彼女が本屋を辞めるらしいプルル、と無機質な音ががらんとした部屋に鳴り響く。
「はい、お電話ありがとうございます。はばたき書房です。」
聞き馴染んだ店長の声に、受話器を持つ手が強ばる。
穏やかで、今まで1度だって本気の怒声を聞いたことがない彼は、今日、この後美奈子が告げる言葉を聞いたって、決して怒ることは無いのだろう。
「あの、」
上ずった声が自分の口から漏れる。
「バイトを………辞めたいんですが………」
綺麗に畳んだ青いエプロンを視界に入れないようにして告げた言葉は、やけに大きく部屋にこだました。
***
「本多くん、ちょっと」
閉店後、本の棚卸し作業をしていたところを店長に呼び止められた。
もう作業は終わりかけとはいえ、仕事中は仕事に集中するよういつも口すっぱく言っている店長が声をかけるのは珍しい。
4070