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    nanndemo_monyo

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    リンレトの前書いたやつの続き。ハンネマン大活躍回ですがハンネマンへの理解が浅くて申し訳ない。

    #リンレト
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     士官学校の志願はつつがなく了承され、リンハルトはめでたく修道院の門をくぐった。それから、入学志願生に紛れている「先生」と出会うまでは、それほど時間はかからなかった。
    「見たことのない模様ですねえ」
    「そうであろう? 吾輩も長年研究をしているがね、ここ百年ほどに見られた紋章のどれとも似ていないのだよ。ここに収められている文献も確認したが、やはり見当たらない」
     実に興味深いが、しかし……と、ハンネマン教授は思索に没頭し始めた。高名な紋章学者である彼は、入学初日にその門戸をたたいたリンハルトに怪訝な顔をした。生徒からの指導志願は自由に許可されているが、まだ講義は一つも始まっておらず、ただの物見湯山かと考えられたためである。しかしながら、しばらく言葉を交わすと、その認識は無事改められたようだった。
    紋章に多大な興味を持ち、知識量も同世代からかけ離れているリンハルトを、一人の先達は無事歓迎したらしい。いつでも来なさい、とまでは言わなかったが(学者という生き物は多くが自分本位であるからだ)、また来ると良い、と彼らしからぬ気安さで告げたのだった。しかし、リンハルトの担任はハンネマンではなかった。今まさに二人の中心に掲げられた、奇特な紋章を持つ人物だ。机上に顔を突き合わせた二人をよそに、こんこん、と小さなノックの音がした。
    「聞きたいことがあるんだが」
    「ああ、ベレト君か。構わない」
     リンハルトはぱっと顔を上げた。入学の際には気に留めなかった、あの紋章の持ち主が来室している。ドアをくぐると、黒衣に身を包んだ男が、同じくこちらに目を向けていた。
    「リンハルト」
     一見して、特異な特徴がある人物ではない。修道院には珍しい黒づくめの装束と、切れ長の瞳が目に留まる、くらいだろうか。肌はさほど日に焼けていないが、身のこなしからはなんとなく、無駄のなさがみられる気がした。上背もリンハルトとさほど変わらないが、体にブレがないから、恐らくかなり鍛えられて、
    「リンハルト、近い」
     肩を押されて初めて、リンハルトは自分が身を乗り出して彼を凝視していることに気づいた。
    「あ、すみません。ちょっと気が逸りまして」
    「いや、構わない」
     距離を取っても変わらず不躾な視線に、彼はそれ以上特に驚きも、一歩引いたりもしなかった。雰囲気こそ凡人というわけではないが、あからさまに特殊な生まれの人間だとは今思えなかった。紋章はこれまで血統遺伝とされてきた。貴族の子息から想定していなかった紋章が出ることはあれど、その後明らかになるのは大抵、先代の不貞や不祥事ばかりだという。つまり全く未知の紋章が生まれる可能性なんて、この時代においてはほとんどない、はずだったのだ。彼がガルグ=マクに訪れるまでは。
    「僕は貴方に興味があるんです」
     息せききるようにして出た言葉は上ずっていた。初対面の彼にそれが伝わってこそいないだろうけれど、冗談で言っているわけでないのはわかるgはずだ。生物らしさを感じさせない静かな唇が、リンハルトの言葉を繰り返す。
    「興味」
    「それは紋章に、の間違いではないかね」
     横から口を出したハンネマンは呆れ気味だったが、止めるつもりもないらしい。そりゃそうだ。この部屋で、あるいはこのフォドラ中で、彼の紋章学上の重要性を一番深く噛みしめている二人と言ってもいいからだ。
    「そうです。けど、紋章と人間とは切り離せませんからね。だから貴方自身のことも、是非今度調べさせてください」
    「……調べても、何も出てこないと思うが」
     口ぶりに迷いはない。それでも、控えめな言葉で食い下がるほど、リンハルトの好奇心は大人しくしていられなかった。
    「それでも、僕はいつでも、貴方を好きに調べられる機会を待ってますから」
    「…………わかった」
     えっ、と零しそうになったのはリンハルトの方だ。先生は軽くうなずいて、「ただ、すぐにとはいかない。しばらくはこちらも忙しないから」とそつなく答えた。嘘でも、遠慮やごまかしでもないような気がした。まるで感情の読み取れない人なのに、澄んだ泉をのぞき込んでいるような、奇妙な素直さを覗かせる人だった。
    「……そろそろジェラルトと落ち合わせる時間だ。また」
     そう踵を返す背はまっすぐに伸びている。傭兵上がりにしては随分と、粗野なところのない人物だなと、リンハルトは無言で見送りながら思った。

     しかしそれ以降、リンハルトと彼がじっくりと話す機会はなかなか掴めなかった。
    ばさりと羊皮紙が床に落ちた。拾い集めながら、筆跡になぜか見覚えがあることに気が付いて、リンハルトは拾い上げた一枚を凝視した。温室のあたりでうとうとしていると、視界の端に黒衣の男が映った。これで何度、釣り堀周囲を歩く彼を見かけたことだろう。一日で何度通っているか、最初は数えていたがもうやめてしまった。あの口数の少なさからは考えられない積極性で、彼は修道院のあちらこちらを駆け回っていた。
    「ずいぶん働き者なんだなあ」
     ふわ、とあくびが口をついて出る。ここしばらくはリンハルト自身、書庫で初めて見かけた魔道の専門書を読むのに夢中になっていた。主に読んでいるのは夜なので、表立ってはほぼ寝ているのだが。ありようだけを見れば、完全に真逆の性質だ。おかげでこちらがちらほらと見かける以外は、ろくに身辺調査もできていない状態だ。まあ、今はどうせ読書に時間を割きたいので、別に不都合はない。ハンネマン先生の調査も思うようにいっていないようだし、ちょうどいい余暇と言ってもよかった。
    「……というか、思ったより結構、動いてるよなあ……」
     正直、もっと自分は怠惰に、好きに過ごす気だったのだ。好きなことだけを、妨げなくする時間が欲しかった。リンハルトがここに来た理由のほとんどはそれだ。目論見通り、ある程度は好きなように動いているのだが、なんだかんだ言って課題なんかもこなしているし、授業もまあ、寝過ごしがちではあるが、出席している。それもこれも、意外にも干渉してくる我の強い生徒たちと、まめまめしく世話を焼きに来るあの先生のせいだった。ただ、本気で嫌であればいくらでも逃げる方法はある。それをしないでいるあたり、そこまで悪くないとどこかで思っている気もしていた。
    「……でも、やっぱり、眠いものは眠いしね……」
     やはり二徹はあんまり頻繁にしないほうがいい。足元にまとわりついてくる野良猫たちを除けながら、リンハルトは寮の自室へと向かっていた。日差しはうららかで、風が適度に吹いているのが心地よい。一階だろうと、風通しと利便性を選んで正解だったな、と最近はとみに思う。まあ、忙しない幼馴染や、何かと小言の多い級長からも通いやすいのはちょっと問題だが。
    そんなことを考えていたので、向こう側から歩いて来る人物のことを、リンハルトは視界に入れていなかった。
    「……ッ」
    「うわ、」
     ふらり、とすれ違いざま大きく傾いた体が、不意にそのまま固まった。来ない衝撃に驚いて目を開けると、至近距離に学級担任の先生がいた。
    「ふらふらしてたが……大丈夫か?」
    「ああ、どうも、ありがとうございます……」
     お姫様だっこのような姿勢で抱き留められていることをつっこむものは誰もいなかった。そろりと下ろされると、辺りに紙が散らばっているのに気づく。忙しい彼が手ぶらで歩くとも思えないので、きっと咄嗟にすべて手放して受け止めてくれたのだろう。
    「これ、全部先生のですよね」
    「ああ。すまないな」
    「それにしてもすごい量ですねえ」
     生徒の記入済みの小テスト、妙に細かく添え文がされた生徒名簿、新しい騎士団の構成員の書類など、種類も多岐にわたる。拾い集めているうちに、リンハルトはそこに何枚か、見覚えのある筆跡があるのに気が付いた。
    「……なんでこれを?」
     随分前、入学当初に間違って提出したリンハルトの論文は、一枚も欠けずにそこにあるようだった。確か入学前の志願書を出すつもりが、紋章学への熱意にすり替わり、結局その時の研究成果を書き連ねただけのものになった気がする。内容は優れているが趣旨が異なりすぎる、とハンネマンからコメントされていたことまで、しっかりと記憶に残っているのだが。
    「君が書いたんだろう」
    「そうですけど……。それ、もう評定終わってますよね?」
    「ああ。というか、評価の担当は自分じゃない。入学時の査定より、自分がここに来るのは遅かった」
    「じゃあ、猶更不思議ですよ。何で今になって読んでるんですか?」
    「本気で書いたんだろう、これは」
    「そうですけど、」
     何故わかるのだろう、と疑問が追い付くのは後だった。廊下には人一人おらず、辺りは静まり帰っている。不思議なほどまっすぐに、彼の声が鼓膜に届く。
    「君はなかなか本気でレポートを書かない。だから、きちんとしたものも読みたいと相談したら、ハンネマンが特別にと」
    「でも内容、貴方じゃわからないでしょう?」
     言ってからすぐに、これは災いになる方の言葉だ、と気が付いた。狭い物事にしか興味のないリンハルトの中で、父の言葉は、ほんの時折思い出される浅い棘だ。けれどベレトは、はっとしたリンハルトと違って泰然としている。
    「ああ。だからなかなか進まないんだが……ハンネマンに聞きに行っているから、やっと半分ほど読めたよ」
     取り繕うでも、隠すでもない。気分を害した様子もなかった。
    「君はとてもすごいんだと、やっとわかった」
     さらりと、彼より上背のある頭を撫でられる。わざわざ手袋を取って、表面を肌がやさしく触れる。無性に、胸の内側がざわついた。言葉にできない感覚なんて、一体いつぶりだろうと思った。もしかすると初めてかもしれない。
    「 わからないところ、まだあるんですよね?」
    「ああ」
    「それ、ハンネマン先生じゃなくて、僕に聞いてくださいよ。書いた本人なんだから、その方が早いです」
     言葉は口をついて出た。どうしたら彼と話せるだろうと、そればかりを目的にして思考が蠢く。繋ぎとめための言葉を自然、探してしまう。
    「君には君の課題があるだろう」
    「それでも、自分の考えていたことと違うように取られるのは、本意じゃないので」
     眉を寄せ、考えるそぶりを見せるベレトを見て、違った、と確信する。彼に通るのはそういう口ぶりじゃないのかも。じゃあなんだ。
    「それに、貴方と話す機会を、ハンネマン先生に取られたくない」
     丸くなる瞳を見て、これだ、と思う。自分の、不定形な感情とやらに基づきながら、彼の気を惹く物言いだった。生徒にねだられるのに、きっと先生は弱い。教師たろうとしている、根が誠実な彼だからこそ。
    「……わかった。なら、君と会う折があれば、そうしよう」
    「会いに来てくれないんですか?」
    「それだけを目的にしたくない」
      人を喜ばせるのがうまいな、とリンハルトは半ば感心さえした。口数が少なく、無表情な彼が人心を集める理由が、少しわかったような気がした。
    「なら、それ以外の話もしましょうよ。なんのついででもいいですから、ね」
    「そうか」
     頷くと、先生は「では、また」と踵を返した。急だ、と思う矢先に、遠くで鐘が響く。次は確か、自分の学級での授業のはずだ。彼なりに、時間いっぱいまで話してくれたのかもしれない。遠ざかる背を見ながら、口角がゆるく持ち上がる。
    「……変な人だなあ……」
     まぎれもなく誉め言葉のような響きが、修道院の床に落ちて弾んだ。
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