お浄めセッ!に至る話その③現在は8月の初旬。今年はカレンダーが夏になる前から気温が上がり、なかなかの酷暑で夜も熱帯夜が続いているはずなのだが、建物の中は不自然なほどにひんやりとした空気が漂っていた。
「なんか、外に比べて凄い涼しくないですか…?」
流石にこの異変は自分たち以外にも感知できたようで、後輩が発起人の腕にぴったりくっつきながら不安げにあたりを見回している。
「先輩、ここってなにかお化けが出るとかの噂あるんですか?」
ぴっとりくっついた薄いトップス越しの胸の感触を真顔で堪能していた発起人が何かをやり遂げた男の顔で語るには、どうやらこの廃墟は3階建てで、いくつかの怪現象が噂されているという。
①1階の受付の電話が鳴る
②2階の廊下を行き来する看護師がいる
③3階の窓から覗き込む何かが見える
④診察室から名前を呼ばれても応えてはいけない
ざっと目ぼしいものは以上の4点で、特に最後の名前を呼ばれる云々については、返事をしてしまうと病院に取り込まれて出られなくなってしまうと言われている…所々おどろおどろしい声色でドラマティックに説明してくれた話を要約すると、以上のとおりである。集合前にネットで収集したという情報では、病院が廃業したのは江晩吟たちが大学に入学する少し前のことだったという。そこまで年月が経っていないためか、入り口直ぐの受付や待合室も目立って荒れ果てた形跡は見当たらない。恒常的な人の出入りが無くなり埃が積もっている様子は見られるが、それだけだ。受付のカウンターの中にライトを向けて照らしてみても、書類や事務用品などは全て撤収されたようで、残っているものはもともと備え付けだったであろう机や椅子などの建具類しか見当たらない。もちろん、噂になっている固定電話もだ。
「電話、見当たらないね……やっぱり噂は噂だよね」
こわごわと、良い奴の背中に隠れながら受付を覗き込んでいた同級生が少しだけ安堵したように呟く。中の様子が思ったよりも普通の建物に見えるのもあって、いつもの調子を取り戻しつつあるようだ。
「廃病院って聞いたから、カルテとか残ってるんじゃないかって思ったけど、そういうの全部持っていってるみたいだな」
「廃業っていうよりは、移転だったのかもな。あんまり荒らされているようにも見えないしさ」
「病院の名前とかが分かればハッキリしそうですけどね……江先輩、そっち何かありましたか?」
受付周辺を探っていた4人から少し離れ、待合室から進んだ診察室と思われるあたりをライトで照らしていた江晚吟の目にも、曰くが有りげななにかそれらしきものは見当たらなかった。建物を目にした瞬間から得体のしれない悍ましさは感じているのに、その原因が何なのか皆目検討もつかない。
「いや、特にこれといったものは……」
「――じゃんさん、さんばんしんさつしつにおはいりください」
一瞬、時が止まったかのように誰も動くことができなかった。