君がバカでも、愚かでも 頭が痛い。目の奥から、ズキンズキンと嫌な感じに脈打つ。喉の奥がぴりぴりと嫌な風に痛んで、胃液が喉まで逆流してくる気配に、ぐ、と唾を飲み込む。それでも、胃の痙攣は収まらない。飯食えてないから、出るもんなんかなんもないってのに。
「ぅ、ぐ……っ」
そういえば昨日から変だった。ぐらりと目が回るみたいな瞬間があったり、やけに身体が重いような気がしたり。風邪、だろうか。ただ、何にしたって、今日は下等吸血鬼退治の依頼が入っている。わざわざ、俺に依頼して来てくれた人だ。しかも、当然ながら、困ってる。それを放っておく訳にはいかない。
デスクの引き出しに突っ込んである頭痛薬と胃薬をシートから出して、水で飲み込む。そういえば薬って、空きっ腹に飲んで良いんだっけ? でも、なんか食える気しなかったしな。あいつの飯、普通に美味いからほんとは食いたかったんだけど、戻したら悪いし。
「やべ、時間」
そろそろ出ないと間に合わない。
多分、その内薬が効いて来て、色々マシになるだろう。そう信じて、吸血鬼叩きとか殺鬼剤とか、万が一の時のためのリボルバーをホルダーに突っ込んで、ブーツを履いた。
頭痛と吐き気は、依頼主のもとに着く頃には収まっていた。何となくぼんやりする以外には、いつも通り。いつも通りに下等吸血鬼を退治して、殺鬼剤の使い方をレクチャーして、下等吸血鬼避けを散布して。
帰った頃には、もう日付が変わっていた。
「ロナルド君」
「あ? あぁ、ただいま」
ぼんやりとした頭でドアを開けると、その向こう側にはなんだかやけに偉そうなドラ公がいた。偉そうっつーか……なんか怒ってる? あ、もしかして、飯残ってたから? 頭回んなくて、冷蔵庫に仕舞いもしなかった事が悔やまれる。
「悪い、飯」
「そんなのどうだって良いんだよ。それよりもっと言う事あるでしょ、君」
被せ気味に発せられた言葉に、思わず首を傾げる。もっと言う事、ってなに? なんかあったっけ? ゲーム機のコード抜いちゃったとか、そういう? でも俺、今日は何もやってないし……じゃあ、何?
回らない頭でぐるぐると色々と考えている俺に、ドラルクが大きくため息を吐いた。
「ごめ」
「謝る事じゃないよ。私が悪いな、これに関しては」
肩を竦めたドラルクは、そのまま俺の手を引いて、居住スペースへと向かっていく。漂う匂いは……出汁の匂い? さっきまで不快感を訴えていた腹が、きゅるると鳴った。あんなに気持ち悪かったのに。今日は何も食べられないと思ったのに。
「体調が悪いなら悪いと言いたまえ。依頼人だって、体調不良なら仕方ないと思ってくれるし、休めって言ってくれるだろ」
俺を席に座らせて、上着を脱がせたドラルクは、そのままキッチンへと向かっていく。
「でも……」
そんなの、俺の勝手だ。俺が自分の体調管理が出来なかった所為だ。その所為で、助けを求めている誰かが被害に遭ったりしたら──退治人として失格だ。
「君が何考えてるかは、大体わかるけど……そう言う時のために組合ってあるんだろ。いざって時は人を頼れるのに、君ってほんと不器用だねぇ」
そんな事を言いながらドラルクが持って来たのは、きつねうどんだった。
「…………これ」
「胃の調子が悪いんだろう? 私を見縊るんじゃないぞ。しかし、バカでも風邪を引くとはねぇ……」
心底呆れたとでも言うように笑うドラルクは、しかし優しげな手付きで前髪を避ける。それだけでなんとなくほっとしてしまうのは、単純すぎるだろうか。
「明日は休みだったよね。暖かくしてよく寝るんだぞ。治らなかったら、明後日も休む事! あと病院行け! わかったな?!」
いつもは全然そんな感じしないのに、こういう時だけやけに迫力がある。なんだろうな、こいつ。
って思ったら、なんだか面白くなってきた。
「何笑ってんの君?!」
「いや、なんかお前が必死だから」
うどんうまそう。これなら食えそうだ。
「キィーーーーッッッ!! 全然反省してないな?! 君が元気になったら私がどれだけ君を心配してたか語って聞かせてやるからな!! 覚悟しろこのバカルド!!」
はいはい、と返事をしながら、うどんを啜る。あったかくて、優しい味がした。