったと思ってるのよ。高校二年生よ! わたし、もうぬいぐるみを喜ぶような小さな子どもじゃないのよっ」
    「おじさん、今どこ?」
    「知らない。海の向こうのどこかよ」
    「おじさんからの、せっかくの贈りものだろ。大事にしてあげないと」
     トマトのクッションをぎゅむぎゅむしながら、わたしはふんっと鼻を鳴らす。
    「そんなに言うなら、あんたが大事にしてあげたら?」
     かすかに肩をすくめると、ローテーブルにシャープペンシルを置いてシャディクはすっと立ち上がった。ベッドに腰掛け、水色のリボンが結ばれたミルクティー色のクマのぬいぐるみを手もとに引き寄せる。
    「おまえ、こんなに可愛いのに、ご主人に嫌われちまったみたいだな」
     そう呟くと、シャディクはクマのぬいぐるみを抱き上げた。いいこいいこするように、くるくる巻き毛の頭を優しい手つきで撫でる。そして――
     シャディクがクマの口もとへ唇を寄せる。愛おしそうに――まるでわたしに見せつけるように――クマにちゅっちゅっとキスをする。
    「――!」
     かあっと血が沸騰する。そりゃあ「大事にしてあげたら」って言ったけど、言い出したのはわたしだけど――
    「ダメー!」
     気がついたら叫んでいた。クマから唇を離し、こちらへ顔を向けたシャディクがいたずらっぽい目をして微笑む。
    「ごめんごめん。君に返す……おっと」
     わたしはシャディクに飛びついた。はずみでふたりしてベッドに倒れ込む。水玉模様のベッドカバーにシャディクのきれいな髪がふわりと広がる。何か言いかけて薄く開いたシャディクの唇をわたしはキスでふさいだ。
    「んっ」
     シャディクの頬を両手で包み込み、彼の唇に自分の唇を押しつける。
    「ふ……っ」
     ゆっくり唇を離すと、わたしを見上げるシャディクと視線がぶつかった。
    「――ミオリネ?」
    「あんたの唇はわたしだけのものなんだからっ! いくらぬいぐるみが相手でも、わたし以外にキスするの禁止っ!」
     シャディクを睨めつけてもう一度キス。それじゃあ足りない。全然足りない。キスの雨を降らせて分からせてやるんだから。
     ベッドに投げ出されたままだったシャディクの腕がわたしの背中に回される。シャディクの腕にぎゅうっと抱きしめられる。
     制服越しに密着する身体。指先が熱くなる。
     重なる唇がひとつにとけてしまいそうで、すごく気持ちいい。
    「ぬいぐるみに嫉妬するなんて、みっともないって思う?」
     キスの合間、唇と唇が触れ合いそうな距離で、ささやくように訊ねる。
    「いいや」
     シャディクが首を振る。
    「もしも君がぬいぐるみに夢中になってぬいぐるみにばかり構っていたら、俺も同じことをしたと思うよ」
     わたしの首に顔を寄せて、かぷり、シャディクが歯を立てる。
    「こんなふうにね」



     午後十一時、寝支度を整えてわたしはベッドへ潜り込んだ。枕もとには、水色のリボンを結んだクマのぬいぐるみ。数時間前――テスト対策を終えて、また明日ねとさよならする前にシャディクと交わした言葉を思い出す。
    「小学校に入学したときも、おじさんは君にクマのぬいぐるみを贈っていたよ。君はすごく喜んでいた」
    「そんなの忘れちゃったわ」
    「君の部屋のシェルフに、足の裏に君の名前が刺繍されたクマのぬいぐるみが今でも飾ってあるのに? あのクマちゃんは十年前の贈り物だろ」
    「あ、あれは……、たまたま飾っているだけよ。クマに罪はないし」
    「今回贈られてきたクマちゃんだって、そんなにむかつくのならどこかへしまっておけばいいのに、君はベッドの上に置いていた」
    「届いたばかりだったし、片づけるのが面倒だっただけよ」
    「これは俺の勝手な直感だけど、おじさんはきっと君に喜んでほしかったんじゃないかな。十年前と同じようにね」
    「それって、やっぱり十年前からアップデートされていないってことじゃない。ご都合主義もいいとこね」
    「アップデートできないほど、おじさんさんの中にあのときの君の笑顔が強く印象づけられているのかもしれないよ。――まあ、言うだけなら、どうとでも言えるけどね」
     そうよ、どうとでも言えるわ。どうとでも言える。どうとでも言えるような都合のいい解釈だって分かっているのに、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ心がざわめく。
     どうにも落ち着かなくなって、わたしはクマのぬいぐるみを抱き寄せた。額をくっつけて、つやつやしたつぶらな瞳をのぞき込む。チョコレートブラウンの糸で刺繍された口もとを見つめながら、そういえば子どもの頃、ぬいぐるみにおやすみのキスをしていたなと思って――ふと、こんな疑問が頭をよぎった。
     ねえ、もしもわたしがこのクマにキスをしたら、それはシャディクと間接キスをしたことになるの?
     ふいに、わたしに触れるシャディクの唇や舌や指先の感触が思い起こされる。心臓の鼓動が激しくなる。頬が熱くなる。頭の中がシャディクでいっぱいになって、このままだと覚えた数式や英単語の居場所まで侵食されてしまいそう。
     明日の試験のために、とにかく今は眠ることに集中しなくちゃ。
     クマのぬいぐるみを抱えたまま小さくかぶりを振って、わたしはブランケットをひっかぶった。
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