Unchained world『刀剣男士、辞めるかい?』
あの言葉が頭をぐるぐるしている。重くのしかかる言葉に僕は眠れず、ただ海を眺めるしかできなかった。
鶴丸国永の意図が読み取れない。いつもは簡単に読み取れるのに、今回ばかりはうまくいかない。何故か、心がざわざわして痛いんだ。
「よう、誰彼てんなあ」
「豊前……と、大倶利伽羅」
「邪魔するぞ」
「やっぱりここにいたか」
「いたら悪い?」
「うんにゃ、全然。まつのことだから、食うの忘れてそうだなあと思ってよ。ほら」
豊前が僕に渡してきたのは、
「おにぎり?」
「まあ食ってみろよ!大倶利伽羅と俺で作ったから旨いぜ!」
大倶利伽羅はぷいと顔を背けた。ああ、あれが彼なりの愛情表現なのか。見ていないようで、よく周りを見ている。豊前と同じだ。
豊前はよいしょ、と言いながら僕の隣に座った。
僕は渡されたおにぎりを食べるか食べないかで悩んでしまう。正直に言えば、お腹は空いている。でも、食欲がない。
「あの、豊前……」
「ん?旨いぞ、まつのほっぺも落ちるかもな!」
豊前が太陽のように明るい笑顔を見せるから、僕はうんと頷いた。僕にとって豊前は光のように眩しい。豊前がうまいか?うまいか?という視線を向けてくるので、僕はおにぎりを一口頬張った。
「……美味しい」
「だろ?島原に来てからろくに食べてねえだろ?」
「ばれてたんだ…」
「おい、豊前」
「ん?」
「俺はほかに行くところがある。じゃあな」
「おう、鶴さんによろしくな!」
いつの間にか豊前は大倶利伽羅と仲良くなっていて、すごいなあ。
「ありがとう、豊前……。すごく、美味しいよ。優しい、豊前の味がする」
「お。そうか、そうか」
「……う、っ」
おかしいな、塩よりもしょっぱい味が目から落ちてくる。どうしよう、止まらない。ぼろぼろ、ぼろぼろ。僕の手と、おにぎりに落ちては消えていく。
「お前も誰かさんと一緒でその羽根に背負いすぎで、抱えすぎなんだよ」
僕は豊前に肩を抱き寄せられていた。突然のことで対処ができないでいた。
「僕は、僕は、っ!自分が、わからない……。鶴丸国永の言うことも分かるんだっ……」
「ああ」
「また刀を振るってしまったら、大事なものまで奪ってしまいそうで、こわい…」
「そうか」
豊前は僕の言葉に相槌を打つだけ。諭すとか、助言でもない。それが僕にとっては心地よかった。
母を探す幼子のように、豊前の胸を借りては、泣いて泣いて泣きまくった。豊前のシャツは濡れてしまったのに、彼は文句ひとつ言わない。それどころか、背中を擦ってくれたり、涙で赤くなった目元をそっと拭ってくれた。
「……海の音って、きれいだな」
「豊前もそう思うかい?」
「ああ。まつに似ててきれいで、力強ぇ」
「またそんな恥ずかしいことを…」
「ほんとだって!ほら、少し寝なさいよ。朝になったら起こしてやっから」
豊前は厚めの布を敷くと、僕を手招きする。あの、豊前はさも当たり前のように寝転がってるんだけど……それって所謂、同きんなんじゃ…。
「ほら」
そうやって両手を広げられたら、僕は逆らえない。心まで君が溢れてしまったら息ができなくなってしまいそうで、こわいんだよ。
「う……」
「よしよし、つーかまえた」
ねんねんねんねん、ねんころりん。ねんねん、ねんねん、ねんころりん。ゆうくれないの
初めて聴く子守唄だ。優しい歌声に瞼が重くなってくる。
「まつ、おやすみ」
「おやすみ……」
その日は島原に来てから初めて眠れたんだ。