ラッキースケベは突然に「おや、随分とお早いですね………どうされましたか?」
放課後、ボドゲ部の部室
部室の扉を開け、中に入って来たアズールは先に中にいた、イデアに声をかけながらそう怪訝そうに、眉を顰める。
「ど、どうもしませんけど…?」
彼の言葉にイデアは何故か、机の影に隠れアズールの方を警戒しつつそう答えた。
「………そうですか、なら椅子に座ってください、僕は今日少し予定がありまして、一時間程したら帰りますので」
何時もの奇行だろうと、アズールは流しながらそう言って、棚から短時間用のボードゲームを取り出し、イデアが隠れている机の上に置く
「りょ、了解しましたぞ…」
アズールに促され、イデアはまだ何処か警戒しながらも、おずおずと椅子に座り彼を見つめるのであった。
*****
それから一時間、最初はぎこちなかったイデアであったが時間が経つにつれて、何時もの調子を取り戻し、最終的には勝った事もあってか上機嫌にゲームを片付け、アズールと一緒に帰り支度を始める。
「……………………そう言えば、今は何時ものイデアさんに戻りましたけど、最初のアレは何だったんですか?」
流すつもりだったが、負けたのと、彼の煽りを受けて腹を立て蒸し返そうと思ったのか、少し不機嫌になりながらアズールは尋ねた。
「アレ?」
「僕がここに来た時、害獣に襲われる稚魚の様に怯えていたじゃありませんか、アレですよ、アレ」
すっかり忘れていたのだろう、不思議そうにするイデアにアズールは、呆れながらそう答える。
「あぁ…アレは、試しに作った薬…と言うか呪いの効果が出たらどうしようかと、思っていたんすわ、アズール氏が来る前に何も考えずに薬を飲んでしまって…」
「呪いを試しに作らないでもらって良いですか?………でどんな呪いなのです?」
ぼんやりとトンデモ無い事を言い出すイデアに、ますます呆れながらも、実用的な物なら自分も貰おうと思ったのか、アズールは少し興味深げに尋ねた。
「あー、ラッキースケベな呪い」
「はい?」
しかしイデアの口から出て来たのは、彼の予想遥か斜め上を行く言葉であり、ずり落ちた眼鏡を戻しながらアズールは思わず聞き返す
「いや…だから、ラッキースケベが降り掛かる呪い…だけど」
「何でそんな著しく頭が悪そうな呪いを試しに作っているのですか…」
何処か気まずそうに更に詳しく説明するイデアの言葉を聞いて、アズールは呆れを通り越して苛立ち、ため息を吐く
「て、徹夜明けのノリで…あ、ありません?そう言うの?ハイになって何時もより、ば、馬鹿な事したり…」
「ありませんね、そもそも僕が徹夜をするのは店の帳簿が合わない時くらいなので、まず徹夜自体あり得ません」
イデアの言葉をバッサリと切り捨て、アズールは眼鏡を押し上げる
「そ、そうですか…」
「それで、効果の方は如何でしたか?見たところ何も起こってないようですが」
「あぁ…うん、多分失敗…ずっとアズール氏と一緒に居たけど何も起こらないし、まぁ、男子校でラッキースケベな展開が起きても地獄でしか無いんで、良かったと言えば良かったんだけど」
「そうですね、僕も良かったです、イデアさんを訴えずに済みましたので」
アズールはそうさらりとトンデモ無い事を言いながら、部室から出る為扉へと向かう
「え、じょ、冗談…ですよね…?」
顔を引き攣らせながら、イデアも慌ててその後を追い、扉の方へと向かった。
「ご安心を訴えると言っても、実際の法廷ではなく、オクタヴィネル特別裁判を致しまして、裁判官僕、検事ジェイド、弁護士フロイドで被告人を有罪にするか、無罪にするか話し合うだけですので」
「それ全然安心出来ない‼︎裁判官がアズール氏の時点で有罪確定だし、フロイド氏多分、弁護してくれない‼︎面倒くさいから有罪で良いとか言うやつ‼︎」
部室から出て廊下を歩きながら、イデアは渾身のツッコミを入れる
機嫌が良ければフロイドは弁護してくれるかも知れないが、それでも内容には期待できないだろう
「まぁまぁ、失敗だったので良いじゃありませんか………所で」
「?」
「ラッキースケベの呪い、とはどんな事が起きるのですか?実は名前は聞いた事あるのですが、具体的内容までは知らなくて…興味もありませんでしたし」
「あー…失敗したからどこまでの範囲で怒るか分からないけど…軽い物なら相手の胸を触るとか」
「セクハラじゃ無いですか」
軽い物、と言いながら胸を触る発言をするイデアに、アズールは冷静にそう言い返す
「いやいやいや、不可抗力、不可抗力の事故ですから‼︎」
そう言いながら、イデアは何かを掴む様に指を動かしながら、前に左手を伸ばす
「こんな感じに手を伸ばしたら、自分の意思とは関係なく、相手の胸が自分の手に吸い寄せられてくるんだって」
そしてそう言い終わった瞬間
「いたっ」
階段前の踊り場、廊下が十字路になっている部分、イデアの左側、廊下の曲がり角になっている所から突然ユウが出てきて彼の左手にぶつかった。
「あ」
「おや」
二人は出て来たユウではなく、イデアの手がぶつかった場所、彼女の右胸を見て思わず声を上げる。
「…………………………………………」
掴もうとして指を動かしていたせいか、ユウの右胸に当たったイデアの左手はガッチリ、サラシか何かで潰しているのか、それとも元々平なのか分からない彼女の平たい胸を掴んでいた。
「「「…………………………………」」」
それを視認した瞬間、三人の時が止まる
どちらも今起こった事が、理解できないのか、驚き叫ぶ事もせず、ひたすら無の表情でユウの右胸を見つめるのだが
「……………………す、すみません…離してもらっても良いですか…」
被害者故に時間が動き出すのが早かったのだろう、ユウは顔を赤らめながら、何故か動かないイデアの左手を掴み引き離そうとして、そう言った。
「っ⁉︎………………………………ごめん」
ユウにそう言われ、イデアは電力が走ったかの様に、彼女の右胸から手を離し、距離を取る。
そして隣にいたアズールはそんな彼の耳元に、口を近づけ
「イデアさん…これは…」
そう神妙な顔で耳打ちし
「……………………ラッキースケベだ…」
アズールの問いに同じ様に神妙な顔付きでイデアはアホみたいな事を言うのだった。
「やはりラッキースケベ…でも、失敗した筈では…?」
何がやはりなのか、引き続き神妙な顔で頷くアズールだったが、その会話の内容は著しくアホである
「多分…ユウ氏が女の子だから…異性にしか反応しないんだ…この呪い」
「なるほど、ウチが共学校だったら高く売れそうですね…」
そのかわりとてつもない事件が起きそうだが、その辺の事もアズールは考えているのだろうか、目付きが完全に商売モードになっていた。
「………あ、あの…」
そんな神妙な顔付きをした二人を見て、ユウは何処か気まずそうな雰囲気を出しながら
「それじゃあ…僕はこれで…」
二人の横を通り過ぎ、階段を降りる
「えぇ、イデアさんが失礼しました」
そう何時もの支配人スマイルでユウを見送るアズールであったが
「後を追いますよ、イデアさん」
直ぐ様、イデアの腕を掴みユウに続いて、階段を降りるよう促す
「え…」
「本当に呪いの所為なのか、そして呪いがどの程度まで発生するのか検証するのです…イデアさんもラッキースケベの対象が女性なら、特に問題は無いでしょ?」
何か考え事をしていたのか、ぼんやりしていたイデアにそう説明をしながら、アズールは階段を降り始める。
「ま、まぁ…確かにそうなんだけど…」
何故かノリノリのアズールに困惑しながらも、イデアは彼の後に続き、階段を降り、二人でユウを追いかけ始めた。
*****
自分について来る二人をユウはチラチラと振り返りながら
そんなユウを安心させる為、アズールは支配人スマイルを、イデアは気まずそうに目を逸らし、暫く階段を降りる三人だったが
「アズール〜」
突然フロイドが上の階の手摺りから顔を出したかと思うと
「フロイド、こんな所で何を
「あぶねーから、避けた方が良いよ」
ゆるっと何時もの調子で、アズールにそう警告する。
「は?」
フロイドの突然の言葉に、アズールは眉間に皺を寄せ聞き返そうとするが
「フロイド先輩ちゃんと受け止めて‼︎」
その前にエースの焦った声と同時、階段を何やら硬い物が転がり落ちるけたたましい音とスーパーボールの如く、階段中を跳ね回るバスケットボールが階段を降りる三人の背中に迫っていた。
「もっと緊迫感を持って言えぇぇぇ‼︎」
緊張感がない悪友にそう文句を叫びながら、アズールはマジカルペンを取り出してバスケットボールを迎え撃つ
先を歩いていた、イデアも慌てて髑髏型のユニットを取り出そうとしたが
「ぶっ⁉︎」
その前にバスケットボールが顔面に飛んできて、そのまま後ろに倒れ落ち
「えっ⁉︎」
倒れた先、そこにはユウが手摺りにしがみついていた。
*****
顔が痛かった、正確には鼻のあたりが熱く、鼻血が出ていないのが、奇跡だろう
(ついてない…)
そう思いながら、イデアは手を動かす、体は不思議とあまり痛みが無く、顔や手から伝わる感触から察するに自分は床の上では無く、何かの上に倒れている。
物を確かめる為、手を撫でる様に左右に動かすと、下にある何かがびくりと動いたのが分かった。
(?)
布の様な手触りに柔らかいコレは何だろと、イデアは不思議に思いながら目をゆっくりと開ける。
最初に見えて来たのは、黒、よく見るとそれは制服のズボンであり、縫い目から察するに股グリの部分だろう
「……………………」
その時点でイデアは嫌な予感を感じる、自分が気を失う瞬間、最後に見たのは誰だったか、自分が今かかってる呪いは何だったか
そんな事を思いながら、恐る恐るゆっくりとイデアは視線を徐々に上へと動かす
次に見えたのは、ズボンのファスナー、そしてベルト、シャツと見えていき
「…………………………………………」
「…………………………………………」
最初的には、自分の股に顔を埋め寝ているイデアを、愕然と顔を真っ赤にしながら見つめているユウと目があった。
「…………………………………………」
思わずイデアはまた何か、ユウの内ももを撫でる
「っ⁉︎」
するとくすぐったいのか、ユウは顔を顰め、びくりと体を震わせた。
*****
「監督生とイデア先輩…何かラブコメ見たいになってんだけど…普通落ちただけであぁなるもん?」
そう独り言を呟きながら、エースは階段を降りて二人を助け起こしに行く
「…………………………………………」
アズールはそんなエースを見送りながら、ボールカゴを魔法で階段下に下ろすフロイドの方を振り向き
「フロイド」
「ん〜?」
「僕は少し急用が出来た為、話し合いには参加できないとジェイドに伝えてください」
「え〜?別に良いけど、新商品どうすんの?また明日?」
「いえ、二人で決めてもらって結構です、どんな物になっても僕は文句言いません」
「マジで?やった〜‼︎」
アズールの言う事を深く追求せずに、フロイドは無邪気に喜び、転がったバスケットボールをマジカルペンを振ってカゴの中に放り込んでいく
「ゴッ⁉︎」
一つが在らぬ方向に飛び、起き上がりかけたイデアの背中にあたり、またユウの上に覆い被さる様に倒れる
そんな光景を見ながらアズールは
(今のままでは使い難いですが、上手く調整すればあの呪い…絶対商売になる‼︎その為にもイデアさんとユウさんの動向を観察しないと…‼︎)
眼鏡を光らせ、心の中でそう商魂逞しい言葉を叫びながらアズールは階段を降りた。
そしてエースの手を借りて、ヨロヨロと立ち上がるイデアと、まだ顔を赤くしながら呆然とへたり込むユウに近づくと
「すみません、ユウさん…先程に引き続き、イデアさんが失礼な真似を…」
優しくも胡散臭い笑顔を浮かべ、彼女を立ち上がらせようと手を取る。
「い、いえ…大丈夫です…た、大した事ありませんし…」
彼の手を取りながら立ち上がり、ユウは苦笑いを浮かべそう答えた。
彼女の心境を考えると大した事ある事なのだろうが、近くに自分を男だと思っているエースがいるので、そう答えるしかないのだろう
「いいえ、大した事ありますとも!男同士で事故とは言えセクハラはセクハラ、イデアさんは貴女に対するセクハラの件で、僕は自寮生の起こしたトラブルを寮長として未然に防げなかった事で、ユウさんに何か償いをさせてください」
眼鏡のつるが顔の幅と比べて緩いのだろうかと言うくらい眼鏡を、押し上げながらアズールは怪しさ120%の営業トークでスラスラと喋り、ユウに詰め寄る
「い、いえ、ほんと気にしてな
「ところでユウさん、何やらお急ぎの様でしたが…この後何かご用事でも?」
押しに弱いユウと自分の交渉を円滑に進める為か、アズールは彼女の言葉を遮り、そう尋ねた。
「へ⁉︎あ、はい…図書館で調べ物を…」
「それはそれは、好都…いえ、丁度良いではありませんか、その調べ物、僕とイデアさんにも手伝わせてください」