バレンタイン※ぐだロビ。ふんわり大学生
「あ、えっと……この後とかって空いてますか?」
「はあ、まあ……ああ言った手前、空いてなくても空けますけど……」
「空いてたらで大丈夫なので」
「冗談ですよ。空いてるから安心してくれ」
そう言うと隣に並んで歩く同じ大学の一つ下の後輩、藤丸立香は人の良さそうな顔でほっと小さく息を吐いていた。
マズイ……。見えてんだよなぁ、藤丸のその可愛いような可愛いくない様なキャラクターの書かれた白いトートバッグから覗く、明らかにバレンタインのチョコレートが。
友人のバイト先の知り合いで、なんとなく知り合った藤丸立香という男。
青い瞳をキラキラと輝かせて自分を見つめる瞳は何処か自分を遠巻きに、でもじっとりと見詰める女性陣のそれよりももっと厄介な輝きだった。
キラキラと光る青くてキレイな空色の瞳、きっと恋愛ものの映画ならきらきらとしたエフェクトが画面に表示され、ロマンティックに一目惚れなんてわかりやすく表現されるのだろう。
「近くに落ち着いたカフェがあって、そこでゆっくり話したいんです。ロビンさんと」
「お礼になんかさせてくれって言ったのはコッチだってのに。そんな控えめなお願いでいいんですかい?」
大人しく隣を歩く藤丸に問い掛けると何度か瞬きした後に少し考え始めた。静かなカフェなんて言ったら会話につまる。いや、どうあってもそういう雰囲気になるだろうが。
ちょっとばかし藤丸の耳元に唇を寄せて魅力的であろう単語を流し込む。
「焼肉でもなんでも覚悟はしてんですけどねえ……」
見かけによらずよく食うかもしれないが財布の中身を気にしてはいられない。
「でも、静かな所で話したいんです。あ!そこでパフェをご馳走してもらうってのはどうですか?」
バイト先の知り合いには使わない敬語が何となく気になるが、そこは置いておいてどうしてもとお強請りするような瞳には勝てそうにもなくて小さく頷いた。
「はいよ、じゃあパフェな」
それを聞いて隣で藤丸が嬉しそうに笑った。ぐわんと込み上げる何かがある。何かに気付きたくはなくて、パフェを食べ終わるまでの間だけの付き合いだと自分に言い聞かせながら隣を歩いて他愛ない話をした。
あー、なんで今日に限ってバイト先のコンビニで厄介な客に絡まれて年下の男に助けられてんだ。
そう、まさにオレを助けたのが藤丸立香その人だった。
レジからオレの胸ぐらを掴もうとする男の背後から緊張気味に、それでも暴力は許さないと強い意志を宿した瞳が厄介な客越しから見えた。
「やめてください、警察を呼びますよ」
今でも思い出せるほど、いつもは優しい声音の声が強く鼓膜を揺らした。まさか後ろから声をかけられると思わなかったのか、第三者の登場に焦ったのか客は大慌てで走り去った。
「よかった……」
空気がぬけたかのようにほっと緊張の糸を緩めた藤丸が小さく呟いてから、俺の方に駆け寄ってきて、その勇気と助けてくれたお礼にとなんでも奢ると言い出したのがそもそもこの集まりのきっかけであり、始まりだった。
それからオレが上がる時間に待ち合わせをして今にいたる。
そう、人気の少ない 小洒落たカフェで男ふたりが面と向かって座り、苺がふんだんに使われたパフェを頬張る藤丸を向かい側の席から紅茶とクッキーを頬張りながら見つめるという状態に。
「オタクが満足そうでよかったですわ」
「あっ、ごめんなさい!俺ばっかり、じゃあ……どうぞ」
そっと藤丸のパフェからいちごが差し出される。しかも藤丸が使ってたフォークに突き刺されて、だ。
「……あー、いや、いいですって。ここは奢りなんだ。遠慮せず」
「美味しいんだ、ここの苺……あっ、美味しいんです」
「オタクの敬語もやめやめ。そんなに年齢離れてねえだろ、オレら」
「はい、あ、うん!」
嬉しそうに藤丸が頷く。
「じゃあ、ロビンも遠慮しないでいちごを食べてよ。って、俺が言うのも変だけど、本当に美味しいから!」
「はいはい……ありがとな」
あーんとしてもらうのには周囲の目があって抵抗があったのでクッキーが置いてあった皿にいちごを乗せてもらってスプーンで掬って食った。オレが食べる間、ずっと嬉しそうにこちらを見てくる青い瞳。ああ、キレイだな…なんてポロリと飛び出した思考を相手に気付かれないように甘酸っぱいいちごを飲み込んだ。
敬語をやめることになってからは藤丸は今まで以上に饒舌だった。緊張が取れてきたのかもしれない。
大学の話、高校の友達の話、相槌を打ちながら流れていく言葉も時間も居心地の悪いものではなく、だからこそ今日がバレンタインであることを忘れていた。
藤丸のバッグの中についても。
「あの、さ……」
あれだけ話していた藤丸の声が上擦る。いつの間にか店内の客は時間帯のせいなのかオレたちだけになっていて、コーヒーを入れたり皿を洗う音だけが店内に響いていた。
ことりとテーブルの上に置かれたラッピングされたチョコレートの箱に視線をやってから立香を見るとそりゃあもう真っ赤になって、昼間のかっこいい姿とはかけ離れた姿にギャップすら感じてしまった。
「これ、もらってほしいんだ。ロビンに!」
先程までの穏やかな時間の流れの中でしっかり交友を深めた証として呼び合うようになった親しげな呼び名が、必死さを滲ませた藤丸の声で紡がれる。
「オタク、モテるっしょ?他のやつに貰いすぎてお裾分けってやつか?」
そんなことをするようなヤツではないとわかってはいるのに、そんなことを言ってしまう。
「ちがうよ!そんなことはしない。ロビンに用意してて……」
「バイト先に来たのもこれを渡すために?」
小さくも戸惑いながら立香が頷く。
下心があったと思われると考えているのだろうか、申し訳なさそうに下がった眉にむずむずとする。居た堪れない、そんな顔はさせたくない、つか、そんな困った犬のような……そんな態度を取られると、見た瞬間から感じたものが言葉になってしまいそうだ。
膝の上で拳をぎゅっと握る。
こんな育ちの良さそうな坊ちゃんに自分なんかが関わる訳にはいかないだろ。
「あー、その様子、わかってます?オレもオタクも男で……そりゃ、オタクは可愛げありますし、勃つ様な男もいるだろうよ。でもオレは……」
「そ、それは試してみないとわからないよ?」
「はぁ?!」
糸口見つけたりと何故だか得意げに眉を寄せた立香に思わず大きな声を上げてしまう。
試す??試すってのか??
オレが立香相手に勃起するのを?!
「ロビン、オレのことを可愛いって思ってくれてるみたいだし、本当に嫌ならもう出てっちゃってもいいのに。そうしない、から……」
少し自信なさそうにこちらを伺う立香に図星をつかれて一瞬息を飲んだ。
確かにそうだ、何やってんだよオレは!!つか、バレンタインのチョコレート見つけた時点で関わらなきゃ良かったんだ。可愛いだの瞳がキレイだの、そんなこと言ってるから、こんなことになってんだ。
こんな良い奴にオレは相応しくない。
そう思うオレも、好意が嬉しいと思うオレも、ましてや少し好意を抱きかけてるオレも全部ふりきって席を立とうとした瞬間に立香に手首をやんわりと掴まれた。
「ね、ロビン。好きなんだ、ロビンが」
「……っ」
告げられた言葉にドクンと心臓が大きく動いて動悸は早くなるばかり。好きだなんて言われても、もう色々なことが頭の中でこんがらがって何も口から出ない。
柔らかく掴まれた手と振り払うことが出来ない、緊張か少し潤んだ瞳がこちらを見つめる光景とこの状況にくらくらとした。
「物好きだな、オタク」
「物好きじゃないよ。ロビンが好きなだけ」
あー!オレの負け、と脳内で白旗を振る。試してみて満足してくれると言うなら、自分の気持ちなんて抜きだ。反応したら付き合えばいい、反応しなきゃそのまま後腐れなくフれる。
高鳴る鼓動と頬に集まる熱に自分がこの後どうなるのか、何となく察しながらも受けてたちますよ、なんて格好で付けて二人でカフェを後にした。
おわり。