平和軸マイイザ真一郎がいて、エマがいて、トーマンの皆もいる、でも。
イザナだけが足りない。
エマの話を覚えていた、施設に行ったイザナという名前の兄がいると。
真一郎がふらりと出かけて行った時にこっそり後をついて行ったのに、救いようねぇだろと突き放された記憶が足を止めさせた。
遠目で見た嬉しそうなイザナの顔、今はみんないるから、オレはそれで幸せだから、イザナだけのお兄ちゃんでいてやってよ。
そんな風にイザナは幸せだと思っていた、オレの知らないところで真一郎がイザナのお兄ちゃんでいてくれていると。
会うべきじゃないと思いながら横浜の街を歩いていた、イザナが育った街を見てみたくて。
何の計画も無しに散策してもすれ違う可能性すらないと安心していた。
公園に足を踏み入れるとベンチに先客がいた、真っ白な髪と褐色の肌、大きな紫の瞳、見覚えのあるその姿は酷く見窄らしいものに変質してしまっていた。
「イザナ…?」
伸ばしっぱなしの髪の毛、まばらに生えた髭。
薄汚れたスウェットと梅雨の肌寒い季節にサンダルの素足を縮こめていた。
なんで、なにがあったの。
くしゃくしゃのビニール袋から取り出した食べかけの弁当を口にしようとしたイザナに声をかける。
「イザナ…!」
「……!」
「お前、イザナだろ、オレのこと分かるか?真一郎とエマなら分かるだろ?」
イザナは何も答えない、でも逃げるわけでもなかった。
ただ、オレを見てにこりと笑って頷いてくれた。
「イザナ、オレと一緒にきてくれよ、エマも真一郎もイザナにきっと会いたいと思っているから。」
やっぱり何もイザナは答えなかった、行こと半ば強引に手をひくとイザナはそのままついてきた。
振り解かれると思っていたのに、顔を見れば嬉しそうに笑っていた。
真一郎がいるから大丈夫だと思っていたのに結局イザナはひとりぼっちだった。
ねぇ、オレが憎くないの?
イザナをバブに乗せると佐野家に向けてひた走った、ギュッと掴まってくるイザナの体温を感じながら横浜を後にした。
家についてイザナを家にあげたけれど、じいちゃんも真一郎もエマもいなかった。
誰かが帰ってきたらちゃんと話せばいいと先にイザナを風呂場に連れていった、ぼさぼさになった髪を梳かせば褐色の肌に映える白銀がイザナの肩に触れた。
服脱げる?とまるで小さい子にいうように促せば汚れた服を脱いでいった、その間に着替えを取りに走る、オレの服だけど我慢してくれよな。
風呂に入れない訳じゃないと思ったけれど笑うか頷くだけのイザナが心配で、一緒に入ろうかという問いかけにイザナは頷いた。
「イザナは嫌かもしれないけどオレが髪の毛とか洗っていい?」
はいかいいえは示してくれる、だからちゃんと聞いてイザナの嫌がることはしないように、嫌になったらすぐに教えてくれよと、少し考えてからイザナは頷いた。
椅子に座らせてぬるめのシャワーをイザナに浴びせる、外の肌寒さに冷たくなった身体を少しでも早く温めてやりたかった。
「あまり触られたくないだろうし前はイザナで洗って?」
背中を洗っていたスポンジを手渡すとゆっくりと身体を洗い始める。
しゃかしゃかとシャンプーを泡立てる、水に濡れた髪に泡を絡ませて丁寧に洗い流せばきらきらと銀糸が煌めく。
仕上げに顔を洗って伸びた髭を剃ってやれば髪の毛は長いけどいつか見たイザナが其処にいた。
「ほら、あったまろ、イザナ。」
ちゃぷんと浴槽に浸かる、一緒に入るべきだったかとか考えるのはやめた。