つむ夏前提の俺×夏目「……どちら様かナ」
つい声をかけてしまった。昔、口に出すことすらできなかった呼び方で。
数週間しか見かけなかった、でも強烈に印象に残っている『彼女』。あの子が『彼』だと判明してもなお、ずっと心にちくちくとむず痒い感触が残っていた。
いつか会えたら良いなぁ、なんて。桜よりも淡い期待をしつつも、どこかで諦めていたのに。まさか、こんなところで会えるとは。なんて素晴らしい巡り合わせだろう。
「えぇっと……も、藻部もぶ太です! ダンス教室で一緒だった……」
「…………あァ、そういうことカ」
夏目ちゃん……じゃなくて、夏目くんはアイドルになったんだよな。占いもしてるんだっけ。
「それデ?」
「? はい?」
「何で呼び止めたノ?」
「なんでって…………」
──知り合いだから。
そう言おうとして、口をつぐんだ。
俺にとっては衝撃的な出会いでも、夏目ちゃん……夏目くんには違うんだろう。名乗ってからようやく思い出したみたいだし。
──少し寂しいけど、仕方ないか。
応援してます! とか、当たり障りのないことを言おうと再び口を開こうとしたとき、のんびりとしたトーンの声が聞こえた。
「夏目くん、探しましたよ〜? こんなところで何しているんですか?」
「別に遅刻してないから良いでショ」
「それはそうですけど…………って、あれ? もしかして藻部くんですか?」
「あ、はい! 藻部もぶ太です!」
「わぁ、久しぶりですね」
髪が鬱陶しそうな人だ。確か、青葉つむぎさん? だったはず。夏目ちゃ……夏目くんと同じユニットに所属しているんだよな。
でも、何で俺の名前を知っているんだろう。
「じゃあ、俺たちこれから予定があるので」
「あ、はい!」
まぁ、いいか。夏目ち……夏目くんとはちょっとしか喋れなかったけど、奇跡的な再会を果たせたんだから。
「また会えるといいですね!」
「あはは、そうですね。では、さようなら〜」
「…………」
そうして俺は、遠ざかるふたりの背中を見送った。
──あれ?
そういえば夏目ちゃん、なんで青葉さんの袖をつまんでたんだろ?