(幼児水麿)鼓動のわけは 二月の庭に雪は降り積もる。景趣は冬のもののまま、正月の浮かれぶりがやっと薄れ出したこの夜に、仲間内で小さな宴会をしていた。
「ね~、なんであるじは俺だけ残してみんな出陣させるのぉ~……?」
こたつの一辺で加州が管を巻く。この本丸ではありがちなのだが、加州以外の新撰組刀たちは今日も夜間の出陣に出ていた。それがどうにも気に入らないらしい彼に、清麿が苦笑して水のグラスを差し出す。
「加州が一番に練度が上がっていたから、その調整のために他のみんなが出陣しているってことだろう。最初の頃は俺だけ気に入られてるーって喜んでいたじゃないか」
「ううううう、そう、だけどぉ! おれだけぼっちだよ、寂しいじゃん~……安定堀川和泉守長曽祢さんー!」
子供のように喚く加州を呆気に取られて見つめながら、水心子は自分のグラスを呷った。中身は一人だけジュースだ。
水心子は四年前に幼児として顕現し、そこから成長を続けているバグ個体だった。だから飲酒はまだ許可されていない。同じような容姿の短刀たちはもう飲んでいるものもいるが、彼らは成長なんてものはしないし土台となる長い年月がある。それに対して水心子は四年前まで幼児だったのだ。同じようには扱えない、というのが世話係たる清麿の方針だった。
飲酒に憧れる気持ちはないわけではない。けれど水心子もそれでいいと思っていた。
清麿はあまり酒飲みが好きではないらしい。他人のそれを止めるわけではないが、酔っ払いを見る目がいつも少し不安そうに揺れるので水心子はそう解釈している。
それならば成長しきってしまっても、自分はあまり飲まずにいよう。そんなふうに思っていた。それに、飲まないものも必要なのだ。酔いどれだけでは介抱するものがいなくなる。それを周囲を見ることで学んでいた。
「加州も、寝てしまったね」
こたつに突っ伏して寝息を立てるその刀に清麿が苦笑する。もう一人一緒に飲んでいた鶴丸はすでに散々騒いで潰れて寝そべっていた。これで、この部屋で起きているのは水心子と清麿だけだ。
清麿が立ち上がり押し入れに歩み寄りながら声をかけてくる。
「水心子、もう部屋に戻るといいよ。僕は今夜はここに寝るから」
「え、……部屋に、行かないのか?」
「二人を放置して帰るわけにもいかないしね。かといって運ぶには骨が折れるし……とりあえずここにお布団敷いて、二人を寝かせてから僕もここで寝るよ。夜中に誰か具合が悪くなったらいけないし」
言うことはもっともだった。だから止めたい訳ではない。ただ水心子だけを自室へ帰そうとするのが嫌だった。清麿の服の裾を掴む。
「……僕も、ここで寝る」
ぱちぱち、清麿が瞬きをした。意外そうな顔だ。
幼子だった頃、水心子は清麿の部屋で寝起きしていた。部屋を分けたのは一年半ほど前。水心子が、想い人である清麿の無防備な姿を見ることに耐えられなくなったことがきっかけだった。
それ以来清麿と同じ部屋で寝たことはない。だから清麿のこの反応だ。それは分かるので、水心子はごにょごにょと続ける。
「……その、ここなら、加州殿も鶴丸殿もいるし……」
二人きりというわけではないから。そういう意味なのだと告げると、彼は表情を綻ばせて頷いてくれた。
「うん。僕も、水心子が一緒にいてくれたら心強いな。お布団敷くの手伝ってくれるかい?」
「も、もちろん!」
飛び上がるように立って押し入れから布団を引きずり出す。清麿の穏やかな視線を感じながら。
転がすように酔っ払い二人を布団に乗せて、掛け布団をかけた。こたつを囲むように敷いた布団は四人分もなく、残り一枚の中に清麿と二人で収まった。
電気を消して、行灯の明かりだけの中で至近距離の清麿を見る。長いまつげの影が頬に踊った。
「久しぶりだね、水心子と同じお布団は……ふふ、なんだかくすぐったいね」
「そ、うだな……」
水心子は、今更失敗したかもしれないと思い始めていた。こんな近い距離になるとは思っていなかったのだ。少しでも動いてしまったら身体が触れてしまいそうで、そうなったら自分がどうなってしまうか分からなかった。
がちがちに緊張しているのをどう思ったのか。清麿が唐突に笑んで、――その胸に、引き寄せられた。
「きっ、きよま」
「大丈夫」
薄い胸に頬が当たる。慌てる頭をゆるりと撫でられた。
「水心子、大きくなったね。小さい頃は、一緒にお布団入ったって余裕があったのに……今はぎゅうぎゅうだものね。なんだか感動してしまうな」
髪を梳かれているうちに、少しずつ気持ちが落ち着いていく。それと同時に悲しみも湧いた。今の僕では、清麿は、どきどきしてくれないんだ。
伝わる心拍は一定だった。水心子のそれは暴れ回っていたのに。まだ差を見せつけられているようで、寂しさを抱えたまま彼の背に腕を回した。
「……もうすぐに、追いつくよ」
あとたったの一年程度。それが過ぎれば、肩を並べられる。僕は君の親友になれる。
――そしていつか、その先の。
「そしたら、僕にどきどきしてね……」
その先の、恋人になれたら、君は真っ赤になって僕に鼓動を速くして、疚しい気持ちも寄せてくれるのだろうか。
「……ばかだなあ」
眠りにつく間際の耳朶に、微かに染まった声が届く。
「成熟した刀剣男士はね、簡単に鼓動で悟られたりしないんだよ……」
それって、どういういみだろう。ぼやけた思考回路でそう思って、何も考えられないまま眠りに落ちる。
分かるのは、今夜はあの悪夢を見ないで済むのだろうなということだけだった。