なんて不味そうに飯を食う輩だと思った。
仏頂面は常のこととして、そのご面相で汁でもお菜でも流し込むようにかっくらうのは、如何にも「腹を満たせればそれで良し」の風体で、料理人が作り甲斐がないと嘆くのも当然というもの。
とはいえさすがのカイレも雇い主に「飯が不味くなるからもっと美味そうに食えないんですか」とは言いづらい。主は唯でさえ気難しいヒトなのだ。
そんなある日のことである。
夏間近の時分、夕方になっても暑気は引かず、気分だけでも涼しげなものをと料理人があれこれ工夫した料理が卓に並ぶ。将と采配師の二人だけの食卓なのでそう品目は多くない。とにかく量をと積まれたアマムニィに、魚団子の冷やし汁、酸っぱさが食欲を誘う酢の物。
主がいつものように汁椀を掴み呷ったところで、急なおとないがあった。今度同じ任につく武将からの使者が手紙を持って来て、歓待は要らないが早急に返事が欲しいと言う。
仕方なく下人に応対を任せ、食卓の料理をそのままに主と二人して内容を確認し、返信をしたため最後に主本人に署名と花押を記させる。
文字の練習を始める前に比べると随分とそれらしくなったなあ、と、将の教師役でもある采配師は感慨深く眺め、使者へと返事を渡しに向かった。
突然の来客を片付け食卓に戻る。と。
つん、と、酸っぱい臭いが鼻をついた。
「うわ」
思わず声に出し、臭いの発生源を探す。すぐに見つかった。将の前の、酢の物の入った小鉢だ。この暑気でいたんだのか? ないがしろにされた料理人が腹に据えかね酢をぶちまけたか? 運んできた当初は普通だったのだからどちらも有り得ない。失礼します、断り小鉢を手に取る。
「ぬっる!」
いや、温いどころかほんのりと温かい。余計な熱が酢の臭気を押し上げてくる。中の細切りの瓜も水で戻した海草もこころなしか萎れている。
「なんですかコレ」
「我の火神だ」
は?と首を傾げると、主は眉間に皺を寄せ応える。
「我が炎は全てを焼き尽くす」
「はあ」
「料理も例外に非ず……冷菜は我が熱に耐えられぬ」
主の大きな手が小鉢を取り、酢くさい和え物を口に放り込む。
「酸っぱくないですか」
「喰える」
はあ、と生返事をする。主はアマムニィを呑む。
――ああ、躰の熱で料理が温まるから、冷たい料理をじっくり味わう余裕がないのか。
なんとなく己れのぶんの酢の物を口にする。しゃっきりとした瓜に甘酸っぱい酢が絡み、するすると喉を落ちる感触が心地好い。
「料理人に言っておきましょう」不要、と言いかける主を遮る。「そのくらいの給金はやってますよ――貴方のために働かせましょう。それが奴らの仕事でもあるんですからね」
ぱりぱりと。口の中で瓜が砕ける。主は納得したかしていないのか、黙々とアマムニィを食らっている。
盃に満たされた酒はよく冷えて喉をきゅっと通っていって、目の前の男は同じものは味わえぬのだと思うと、清涼な辛みが鼻につんときた。