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    まさのき

    とんだりはねたり、もいだりかじったりします。

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    まさのき

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    やあひさしぶり、さようなら。/モブサイコ100、影山律(20)と鈴木将(13)が海を見に行く話。任意のふたりには海を見せよ、やつら人間のことわざでしたね。再掲にあたり加筆修正をしています。

    Hi,bye. 海が見たい、と鈴木は言った。
     僕はその日の講義を全部蹴って、一人分の切符を買った。


    【前支度】



     大学二年の初夏だった。膝を壊して陸上を辞めた。かかりつけの医者はしきりに僕の顔色をうかがったが、意外にも僕はさほどショックを受けなかった。もとより来年の夏ごろで辞める算段だったのだ。予定が一年ほど前倒しになったくらい、ささいなことだった。
     その夏僕は鈴木と会った。ほぼ五年ぶりに再会した鈴木は、出会ったころと同じ姿をしていた。理由を尋ねると、俺はユーレイみたいなもんだからとかなんとか意味の通らない答えが返ってきた。僕があからさまに怪訝そうな顔をすると、鈴木はちょっとすまなそうな顔で笑った。
     忘れ物があんだよ、と鈴木は言った。
     鈴木は一年半ほど前に死んでいた。僕ははじめ己の耳を疑った。嘘だろ?そう思ってほうぼうに確認を取ってみると、なるほど確かに鈴木将は一年半ほど前に死んでいた。どうして僕に言わなかったんだ、そう問い詰めると、イッシンジョーの都合だよ、と笑ってはぐらかされた。この話はもうやめにしよう、鈴木が言った。聞き出したいことはたくさんあったが、鈴木は己の死の真相についてそれ以上なにも語ろうとはしなかった。
     鈴木は気まぐれに姿を現しては一日中僕のそばにいたり、三日ほど行方をくらましたりした。その間で、僕はどうやら鈴木が僕以外の人間には見えていないらしいことを知った。鈴木はいわゆる幽霊とは違って実体があり、自由にものを飲み食いするので気づくのに時間がかかった。街ゆく人々は鈴木の存在に気づかない。目線もくれずに追い越していく。
     鈴木がユーレイになってしまったというのはどうやら本当らしかった。

     陸上を辞めてからは、日々の時間の流れがひどく緩慢に感じられた。端的に言えば暇だったのだ。自分が意外と無趣味で、会いたい人も少ないつまらない人間だということを、日ごとに思い知らされるような気がした。そんな僕にとって鈴木はいい話し相手だった。ささいな、心底どうでもいい、くだらない会話をなぐさみに転がす時間は悪いものではなかった。まるで出会ったころのような、……生意気で世間知らずで、未来が今日よりよい明日の集積だとまだ信じていたころのような軽快さが、鈴木とのやりとりの中にはあった。
     鈴木はよく部屋に犬や猫を連れてきた。ここはアパートなんだからペットは厳禁だと何度注意してもやめようとしないので、そのころには僕も折れていた。けれど鈴木は、ひと通り気が済むと必ず犬猫をもといた場所に帰すのだった。わがままなのか律儀なのかいまいち判別しがたいが、鈴木のわがままはいつもある一定のラインを基準に出したり引っ込めたりされているようだった。
     僕はいつしか二人分の食事を用意するようになった。自分のためだけに作る料理と、そうでない料理は質の違うものだということをそのとき僕ははじめて知った。

     買い物袋を右手に提げて、すり足気味に高架下を歩いてゆく。頭上を電車が通り過ぎる。轟音にしばし周囲の音がかき消され、一瞬後にまた静寂が戻った。木の影が長く伸びている。鈴木は頭の後ろで腕を組みながら、だまって僕についてきた。
     高架の影から出ると、ななめから強い陽が目を刺した。ざし、ざし、スニーカーで地面を擦りながら歩いてゆく。鈴木は腕を解いて、なにげない調子で僕に問いかけた。
    「足」
     立ち止まって鈴木を見た。
    「足、悪いのか」
     鈴木は少し僕に気を遣っているようだった。
    「うん」
     オレンジ色の光が鈴木の顔にくっきりとした陰影を作り出す。強い光が似合う奴だなと、僕はぼんやりそう思った。
    「ちょっと前に。膝壊して」
     鈴木はそっか、とだけ返した。たいしたことじゃない、と言いかけて、どうしてか声が出なかった。僕は返事を待たずに歩き出した。僕は鈴木に、高校から始めた陸上のことを話していなかった。鈴木はだまって僕の後をついてきた。
     その日の晩はカレーライスを作った。鈴木は一杯おかわりをし、満足そうに笑っていた。

     鈴木の忘れ物について、訊いてみたことがある。
     見つかったのか。そう尋ねると、うん、まあ八割方は、とはっきりしない返答があった。なんだよ、八割方はって。僕は結構真剣に聞いたつもりだったのに、あんまり雑すぎやしないか。
    「律よう」
     ため息とともに呼びかけられた。鈴木はちょっと難しそうな顔で頬杖をついている。
    「おまえ、いつまでそこに居るんだ?」
     ひやりとした。ひと息で動悸が激しくなったようだった。
    「何の話?」
    「足が悪いとか、俺がいるからとか、全部いいわけだぜ、それ」
     何のことを言われているのかわからなかった。言葉と言葉同士がうまくつながらない。それはもしかしたら、理解することを脳が拒んでいるせいなのかもしれなかった。鈴木は続ける。
    「俺はもうこんなんなっちまったけど」
     鈴木がすいと宙に浮いた。僕はそれを見て、オレンジの風船を思い浮かべた。それは昔、街角で兄と僕に手渡されたものだった。
    「律はずいぶん重くなったみたいだな。わらうぜ」
     鈴木はいつもそうだった。冴えた刀のような鋭さをいつも懐に隠し持っているのだ。


    【海が見たい】



     鈴木は切符を買わなかった。僕はなんとなく気寂しい感じがして、一緒に取った領収書を手ぶらの鈴木に渡した。鈴木はしばらく、指の腹でつやのある紙を無心に撫でていたが、やがてスタジャンのポケットにそっとしまい込んだ。平日の昼間にもの好きな路線に乗り込む僕たちを、眠そうな目をした駅員がぼんやり見送った。
     車内の人影はまばらだった。僕と鈴木の他には、白いつば広帽をかぶった老婦人と、しみたポロシャツの中年男性がいるだけだった。電車が走り出す。止まっていた景色が、少しずつ少しずつ後ろに流れ出していく。見知った看板をいくつも見送ると、景色がだんだんと開けていき、視界には緑が目立ちはじめた。うす曇りの空からときおり太陽が顔をのぞかせては、また長い時間姿を隠した。
     鈴木はじっと窓の外を見ていた。青い瞳に流れる景色が映っている。頬杖をつくその横顔は、どこまでも僕の見知ったものだった。ふと手元に視線を落として、それから左の膝を見た。僕はもう、あのころのようには走れなかった。僕は目を閉じた。
    「鈴木、僕はね」
     あのころより少し低くなった声で、僕は言った。
    「あんまり悲しくなかったんだ。こんなものか、と思った。高校に入ってから今までのこと、よく覚えてなくて」
     トンネルに入ったのか、音が急にこもって聞こえた。
    「ずっと走ってた。どうしたらいいのか分からなかったから。兄さんとは別の高校に行ったよ。大学も。友達も、いたような気がする。けど、忘れちゃった」
     ごうごうと風を切る音が聞こえる。向かい風のなかを走るときも、こんな音がしたと思う。
    「霊験さん達とはあんまり連絡を取らなかった。あ、事務所、場所移したみたい。ちょっと立派になってた。まだやってるんだって。いい歳なのにね、あの人も」
     口の中が渇いてきた。
    「なんかさあ。そうでもなかったよ。もっと面白いものだと思ってた。でもそうでもなかった。僕今こんなだし。新しいことはじめてみたけど、結局立ち消えになったし。
     ……ごめん。やめようこんな話」
    「いいよ律」
     瞼を上げて鈴木を見た。遠くを見つめる横顔が寂しげにうつった。
    「続けて」
     思い返せば僕たちは、再会を果たしてからむこう、とりとめもない言葉ばかりを並べあっていた。僕の話には、僕だけが知っている五年間のことがまったく欠けていた。無意識的に、あるいは意識的に、何かを進めてしまうことを避けていたのだろう。僕たちは、今になってようやくその五年間の埋め合わせをはじめたのだった。
     中学を卒業してからのこと。出会った人のこと。思ったこと感じたこと。僕は今やさびついた日々の記憶を慎重にたぐり寄せながら、鈴木に話しかけ続けた。鈴木は相変わらず窓の外に視線を投げ出したままだったが、あれこれ口出しはせずにだまって僕の話を聞いていた。それらはすべて、鈴木のいない僕の記憶だった。思い出す景色のどこにも鈴木の姿はなかった。鈴木は何も言わずに僕の前から姿を消した。僕は思い出した。僕はずっと怒っていたのだ。
    「海だ」
     あのころと変わらない声で、鈴木がつぶやいた。

     改札を過ぎると、ふわりと海の香りがした。鈴木は待ちかねたように外へ飛び出したが、しばらくして足を止めた。ちらりとこちらを振り向くと、さっきより緩い歩調で再び歩き始めた。そっけない気遣いが少し笑えた。やがて僕が鈴木に追いつくと、それからは同じ速度で浜辺へと歩いていった。
     雲はいつの間にか切れていた。午後の日差しが、波間に玉のような光をこぼす。鈴木は波打ち際まで一直線に駆けていった。僕は砂浜の照り返しに目を細めながら、ゆっくりとその後を追いかけた。砂浜には、一人分の足跡だけが残された。
     潮風で額にはりつく髪の毛を払いながら、僕は波打ち際に立った。砂だらけの靴を脱ぎ捨てると、寄せる波の生ぬるさが肌に直に伝わってきた。
    「きもちー」
    「ああ」
     僕も鈴木も、遠くの水平線を見ていた。平日昼間の海は見事に貸し切り状態だった。昼間から大学を休んでまで、僕は何をしているのだろう。そう思うとなんだか急におかしくなってきた。
    「ふっ。……ふふっ」
     鈴木が目を丸くしてこちらを見た。その間抜けぶりに僕はまたふき出しそうになる。僕は荒っぽくため息をつくふりをしてなんとかごまかした。
    「ばかなやつ」
     別れも言わずに黙って消えた。夏によく来る嵐のような奴だった。肝心なことは、いつも、言わずに去っていく。
    「僕は怒ってたんだぞ、バカスズキ」
    「わり」
    「来るのが遅いんだよ」
     鈴木はちょっと困った顔をした。ざまーみろだ。僕は長年の胸のつかえが取れたような、すっとした思いで空を見た。まぬけな浮雲がひとつ、空の端っこのほうをちぎれ飛んでいた。
    「俺にもいろいろあったんだよ」
    「僕にもいろいろあったよ。半分くらい忘れたけど」
     くつくつと忍び笑いが漏れる。あの日から僕は、ずっとひとりで走っていた。目的地を見失ったまま、いかれたラジコンみたいに走っていた。そしたらパーツがぶっ飛んだ。いじけて煙を吐いていたら、誰かが僕の背を手で押しはじめた。
    「見ろ律、鳥だぞー」
     鈴木は海のほうを指差してのんびり笑っている。寄せる波がさきほどより深く僕たちの足を濡らした。ここもじき満ちていくだろう。僕は波間に立つ鈴木の背中に声をかけようとして、やめた。「忘れ物は見つかったか」——なんて、あきれた顔をされるに違いなかったから。そして思い上がりでなければ、僕はすでにその答えを持っていた。

     気づけば太陽はだいぶん西に傾いていた。鈴木と僕は、波打際を端から端まで歩いては、引き返してまた歩くということを繰り返した。満ち始めた潮が少しずつ砂浜を削り取っていく。足跡は付けたそばから消えていった。
    「いつまでも、そこに居続けたりはしない。時間も、人も」
     鈴木はやはり水平線のほうを見ながら、誰に言うでもなくつぶやいた。まじめくさった調子がおかしいと、僕は笑い飛ばしてやろうとした。でも、できなかった。僕はだまって歩いていた。
     鈴木は立ち止まって僕を見た。
    「『楽しく生きたい』」
    「——えっ?」
     思わず声が出てしまった。聞き覚えのあるそれは、いつかの僕の幼い啖呵だった。
    「いいと思うぜ、そういうの」
     だから忘れんなよ、と鈴木は言った。まっすぐに僕を見据える二揃いの青にめまいを覚えて首を振る。指の隙間を砂がすり抜けて行くような不安感が僕を襲った。
    「やめろよ」
    「律」
    「ふざけるなよいきなりそんなこと。僕をさんざん振り回しておいて。いつも、お前はいつもそうだ」
    「いきなりじゃねえ。むしろだいぶ待ってもらったほう」
     喉が震えた。あまりに急すぎると思った。
    「無理だ」
    「無理じゃねえ」
    「できないって言ってるだろ! 僕は……」
     僕は、のあとがどうしても続かなかった。僕は唇を噛みしめた。
    「ま、とりあえずやってみろよ。あとは律しだいだ。さんざんフカしてやったんだからできるだろ」
    「待てよ鈴木、」
    「じゃ、俺もう行くわ。よろしくたのむぜ、律」
     元気でな、と。最後にあの不敵な顔で笑って、それきりだった。
     僕はまたさよならを言いそこねてしまった。


    【それから】



     そのあと僕はさんざん浜辺を探し回ったが、とうとう鈴木を見つけ出すことはかなわなかった。僕はずぶぬれの体を引きずって、終電で家に戻った。家のテーブルに残しておいた二人分の夕食を見て、少し泣きそうになった。ラップを剥がしてチンして食べた。それから食器を洗ってシャワーを浴びて、あとは倒れ込むように眠りに就いた。長い一日だった。
     目を覚ましたら夕方だった。僕は二日連続で大学を休んでしまった。そういえば、講義を蹴って遊びに出たのはこれが初めてだった。テーブルの上には、ラップをかけたままの一人分がまだ残っていた。僕はそれをシンクに捨てて、水を流しながらちょっとだけ泣いた。今度こそ本当に、鈴木はもういないのだった。鼻をすすりながら僕はぐるりとあたりを見回した。鈴木はなにも残していかなかった。鈴木のために作った食事も、たった今僕が流してしまった。
     水を止める。僕は脱ぎっぱなしにしていた砂っぽい上下を洗濯機に放り込んだ。よろしくたのむぜ、だって。もう本当にいい加減にしやがれ。僕だって好きにしてやる。
     だからお前も好きにしたらいい。僕は洗濯機のスイッチを押した。押してから、下洗いしてから入れるべきだったかと若干後悔して、それでもそのまま回してやった。僕は腕組みをして洗濯機の前でふんぞり返った。がらくたのラジコンで結構。誰かに操られていないだけラジコンよりはマシなはずだ。僕はどこかに忘れていた生来の負けん気が、今になってめらめらと胸に湧き上がってくるのを感じていた。それはあいつの残した最後の火だった。
     洗濯が終わるのを待つ時間で、手始めに僕は兄さんに電話をかけた。数回のコール音のあと、耳慣れた声が僕の名を呼んだ。こうして電話をかけるのも半年ぶりくらいだ。いったいどのことから話そうか、と一瞬ためらわれて、僕は深く息を吸い込んだ。それから口を開いた。
    「兄さん、今時間大丈夫?」
    「うん律。どうしたの」
     兄さん聞いてくれ。ちょっと笑える話をこれからするから。
     通院以外の用事で大学を休んだこと。いるはずのない人間と再会したこと。止まっていた時間が動き出したこと。
     僕にはそれが、とても楽しかったのだということ。


    「僕、鈴木に会ったんだ」
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    まさのき

    PASTポップメガンテ前後のif話です。ディーノは父さんと幸せに暮らすことでしょう。あとたくさん人が死ぬ
    生きもののにおい『まあおまえの匂いは日向のキラーパンサーってとこだな』
    『―――は―――のにおいがするよ』
    『なんだそれ。全然説明になってねえじゃねえかよ』


     
     ぼくが「こわい」って言ったら、〈とうさん〉がぼくをこわがらせるものをみんななくしてくれたので、それで、ぼくはうれしくなりました。
     
     ここに来てからは、こわいことの連続でした。
     知らないおねえちゃんや、おにいちゃんが、ぼくにこわいことをさせようとします。あぶないものを持たされたり、つきとばされたりして、ぼくはすごく心細いおもいをしました。ぼくは何回も、いやだっていったのに。
     それで、ぼくは頭の中で、「こわい人たちがぼくをいじめるから、だれか助けて」ってたくさんお願いしました。そうしたら〈とうさん〉が来てくれて、こわい人たちをみんないなくしてくれました。〈とうさん〉はすごく強くて、かっこよくて、〈とうさん〉ががおおってすると、風がたくさんふいて、地面がぐらぐらゆれます。気がついたときには、こわいおねえちゃんも、よろいを着たひとも、大きいきばのいっぱいついたモンスターも、誰もぼくをいじめなくなりました。
    1965