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    saaroinkarubi

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    saaroinkarubi

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    太刀忍。
    忍田さんがなにやら香水をつけている話。

    #太刀忍
    taijutsuShinobu

    試供品、ノベルティ、差し入れ、お見舞い、お下がり、私的なプレゼント。
    いや、まさかな。脳内に挙げつらった可能性の、そのどれもがしっくりこなくて、太刀川はさてと首を捻った。
    と、同時に、轟音がブオンと太刀川の左耳を掠めていく。たった今まで自分の頭部が存在していた場所を、巨大な虫の脚が撫でていった風切り音だった。宙で蠢くモールモッドの脚を、太刀川は横目で見守る。見守りながら、自分の右肩目掛けて飛んできた鋭利なブレードへ、弧月を振り落とした。
    モールモッドが、身体の一部を失った怒りにか咆哮を上げる。白い怪物は勢いのまま、最後の一本となった左足部のブレードを、軋みと共に高く掲げた。その一矢が振り下ろされるのも待たず、太刀川は孤月を怪物の脳天へと突き立てる。そしてモールモッドの活動停止を目視で確認した後、おもむろに、溜め息をついてみせた。
    溜め息は無意識に漏れたもので、殊の外に太刀川を驚かせた。まさか戦闘中に自分が、思考の一端を、無為に行動へ乗せてしまうとは。驚きつつも即座に反省し、油断大敵、と自分にしては最短の思考速度で、やや背筋を伸ばしたつもりだったが。
    そんな太刀川のもとに届いたのは、しかし非常に嫌な予感のする、一件の通信だった。
    クセで即時開始してしまった通信の先にいたのは、予想通り。ここ最近、いや数年だろうか、とにかくずっと、太刀川の脳内を占領する存在であるところの、忍田さんであった。

    「慶」
    「はい」
    「後ろだ」
    「わかってるって」

    太刀川は軽口を叩くと、モールモッドの脳天に突き刺した弧月を支えに、ぐらりと上体をのけ反らせる。今の今まで自分の頭部が存在していた場所を、背後から急襲してきた別個体のモールモッドが、凄まじい勢いで八つ裂きにしていった。
    太刀川は、す、とひとつ息を吸い込むと、既に活動停止させたモールモッドの頭部を蹴り上げる。勢いを利用し弧月を抜き取ったかと思えば、そのまま、軽やかに宙に翻った。モールモッドの猛攻を全て空中で捌ききり、そして。
    脳天に一撃、二撃。ついでに自身の長い脚でおまけの三撃めを食らわして、見事再び、怪物を活動停止させてみせた。
    のに。通信先のお師匠さんはまだまだご機嫌斜めらしく、太刀川の耳にはお叱りの声が浴びせかけられる。

    「緩い」
    「そう見えます?」

    太刀川が緩んだ声音を呈すと、通信先からは短い嘆息が返ってきた。大量発生したモールモッドの撃破数カウントで、現状誰が一位なのか。忍田さんも重々承知なのだろう。
    嘆息に満足した太刀川は、忍田さんから飛ばされる指示を大人しく呑み込んでいく。素早く完了されようとしていた通信の終わりかけ、忍田さんは再び嘆息を漏らしたかと思えば、こう付け加えた。

    「心ここにあらずなように見受けられるが、油断するなよ」
    「………太刀川、了解」

    よっぽど。本部長殿のことで頭がいっぱいなのであります、と公開通信にて、ぶちまけてやろうかと思ったが。
    太刀川は立派な大人であるので、へらへらと了解を返し通信を終了した。
    その後、太刀川はフラストレーションを刃に乗せ、モールモッドを斬って、斬って、斬りまくった。疲労で全身がずしりと重くなるくらい、さんざんに。
    すると不思議と頭の中がすっきりと冴え渡ってきて、忍田さんに聞けば早い、との非常にシンプルな答えに辿り着くことができた。
    思いつきのまま、太刀川は戦場から本部長室へと、まっすぐにとって帰る。ついでに寝さしてもらおうと、太刀川が部長室の続きの仮眠部屋に侵入さる折。忍田さんは太刀川の予想より存外早く、本部長室へ姿を現したのだった。
    侵入者の姿を確認し、長い溜め息を漏らす忍田さんに太刀川は誤魔化しの笑顔を向ける。そして、忍田さんの綺麗な唇がお説教に歪む前にと、朝方から自分を悩ませている悩みを吐露してみせた。

    「なんで香水つけてんの」
    「は?」
    「香水だよ、香水。今朝からつけてるやつ」

    太刀川の問いを受け、忍田さんはぱちぱちと瞬き視線を下げる。どうやら、思考モードに入ったらしい。しかし考えるべくもない問いだったのか、忍田さんの視線は、すぐさま真っ直ぐ浮かび上がった。白目の澄む両眼は、目尻を下げている。一応と眉間に皺を寄せてはいたものの、忍田さんは確かに笑っていた。綺麗な唇が、呆れと可笑しさ、両方を滲ませた声を溢す。

    「おまえ、まさか」
    「うん。謎の香水のせいで、フショー太刀川慶、心ここにあらずでありました」

    太刀川の反省の弁を遮るように、忍田さんが、長い長い溜め息を漏らす。
    本部長室に響いたそれに太刀川が首を傾げていると、溜め息の後にはまた、忍田さんの笑いを含んだ声が続いた。

    「広報活動の一環だよ。スポンサーに、香水の共同開発を申し込んできた企業があってな。アンケート回答やらなにやらのため、実生活で試用しているんだ」
    「なんで忍田さんが関わってんだ?」
    「さあ。あちらのご指名だから、なんとも」
    「ふーん」

    なるほど、スポンサーとのタイアップ品。そう納得しながら、思い至ることも可能であった答えまで辿り着けなかった自身を、太刀川は心内で密かに叱責した。同時にしかし、としっかり言い訳もする。
    忍田さん自身は確かに、広報活動に対し積極的な人だ。市民との距離が近い人だし、実効のためのバイタリティだって凄まじい。けれどそもそも、多忙に次ぐ多忙な上層部に、広報活動任務が回されることは、珍しいはずだった。よっぽどハイリターンなのか、それとも指名の声が熱烈だったのか。
    太刀川が顎に手を当てて思考に耽っていると、忍田さんがなにやら軽い足取りで近付いてきた。

    「来なさい、サンプルがあるんだ」

    不自然に上機嫌な忍田さんが、部長室に続く仮眠部屋に足を向けながら、太刀川を誘う。疑問を感じつつも背ける訳もなく、太刀川は忍田さんに続いて、仮眠部屋へと入室した。途端に背後で自動扉が音もなく閉まり、困惑する。
    仮眠室の、この扉がロックされる、ということは。

    「蠱惑的、なんだそうだ」
    「は?」
    忍田さんは、太刀川に背を向けたまま、ジャケットを脱いでみせた。
    現れた白シャツに、どうして、なんて問いが浮かぶほど太刀川は初心ではない。けれど、瞬く間にかあと熱を持った自身の肉体の正直さを、憎らしく思う程度には、まだ幼かった。
    太刀川の惑いを無視して、一人楽しそうな忍田さんはくるりと振り向いてみせる。つ、と伸ばされた指先で、忍田さんに顎髭を弄ばれる興奮に、太刀川は眉根を寄せた。

    「手首にもつけていたんだが、まだ香るかな」

    忍田さんの、研ぎ澄まされた腱の目立つ手首。
    ただでさえ噛みつきたくなる手首からは、先ほどからずっと、甘い香りが立ち昇っている。甘い、匂いだ。鼻をくすぐる香りに太刀川が目を眇めた、その時。
    忍田さんはやにわに太刀川の腕の中に飛び込んできて、そして。太刀川にキスをした。
    触れるだけ、掠めるだけのキスではなくて、大人のそれだった。
    驚く太刀川の隙をついて、忍田さんの骨張った親指が口内に侵入してくる。指で乱暴に開かされた唇を、ずるりと舌先で慰められ、無理やりに興奮の火を放たれる心地だった。
    太刀川も負けじと自身の舌先を蠢かしたものの。いつもと違う、忍田さんの甘さをまとう舌先の、痺れるような柔らかさに、防戦を強いられる一方だった。
    くちゅ、ぢゅ、ちゅぷん、と、頭にやけに響く水音に、違和感を抱く頃には。太刀川の両耳はいつの間にか忍田さんの手でホールドされ、逃げ場はどこにも、残されていなかった。
    濡れ音と、甘い香り。それ以外を奪われた世界で、太刀川は、官能に瞼を震えさせる。
    いよいよ研がれた牙を剥かんと、太刀川が両腕で忍田さんの肉厚な腰をかき抱いた時。
    濃厚だった口付けは、途端に取り上げられてしまう。唐突なおあずけに、太刀川は苛立ちさえ混ぜた視線を、意地悪な人へ投げかけた。
    しかし返された眼差しの、その淫猥さに太刀川は息を呑む。腕の中に在る、ひどく淫らで美しい痴態に、太刀川は都合よく苛立ちを忘れた。興奮だけを抱え黒い瞳を覗き込めば、濡れた囁きが唇に触れる。

    「っ…、蠱惑的、なんだそうだ」
    「うん?」
    「興奮、したか?」

    忍田さんが、囁きと共に擦り寄ってきた。
    甘い、甘すぎる香りを放ち輝く首筋が、眼前に呈される。
    太刀川は、夜の匂いにくらくらと酩酊しながら、真っ白な首筋に、牙を立てた。
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