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    まさのき

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    まさのき

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    5年くらい前に書いたやつ。封神演義の再アニメ化をきっかけに当社比でたくさんの方に読んでいただけた幸福な作品。肝心のアニメの出来がアレだったというオチつき。再掲にあたり、せっかくなので加筆修正しました。

    #封神演義

    蛇の釣果 ダ江のほとりには一人の漁師がいる。
     茅ぶきの小屋を結び、一日中川を眺めて暮らすその漁師は、いつも小高い巌に座って釣り糸を垂らしていた。得物は白い釣り竿一本きりで、石づくりの柄は他の漁師が使うものと比べて奇妙に短かった。得物はともかく、釣りの腕はなかなかのもので、日暮れのころには一尺あまりの竹籠が魚でいっぱいになった。しかし、漁師はいつも、わずかな魚を籠に残し、その余はみな川に還してしまうのだった。手元の二、三匹もみずからは食らわず、市でわずかばかりの銭に替える。その銭も晩酌の酒代に費やしてしまうので、漁師のふところは素寒貧が常だった。
     寝起きする茅ぶき小屋には、何年も使われていない様子の古びた小舟がかけてあり、その他には何も置かれていなかった。およそ人の住む家とは思われないぼろ小屋を見て、ダ江の漁師連中はこんな冗談を言いかわした。
    「熊のねぐらのほうがまだありがたい。ダ江の太公望どのは質素ごのみ」
     年中垂らしている釣り糸の先に針がかかっていない日があることを、ダ江のほとりに住む人々はよく知っていた。三分の揶揄と五分の呆れと、それから二分の好意でもって、漁師は彼らに受け入れられていた。
     漁師は酒を好み、気分のいいときは夜更けまで杯を傾け、そうして歌った。ダ江の土地のものではないその響きは、一風変わったリズムと節回しを持っていた。あるときダ江を通りがかった行商人は、漁師の歌を聞いてこう言った。
    「おれのふるさとの歌に、これと似たふしを持つものがある」
     商人はダ江より遥か西の、えびすの血を引いていた。自分は西の生まれではないが、祖父が生きていたころにはよく向こうの話を聞かせてもらったのだという。漁師の歌は、酒の席で耳にした祖父の歌に似ているのだ。商人は目を細めて言った。
    「祖父は馬に乗るのがうまかった。だからおれも馬に乗って、今こうして商売をやっている。おれのこの力は、遠い西のふるさとがくれたものだ」
     懐かしい歌の礼代わりにと、商人は三倍の値段で魚を買い取ったうえ、一瓶おまけまでつけてくれた。早朝、商人は馬を引いてダ江を後にした。漁師はその姿が山陰に紛れてしまうまで、長いこと商人を見送っていた。

     
     またあるとき、漁師は一人の木こりを助けた。流れに沿って河原を散歩していたおり、行き倒れているのを見つけたのだ。いそいで介抱してやると、どうやら空腹で倒れたらしいことがわかったので、竹籠の魚を数匹焼いて食わせてやったら、みるみるうちに回復した。木こりはまだ少年といっても差し支えない年頃で、名を馬吉と言った。
    「助かりました、仙人さま」
     馬吉は漁師に何度も丁重に礼を述べた。漁師は馬吉の顔を上げさせ、それからひとつ間違いを訂正した。自分は仙人ではない。ダ江に居ついた流れ者の漁師である。そう告げると馬吉はひどく恐縮した様子で、頬をそめながらこう言った。
    「すみません。なんだかなつかしいような、嗅ぎ慣れないような、不思議な匂いがしましたので」
     馬吉はダ江の上流域に住む一家の子で、代々木こりを生業として暮らしてきたのだという。ところが数年前、父が流行り病で急死し、その後相次いで祖父と祖母、それから兄二人を失った。はからずも兄弟の中で一番の年長となった馬吉は、残された母と弟妹の生活を一身に担う立場になったのだという。もちろん木を伐って売るだけでは一家を養うに到底足りず、馬吉が遠くの街で出稼ぎをして得た金で、なんとか日々を食いつないでいるというありさまだった。
    「一番目の弟は、小さいながらも一生懸命ぼくの仕事を手伝ってくれます。ですが、二番目の弟はまだおしめがとれたばかりで、とても働きには出られません。妹たちは、長じた子から家事の手伝いをします。楽ではない暮らしですが、つらいことばかりというわけでもありません」
     母親の安否を問うと、少年は少し顔をくもらせた。
    「母上は、兄二人を失ってからはまた、ひとかたならぬ落ち込みようで。……なにせ、父の病に立て続いてのことでしたから」
     毎日お慰めしても、なかなか以前のようには笑っていただけません。馬吉は悄然とした様子でつぶやくように言った。漁師はふむと考え込み、それから馬吉にこう告げた。喪の明ける暇もなく愛する者たちを見送ったために、母君は生きる意志を失いつつある。生者を世に引き留められるのは生者のみ、出稼ぎをやめて母君に孝行するのがよろしかろう、と。馬吉は神妙な面持ちで漁師の言を聞いていたが、やがて暗い表情でうつむいた。
    「でも、ぼくが出稼ぎをやめてしまえば、家族が路頭に迷ってしまいます」
     漁師はしばらく黙って馬吉の顔を見つめていたが、にわかに表情を和らげ、少年の肩に手を置いた。腕白な少年のような顔をして言うことには、
     ――おぬしの行くべき道を占ってしんぜよう、と。
     漁師は釣り竿から器用に糸を巻き取って外すと、白い竿をくるりと一度回転させた。すると先ほどまでは人の丈ほどあった石竿が、みるみる一尺ばかりに縮んだ。漁師は河原を見回して、つやつやと丸い石をひとつ手に取った。漁師はしばらくもったいぶった様子で石を握ったり弾いたり、ためつすがめつ見分していたが、やがて意得たりという表情でそれを高く掲げた。漁師が竿で石を一打ちすると、竹を割ったときのような快音があたりに響く。見ると、掌中の石は真っ二つに割れている。漁師は、何かを確かめるように石の切断面を撫でていたが、やがて馬吉に向き直って言った。馬吉の家から南に半里もゆかぬ場所に、一本の松の木がある。弦月が中天に昇る夜に、松の木の根元を掘ってみよ、と。その木は身がひどくねじれているから、それを目印にするといい。言い終わって、漁師は割れた石の片欠を少年に手渡すと、たちまちその姿を消してしまった。
     馬吉は目を丸くした。けれども奇妙に納得もした。やはりこの人はただの漁師ではなかったのだ。ダ江の生き神様が情けをかけてくだすったに違いない。馬吉はいたく感激し、決して他言すまいと心に決めた。見失う瞬間、口元に当てられていた指の意味を、理解しない馬吉でもなかった。ダ江の流れに深く頭を下げて、日暮れごろ馬吉は帰路についた。

     十日ばかり経って、弦月の晩に言いつけ通り松の木の根元を掘り返すと、果たして地面から熱い湯が一斉に吹き出した。馬吉は考えをめぐらし、湯を囲って宿をすることに決めた。湯はたいそう質がよく、万病の治療に効くとたちまち噂になった。三年のうちに馬吉の家は栄え、日々の暮らしに不自由しなくなった。馬吉の母も、息子が自分のそば近くに仕えてくれることを心から喜び、沈鬱の気もしだいに晴れていった。
     馬吉は礼を言うべく何度もダ江のほとりを訪ねたが、漁師は姿を見せなかった。暮らし向きに余裕が出てくると、馬吉は年に一度一家を連れてダ江に参拝するようになった。食を具え、謝意を述べ、それから日の暮れるまで大いに語り合うのである。
     その後、馬吉は七十を数える年に亡くなった。しかし実直な木こりは、死の間際まで漁師への感謝の念を忘れなかったという。


     またあるとき、ダ江に有識の者が訪れ、漁師の噂を聞きつけた。そのころには、漁師の名も少しく周囲に聞こえ、「ダ江の隠者」「川辺の仙人」と呼ばれるようになっていた。男はダ江の隠者何ほどのことかと意気込んで、漁師の小屋を訪ねた。鼻息荒く漁師を呼びつけると、いかにも若々しい面立ちの、黒髪の青年が顔を出した。
     「おまえがダ江の漁師か」男は興奮をにじませた声音で尋ねた。いかにも。やや鷹揚な口調でいらえが返る。青年は静かに身を引いて、男をなかへ迎え入れた。
     驕慢な男は内心で、目の前の青年を侮っている。ダ江の隠者など、土地の者のばかばかしい噂に過ぎぬ。おおかた、世間知らずのぼんぼんが、隠逸の士のふりをして大口を叩いているだけに違いない。勘違いもはなはだしいことだ――男は息のあがりも整えず、二の句を継いだ。「今日の釣果はいかほどか? ダ江の漁師どの」青年は一瞬、目をみはったようだった。それを怯懦の色と早合点した男は、たたみかけるようにこう言った。
    「おまえがなんのために釣り糸を垂らすのか、そのあさましい心根を私は暴きに来たのだ。問おう、そなたの漁は隠者の漁か。それとも、漁者の漁か」
     声は自己陶酔の色をふくんでいた。男は士族の門に生まれ、若くして高官の地位を得た。強い自負心を腹に飼った男は、この見るからに貧相な風貌の、己より若い青年が、己より高い評判を得ていることに我慢がならないのだった。男は半ば躍起となって、唾を飛ばしながら続けた。
    「むかし、殷周の時代に姜子牙という者がいた。やつは世を避け川のほとりで釣り糸を垂らしていたおり、偶然にも周の文王と出会い、取りたられたと聞く。およそ世の人間は、在野の賢人を引きたてた文王を名君、姜子牙を名軍師と思い込んでいることだろう。しかし、私からしてみれば、どちらも評判ほどの大人物とはいえぬな」
     男はそこで言葉を切って、青年の顔を見た。青年の瞳にはいささかの曇りもなく、あたかも厳冬の湖水に映る月のごとき静けさをたたえていた。もの言わぬ青年に、男は面子を傷つけられた思いがし、ひどく興奮した口調でまくしたてた。
    「畢竟、やつは魚を釣っているふりをして、名を釣ったにすぎぬのだ。高徳の隠者が聞いてあきれる。はじめから、おのれの卑しい願いのために釣り糸を垂らしていたのではないか。それを見抜けなかった文王も、慧眼の士とは言いがたい」
     立て板に水とばかりに持論を並べたてる男は、そのいっぽうで、奇妙な落ち着かなさを感じていた。高い山の、けわしい小路をつづら折りに、供もつけずに歩くときにも似たおぼつかなさが、ひやりと男の背中を撫でた。
     ――私は、今、一体誰に向かって話しているのか?
     今度は、男が黙り込む番だった。仕立ての良い上衣は汗でしとどに濡れている。いやに冷たい風が襟元から背中にかけてを吹き下りたような気がし、男はつばを飲みこんだ。まとわりつくような沈黙が、男の口内をねばつかせた。青年が口を開く。
    「わしは一応、ダ江の漁師の名で通っているが、漁師というほど大層なことはしておらぬよ。そまつな小屋を結び、流れに臨み、余剰なものは何一つ持たず、たわむれに釣り糸を垂らしては酒に替え、飲み歌ってはまた眠る」
     青年の語りは、低く、滔滔と続いた。古い木の、年輪を思わせるような声だった。男はすぐに、青年が見た目通りの歳ではないことを悟った。己はなにか、重大な思い違いをしていたのではないか。脳裏に一瞬、そんな考えがよぎったが、男は知らぬふりをした。
    「名月の夜には杯を重ね、膝を叩いて歌おうぞ。歌のしらべを聞く者あらば、寄ってともに一樽を干そう。風静かに波穏やかに、魚を得れば食らう者あり、いらぬものは売り払ってすべて酒に替えてしまえ。今この瞬間、世界はわしのものでおり、またおぬしのものだ。それは誰にも妨げられぬ」
     青年は男を見た。その口元には穏やかな笑みが乗っていた。
    「それでいい、それだけだ。そのほかは何も求めはせぬ。そこに隠者と漁者と、何の違いがある」
     ああ、これは、はじめから見込みのない勝負だったのだ。男は思った。否、もとより己は、同じ土俵にすら上がっていない――そう悟った男は魂が抜けたようになり、やっとのことで立ち上がったかと思うと、よろよろと小屋をあとにした。
     その後、すっかり気勢を削がれた男は、数年のうちに官職を失った。しかしその後はそこそこに気立てのよい妻を娶り、それなりに幸せな家庭を築いたという。また男は、老いてのち、自らの青年時代を決して人に語ろうとはしなかった。その理由を知るものはいない。もちろん、彼ご自慢の細君ですらも。


     ダ江のほとりには一人の漁師がいた。
     あるときふっと姿をくらまして、その行方を知る者はいない。漁師は粗末な茅ぶきの小屋を結び、釣り糸を垂らして暮らしていた。漁師が暮らしていたと言われる小屋はその姿を留めていないが、小屋があったらしいとされる場所は、今でもダ江の人々のうちでひそやかに語り継がれている。また、ダ江流域には晴れの日に家族総出で河原に赴き、川の神に祈りを捧げて歓飲する風習が今でも残っているという。
     或るひとのいわく、
    「ダ江の太公望どのは流謫の仙人、釣り竿一本の質素暮らし。酒を好んで月に歌う。そのしらべは、遠いえびすのふるさとの歌」
     と。
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    まさのき

    PASTポップメガンテ前後のif話です。ディーノは父さんと幸せに暮らすことでしょう。あとたくさん人が死ぬ
    生きもののにおい『まあおまえの匂いは日向のキラーパンサーってとこだな』
    『―――は―――のにおいがするよ』
    『なんだそれ。全然説明になってねえじゃねえかよ』


     
     ぼくが「こわい」って言ったら、〈とうさん〉がぼくをこわがらせるものをみんななくしてくれたので、それで、ぼくはうれしくなりました。
     
     ここに来てからは、こわいことの連続でした。
     知らないおねえちゃんや、おにいちゃんが、ぼくにこわいことをさせようとします。あぶないものを持たされたり、つきとばされたりして、ぼくはすごく心細いおもいをしました。ぼくは何回も、いやだっていったのに。
     それで、ぼくは頭の中で、「こわい人たちがぼくをいじめるから、だれか助けて」ってたくさんお願いしました。そうしたら〈とうさん〉が来てくれて、こわい人たちをみんないなくしてくれました。〈とうさん〉はすごく強くて、かっこよくて、〈とうさん〉ががおおってすると、風がたくさんふいて、地面がぐらぐらゆれます。気がついたときには、こわいおねえちゃんも、よろいを着たひとも、大きいきばのいっぱいついたモンスターも、誰もぼくをいじめなくなりました。
    1965

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