Unknown⑤ そのまま暫く、何をするでもなく、ただ起きていて、それからちゃんと眠って、そして次の日──僕は変わらなかった、変えなかった、絶対に何ひとつとして、変えないようにしたんだ。
それでも何処か少しぐらい違っているかもしれないし、そこに、僕が気付いたように先輩も気付くかもしれない。その可能性は頭にあったし、昨日の今日で先輩にもぎこちなさがあったっておかしくないと思っていた。
実際出勤して最初に会ったとき、いつもどおりに挨拶したら先輩は一瞬、大きく目を見開いたし、返答もやっぱり一拍遅かった。
その反応に僕はまた息苦しくなった、だけど。
それでも僕は、そのあとも、前日の件には絶対触れなかったし普段と同じように振る舞った。
そうすると決めたから。
見過ごしていた感覚をようやく拾い上げて、正面から向き合ったっていったって、たった一晩ではまだ僕の内側にまでそれは馴染んでいない。そんな不安定な状態でもう一度先輩の内側に手を伸ばすのは、やってはいけないこと、という以前に、僕自身が嫌だった、したくないと思った。
今の僕は、外側からの力で──先輩の言葉があってようやく──動いている。それがなければ気付かないまま過ごしていた可能性だって多分にある。
ともすれば、好きだと言われたから自分も好きだと思い込んでいるとしても、それを否定できない。
それぐらい、見付けた『つもり』になっているこの感情は、朧げで儚くて頼りない、ものだ。
そんな状態で、僕は先輩に何が出来る?
昨日言われてよくよく考えてみたら僕も好きでした、なんて言おうものなら、浅い想いの付け焼き刃で先輩の傷を更に抉るだけだ。
端っから否定するつもりのこんな思い付きすら一瞬浮かべただけで自分に酷く腹が立つ。
また先輩に、あんな、無理した笑顔はさせたくない。
だから──絶対に、何も変えないと決めたんだ。
自分の中でこの感情が全部飲み込めるまで。
見付けたばかりで、輪郭も曖昧で、抱えているだけで浮き足立ってしまうこの──今は未知な想いが何であるか、自信を持って言えるまで。
分からない。それがいつになるかも、本当にそんな日が来るかも。そしてそれまで先輩を待たせてしまうのか、そもそも待っていてくれるのかも、何もかも。
だから僕は、少なくとも先輩が好きになってくれた僕を、絶対に崩さないでいようと、決心したんだ。