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    そこにいない二人

     辺境の國があった。國といってもそれなりに大きい村と、点在する小さな村々がら成る、吹けば飛ぶような規模の國で、名目上ヤマトの領地となってはいるが帝都との距離と國の格式から一度も内裏へ参内したことはなく、隣の國へ税と共に朝貢を預ける、せいぜいが属國の属國の扱い程度の國であった。
     そんな辺境にも帝崩御と玉座を巡るおおいくさの報はさすがに届き、八柱将ライコウと右近衛大将オシュトル、どちらの陣営につくべきかとヒトビトは顔付き合わせ、
    「勝った方につけば良かろう」
     ということになった。
     どちらの軍も自らの正統性を喧伝し、相手が國を治めることまかりならぬと喚いているが、辺境の地の民はハアソウデスカと生返事をするばかり。
     元々、帝への信仰より川の神や森の神への信仰が篤い地である。先帝の尋常ならざる威光もこんな辺境までは届かず、日々の治水や農耕に追われるヒトビトにとっては「治める頭が替わるのだな」以上の感慨はない。小さな國であったから、ライコウとオシュトル、どちらの陣営からも何も言ってこなかった。ヤマトの存亡をかけた戦いは遠い場所の話で、皇にとっては獣が畑を荒らしてゆくことの方がよほど頭の痛い問題であった。

     その年はボロギギリが出た。山を開墾していた辺境の民は必死で耕した土地を泣く泣く手放し、ボロギギリに喰わせるため――ヒトの身代わりに誰のペルコを潰そうかとぼそぼそと話し合った。
     余所者が村を訪れたのは、そんなときであった。
     一夜の宿を求めた二人を、皇は家に泊めてやり、返礼に辺境まではなかなか届かない余所の土地の話を聞いた。
     そんな中である。ボロギギリの話になったのは。
     余所者の片方が、己れが害獣を退治してもいい、と言い出したのだ。皇は驚き、余所者の連れは何事かを咎めたりかきくどいたりしていたが、最終的に「やらせてみよう」ということになった。余所者である。死んだところで困りもしない。
     村の衆を幾人か手伝いという名の見張りにつけ、余所者を山に向かわせた。
     そしてボロギギリは退治された。
     目を丸くする皇に、村の衆は興奮気味に様子を語る。余所者の大男、彼はボロギギリ相手になんと取っ組み合いを仕掛け、首を引っこ抜いてしまったのだとか。
     行きとはうって変わった低姿勢の皇が余所者の元を訪れると、むすりと黙る大男が連れの女に手当てと説教をされている最中であった。女はぐすんと洟をすすりながら傷に毒消しをすりこみ、説教を被せてまとめて包帯を巻く。「無茶をして」「まだ回復しきってはいないのだから」大男の胸から腹にかけて、これで生きているのが不思議なくらいの古い傷痕が走っていた。
     害獣退治の礼は二人とも黙って聞いていた。もう一体いるはずのボロギギリも退治して欲しいという皇の懇願は、女の方に嫌な顔をされた。つがいを殺されたボロギギリが暴れるかもしれない、と、同情と罪悪感とをちくちく刺激するように頼むと、今度は大男の方がじろりと睨んできて女がちいさく宥めた。
     一晩の交渉の末、報酬に余所者らの住まいを用意する、とのことで話がついた。身を落ち着ける場所を探している、と言ったのは女であった。皇はしばらく生活の面倒を見ると約束した。
     見つけるのに手間取ったものの、残るボロギギリも無事退治され、そうして辺境の國は開拓地の安全を、流れ者のふたりは住まいを手に入れたのであった。

     余所者には村の外れの、使っていなかった炭焼き小屋を与えた。身の回りの品と、当面の食糧も。
     彼らは皇が当初考えたよりも慎ましく、わきまえて暮らした。大男が、村の猟師が入れないような大きな獣のいる場所で獣を狩り、女が皮をなめしたり肉や脂を取ったりする。そうして皮や肉や脂を村に持ってきて、身の回りの品や食糧と交換してゆく。そういう風に、ひっそりと、静かに、二人で暮らしていた。
     猟師だったのか。いやおそらくヤマトの兵だろう。戦が嫌になって逃げてきた脱走兵と、その連れ合い。二人の素性に関してひそりひそりと噂が交わされ、なにかの弾みで女が一度頷いたので、それで皇たちは納得した。同時に、ヤマトの兵が脱走兵を連れ戻しに来ると困るなあと思った。庇いだてする度量はないが、大男の腕っぷしも、女の持ってくる皮や肉や脂も、手放すには惜しかった。
     季節が進む毎に余所者ふたりは村に馴染んだ。大男は無愛想だがたまに森で見つけてきた果実を村の子供に投げ渡した。女の方は働き者で愛想が良かった。厳しい冬を、村は去年よりも多い毛皮と肉と脂とでほんの少し楽に乗り切った。おおいくさはどうやら終わったらしかった。脱走兵を処断しに来る者はついぞ現れなかった。

     幾つかの季節の末、大男が病を得た。女はもう獣の皮も肉も脂も持ってこれないからと、村で手仕事を求めた。繕い物でも肥汲みでも、女は文句も言わず黙々とやった。同情した女衆が病に効くという薬湯や新しい着物を渡してやると、深く頭を下げた。

     皇が最後に大男を見かけたとき、彼はすっかり肉を落とし、杖と傍らの女の支えでようやっと歩いている状態だった。
     燃え盛るような夕射しの下を、二人の余所者が、ゆっくり、ゆっくりと歩いていた。大男の手入れの悪い蓬髪があかがねの色に染まっていた。広い背に回る細腕が、ゆらめくように震えていた。

     余所者の一人が死んでしばらくは、連れは炭焼き小屋に住んでいたが、ある日ふらりと村を去った。それきり村の誰も彼女の姿を見ていない。村の墓地に、花が供えてあった。
     花の下に何かを埋めたような真新しい盛り土があったが、村の誰も気づかなかった。

     ヤマトの帝が替わってしばらくして、帝都からヒトがやってきた。隣國で私腹を肥やしていた代官を成敗したという彼らの噂は辺境の地にも届いていた。
    「このような厳しい土地を拓くには並々ならぬ尽力があったであろう」
     しみじみと感じ入る少女――年若いが一行の中では最もえらいらしい――に、皇は「ハアソウデスカ」とは勿論言わず「勿体ない御言葉です」と頭を下げた。
    「この辺りには大獣が出ると聞いていたが、山まで畑を拡げているのだな」
     片耳欠けの男の言葉に皇は「ああ、それですか」
    「強い猟師がいましてね。厄介な獣を端から退治してくれたんでさ。お蔭で畑が拡げられました」
    「ほう、余程腕の立つ御仁なのだな。会ってみたいものだ」
     ニヤリと笑う男に気圧されつつ、皇は首を横に振る。
    「実はしばらく前に死んじまったんで」
    「それは残念ですね……」
     弓を携えた少年が嘆息し、見事な巻き毛の女が「アン様、そろそろ」と声を掛けた。
    「分かっておる。では皇よ、しばし村を見せてもらうぞ」
    「ははあッ」
     尊大な少女ら一行を迎え、見送り。辺境の暮らしは何も変わらない。帝が替わろうと。誰が死のうと、生きようと。
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