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    鷺月子

    @Moonstone984

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    鷺月子

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    遅れましたが第7話です。
    ついに決勝戦の開幕、その後はヨロイ島での修行です。今回は過激な要素が一切ありません。

    #ポケモン剣盾
    Pokémon SS
    #ポケモン
    Pokémon

    パラノイア 7話- 在りもしない頂上、2回目 -

    ローズ元委員長が起こしたブラックナイトによる事件がようやく終息したこともあり、彼によって邪魔されて延期となったチャンピオン戦がようやく1週間ほどあとになって開催されることとなった。
    それはもちろん、最年少でチャンピオンになったマサルと、チャレンジャーであるユウリとの対決だ。

    今度こそ恋人という関係は一旦捨ててチャンピオンとして座を守り、一方でチャレンジャーとしてその座を狙うポケモンバトルがこれから始まろうとしていた。


    「皆様、1週間もお待たせしました!チャンピオンマサルとチャレンジャーのユウリ選手の決勝戦がこれから始まります!」
    ダンデはチャンピオンを退いたあとはリーグ委員会側の裏方の仕事に専念していたが、事件でローズが逮捕されてからというものの、今では新しい委員長の座についていた。


    観客は満員御礼で、テレビカメラがディストピアの監視カメラの如くあちこちに見逃すまいと回り、会場はガラル全土の注目が集まっていると言ってもいいだろう。
    マサルはチャンピオン専用のユニフォームに身を包み、いつも通りの堂々とした様子で立っていた。
    恋人であるが故マサルに信頼されていることもあって、彼が弱音を吐く姿をしばしば見てきたユウリ、改めて彼のこの姿を見ると惚れ直してしまうがいやいや、これから始まるのはチャンピオンの座が変わるかどうかが決まる重要なバトル、普段のように恋人気分でいてはいけないとすぐに気を引き締め直す。

    お互いの準備ができたところでいよいよ試合開始の時間となり、司会進行役のダンデが高らかに声をあげる。

    「試合開始!」

    「まずはお前からだ、キューティー!」
    マサルはルカリオのキューティーを繰り出し、
    「行くよ!ラン!」
    ユウリはエースバーンのランを繰り出す。


    観客席で、ホップはオスのカラナクシを膝に乗せて様子を見ていた。
    「タズ、よく見ておけよ。そのうちお前の父ちゃんと母ちゃんもバトルに出てくるぞ!」
    と彼が言う。
    というのも、このタズというカラナクシの親は、ユウリが手持ちとするメスのトリトドンであるサンミアとマサルの手持ちであるオスのムラマサの間に生まれた子供だった。

    「キューティー、つるぎのまい!」
    「ラン、ローキック!」
    先に動いたのはキューティー、舞を踊ることで攻撃力をぐっと上げる。
    ローキックは追加効果で相手の素早さを下げてしまう。
    1段階素早さが下がったキューティー、次のターンでランより早く動けなければ何も出来ないまま落ちてしまう。
    「じしん!」
    マサルが叫ぶ。
    「かえんボール!」
    ユウリも負けじと指示を出す。
    相変わらず早かったのはキューティー、じしんでランに猛攻を畳み掛ける・・・、がランはその攻撃から持ちこたえ、かえんボールで反撃、効果抜群でキューティーが倒れる。


    ユウリはランを一旦引っ込めたあと、次にエーメーオを出す。
    マサルはムラマサを出す。

    「タズ!見てみろ!お前の父ちゃんが出てきたぞ!」
    観客席にいたホップはタズにそう言いながら少し抱き上げて見やすいようにしてあげると、そのカラナクシは嬉しそうに鳴き声をあげる。

    「ムラマサ、ふぶき!」
    「エーメーオ、トロピカルキック!」
    鈍足ポケモンであるトリトドンであるためかムラマサはすぐにうごけず、先にエーメーオの攻撃をくらう。
    だが4倍弱点で通常ならムラマサは1発でやられるはずが、なんと耐えきっており、しかもさらに悪いことに命中率が低いふぶきでエーメーオが一撃されてしまう。

    ユウリは思い出す・・・、まだ彼と出会って間もない頃、彼が最初の草タイプのジムを挑んだ時、タイプ相性が不利な当時メッソンだったクオリア1体だけで挑んでいたことを。
    「ユウリ、お前もいつの間にか強くなったな。最初はお前のランはじしんをくらったにも関わらず耐えきれていたぐらいだしな。だが、俺だってチャンピオンになったあとでも練習は極力さぼらないようにしていた。わかるよな?」
    彼が言う。
    チャンピオンである彼の隣で恋人としてずっと鍛錬する様子を見てきたのだから。
    「ええ、わかるよ。確かにあなたは強い、でも私だって負けないんだから!」
    ユウリが次に出したのはサムライ。
    サムライのねこだましにより、ムラマサはとうとう倒れてしまった。


    「お前の父ちゃんすごいな!4倍弱点の技をギリギリ耐えてたぞ!」
    ホップがタズに言った。
    「しかし追い越しては追い越されの戦いだな・・・、こりゃどういう状況になるのかわからないぞ!」

    さて、マサルが3番目に出したのはエルレイドのヤエノ、インファイトをすぐにサムライにお見舞した。
    「サムライ、大丈夫?」
    サムライはなんとか耐え切り、アクロバットで反撃開始、エスパータイプも持っているヤエノにとって効果抜群とはいえどもタイプ一致技ではないためなのか、落とせない。
    次にドレインパンチをされ、サムライは倒れ、対して追加効果によってヤエノは体力を半分以上ほど回復させるのだった。


    ----

    延期された決勝戦が行われる2日前。

    大きな音を立てて野生のウォーグルが倒れる。
    「はあ・・・、はあ、いいぞヤエノ、戻れ」
    マサルはそう言うと、エルレイドのヤエノをボールに戻す。
    「・・・・、くそっ」
    彼は悪態付き、近くにあった木に座る。
    ちょうど今ワイルドエリアにいて、そこで決勝戦に向けて練習をしているところだったが、情緒不安定な彼、過去にあった思い出したくもない嫌な思い出が勝手に脳内の幻燈に映し出されたためにこのように口癖となっているような悪態を付いたのである。

    ・・・思えばマサルはあの事件のあとからさらに今まで以上に強くなり、そうであっても慢心を嫌う性格であるがゆえチャンピオンの座を守り続けるための練習も懸命に続けている。
    誰からも文句を言われないように、誰にも邪魔されないために、そして新たなチャンピオンをめざしているユウリのため真剣勝負が挑めるように。

    恋人同士という関係でありながらもお互いにライバルでもあるという不思議な間柄、加えて極端に内向的な彼と初対面の人相手でも社交的に接しすぎて逆に嫌われてしまうほど外向的な彼女という真逆な性格であるがゆえに、その距離感を保つことがお互いの精神衛生上もよかったのかもしれない。
    他所の人間はよくそんな2人の関係性を不思議がるが、それは第3者による勝手な押しつけと思い込みに過ぎない、所詮他人には理解できないのだ。
    マサルはマサルなりにユウリとの仲を大事にしているし、逆も然り。

    時々1人になりたくなる時が未だにあるのは、まだ人間不信が消えてないせいなのだろうか、精神病持ちだから1人で生きていけないくせに孤独になりたい欲求に駆られる点では、未だに彼自身も未熟なままであった。
    マサルは空を見上げる。
    曇天模様で、雲行きが怪しい。
    雨は降らなさそうだが、雷が落ちてきそうな予感さえしてくる。
    とはいえ、事件で延期になった決勝戦が明後日行われるのだから鍛錬を続けねばならない。
    彼はもう1度立ち上がると、再びヤエノを繰り出した。
    ちょうど目の前に野生のイワパレスが現れた。
    「インファイト」
    彼が指示を出せば、ヤエノは落雷の如き速さでそのポケモンに突っ込み、インファイト一撃で倒した。
    「まだまだ行けそうだな・・・」
    マサルはそう言って歩き出そうとした時、急に体が虚妄かと思わせるほど軽量化した気がして、戸惑う暇すら与えられないまま地面にぶっ倒れた。
    ヤエノは慌てふためく。
    「くそったれ・・・、俺はここで、くっ・・・」
    疲労が蓄積されていたのだろう、マサルはどうにかして立ち上がろうとするもせいぜい右腕にしか力が出ない。
    左肩がローズが起こした事件の際に銃で傷つけられたために、左腕も身体の他の部位同様思った通りに動かず。
    「こうなるならこのまま死んだ方がましじゃねえか・・・、でも決勝戦が・・・」
    彼が胸の中でそう感じた時、聞きなれた声が名前を呼んだ気がした。
    「どこに行ったかと思ったら・・・!」
    「ユウリ・・・?」
    マサルが顔を上げればそこにはユウリがいて、ほとんど動けなくなった彼をヤエノに力を貸してもらいながら支えようとする。
    「もう、あれほど無理しないでって言ったじゃない・・・」
    「でもお前の大事な決勝戦が・・・」
    「だからだよ!」
    ユウリは珍しく感情を露わにする。
    「左肩も怪我しているのに。これ以上やったら体が持たないよ。もう今日は何がなんでも一緒に帰るよ!」
    「すまねえ・・・」
    2人はそらとぶタクシーに乗ってエンジンシティに戻るのだった。
    ---

    帰宅後。
    とりあえずソファに座らせると、彼女はキッチンに行っていちごミルクを冷蔵庫から出すと、彼に渡した。
    「俺さ」
    飲みながら彼は言う。
    「ずっと思ってんだけど、生きてて意味あんのかって」
    「・・・急にどうしたの?」
    「単純な疑問だぜ。努力しても報われない時だってあるし、悪いことしてなくてもくそみたいなことを言う連中がいっぱいいるだろ。それだったら初っ端から生まれてこなければよかったんじゃねーかって」
    「えっと・・・」
    「俺が死んだら葬式はやらないでくれ。彼氏の遺体なんて見たくないだろ?」
    「ちょっと待って」
    「俺がいなくなったところでむしろ喜ぶ奴の方が多い。なんたって俺は『精神病のチャンピオン』だからな。世間のくそったれ人間はきっとそう思うに違いない。だけどただ単に自分の死体を埋葬するだけじゃ勿体ねえし」
    「あのマサルくん・・・」
    「内臓やらなんやらは金になるかもしんねえから、俺が死んだら俺の内臓を売っぱらえばいいし、骨はポケモンに食わせるなりそこいらに捨てるなり適当に・・・」
    「だめ、ちゃんと燃やすから!」
    ユウリが強い口調で言ったためにマサルは口を閉ざす。

    「疲れてんんだよ、今日は休んで・・・、お願いだから」
    彼女の目から涙が零れる。
    「・・・わかったわかった、泣くなって」
    マサルはいちごミルクの入った容器を机に置き、ユウリを抱き寄せ頭を撫でる。
    「もうほんと、そういうとこがあなたの悪いとこなんだから。休んだ方がいいのにオーバーワークばっかりして、しかもまた変なこと言い出して、もう知らないんだから・・・」
    「悪かった悪かったって」
    「許さないもん・・・」
    「あー、お前もなかなか強情だなあ・・・」
    彼は半ば呆れ気味に言う。
    「ばかっ」
    彼女は彼の胸板を軽くぽこぽこ叩く。

    しばらくするとユウリは泣き止み、マサルの胸に顔を押し付けた。

    結局のところ、お互い似た者同士。
    マサルは精神を病んでいる、それも重度の。
    一方でユウリも精神病を持っている訳では無いが、誹謗中傷により精神的に追い詰められている。
    その上、2人とも他人と比べたら変わり者、そして心の優しさを持っている・・・、だからこそ残酷な現実に傷つきやすい。


    ---



    「フィア、スパーク!」
    「エーマッカン、かえんほうしゃ!」
    パルスワンのフィアとキュウコンのエーマッカンが互いに攻撃を開始する。
    エーマッカンが炎を勢いよく吐き出し、フィアの姿は見えなくなるが、中から電気をまとったフィアが飛び出してきて、そのまま突進してエーマッカンを吹っ飛ばす。
    吹き飛ばされてもなお起き上がると、まだ大丈夫だったエーマッカンは再びかえんほうしゃを放ち、今度はそれをフィアは上手く交わしてこちらのスパークを当てる。
    エーマッカンは戦闘不能になった。
    「よくやった。戻れ。・・・さて」
    マサルは次のポケモンを出す。
    「アヴァター!」
    今度出てきたのはトゲキッスのアヴァター、このポケモンは彼がチャンピオンになる前は持っていなかったが、最近になって密かに育て始めたポケモンであり、あっという間にトゲピーから最終進化した子である。
    会場中が歓声に包まれたのは、彼が今までのバトルで使った事のなかったポケモンを出したためである。
    ユウリも彼がトゲキッスを育てていたことは知らず、予想外だった。
    「トゲキッスか・・・、フィアとは相性がいいはずだけど、気を抜かないようにしなきゃ・・・!」
    彼女は心の中でそう思う。
    彼は相性不利であってもそれをものともしないような戦い方をするのだから。
    「ほっぺすりすり!」
    「エアスラッシュ!」
    アヴァターはフィアよりも早くエアスラッシュを繰り出した。
    効果はいまひとつだが、追加効果のひるみにより、フィアは動けない。
    「なっ・・・!フィア、もう一度ほっぺすりすり!」
    「エアスラッシュ!」
    だが次のターンも同じようにフィアはひるませられてしまう。
    なかなかアヴァターを倒す前にひるまされるので手も足も出ないフィア、ダメージが少しづつ蓄積されていってしまう。
    「特性『てんのめぐみ』か・・・、これじゃきりがない!フィア、戻って!」
    彼女はフィアを引っ込め、アーマーガアのサリーを出す。
    1回相手のエアスラッシュを受けたあと、次のターンで、
    「はがねのつばさ!」
    「かえんほうしゃ!」
    サリーがはがねのつばさでアヴァターを攻撃すると、効果抜群なのでアヴァターの体力が大幅に削れるが、それでも耐久力がある相手のポケモン、かえんほうしゃで反撃され、極めつけ悪いことに特性てんのめぐみを持つアヴァター、かえんほうしゃの追加効果でサリーは火傷を負ってしまい、辛うじて生き残っていたが戦闘不能にされた。
    これはかなり苦戦する戦いになりそうだ。
    ユウリの残りのポケモンはフィアとラン、サンミア。
    マサルはアヴァターとおそらく最後に切り札として出すであろうクオリア。
    アヴァターもクオリアもどちらもでんきタイプに弱いが、もしここでフィアを失えばクオリアを倒す際に苦戦しそうだ。
    「くっ・・・、サンミア!」
    彼女は悩んだ末にサンミアを繰り出す。

    「やっと母ちゃんも出てきたぞ!ところでユウリは大丈夫か?あのトゲキッスはなかなか手強そうだな・・・・、てんのめぐみもちとはいえ必ずしもずっと追加効果を起こせるとは限らないからこれはかなり辛い運ゲーになりそうだぞ」
    観客席にいるホップが呟く。
    タズは自分の母親であるサンミアを真剣に眺めていた。


    「エアスラッシュ!」
    「れいとうビーム!」
    鈍足ポケモンのトリトドンであるため、ほぼほぼサンミアは後攻になる。

    はたしてエアスラッシュが繰り出されると、サンミアはそれを余裕で耐え切り、なんとひるまずにれいとうビームでアヴァターを落とした。
    マサルはもう後がない、並の人間なら焦るだろうし、ジムリーダー達は切り札のポケモンに必ずダイマックスをさせるはずだが、切り札のクオリアを出した彼は焦燥が分かる顔を一切見せず、しかもダイマックスすらもさせなかった。
    「はかいこうせん」
    ノーマル技の最高火力であるはかいこうせんを繰り出し、これでサンミアは1発で落ちてしまった。
    もう一度ユウリはフィアを出し、攻撃の反動で動けずにいるクオリアのすきをついて10まんボルトをする。
    だがクオリアはそれを普通に耐えていた。
    「効果抜群なのに全然耐えきってる?!」
    彼女は驚愕するが、もう一度10まんボルトをするように指示し、一方でマサルはクオリアにマッドショットをするように命じる。
    2回目の10まんボルトでようやくクオリアの体力は半分になった。
    マッドショットがフィアに命中、上手くいかないままフィアは倒れた。
    ユウリに残されたポケモンは初戦でじしんをくらったため体力が半分になったランしかいない。
    どう見ても相性が悪いが、ここで逃げる訳には行かない。
    自分だって彼のように相性不利を覆して見せねば!
    そう使命感に近い思いを抱き、ランをまたコートに出す。


    会場の観客を含め、この試合をテレビやネット実況越しに見ている視聴者も2人の戦いの行く末に緊張が走る。
    果たして勝つのはチャンピオンのマサルか、あるいはユウリなのか。
    マサルは一旦クオリアをボールに戻す・・・、そうダイマックスをするつもりだ。
    モンスターボールが巨大になると、それを自分の後ろにぶん投げればキョダイマックスインテレオンと化したクオリアが出現する。
    ユウリもあとが無いためランをキョダイマックスエースバーンにさせた。

    さあ、本当の最終決戦の始まりだ。
    「キョダイソゲキ!」
    「ダイナックル!」

    先に動くは絶望的なことにクオリア、効果抜群であるキョダイソゲキがランに襲いかかる!
    かと思いきや、ランは既のところで相手の攻撃をかわし、ダイナックルをぶち込む。
    クオリアはギリギリ生存。
    「次こそ終わりだ!キョダイソゲキ!」
    「ラン!ダイナックル・・・!」
    やはり動くのが早いクオリア、今度こそキョダイソゲキを喰らわせることに成功する。
    「だめだ!」
    「ああ・・・」
    「終わった!」
    効果抜群の技で、しかもランの体力はとっくに半分だから助かるわけがないだろう。
    水しぶきがスタジアムの中で悲惨な雨となった。


    ところが。
    「いっけえええぇ!!」
    ユウリのその叫びと共に、ランのダイナックルがクオリアに振り下ろされ、物凄い音とともにクオリアは撃沈した。
    ランはユウリを悲しませまいと持ちこたえたのだ。
    これには会場中がどよめき、同時に歓声が上がる。
    マサルもまさかの事態に動揺する。
    逆転劇が華麗に幕を下ろし、ランは元の大きさに戻った。
    マサルはクオリアをボールにしまう。
    未だに驚きでいつも彼が無表情とは思えないほど、別人ではないかと思うほど分かりやすく表情に現れていた。
    そして、 ユウリはランを抱きしめた。
    彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
    今までのどんな試合よりも、今のこの瞬間が最高に嬉しかった。
    彼女はランをボールに戻し、マサルと握手を交わす。
    「勝者・・・・!ユウリ選手!新たなチャンピオンの誕生です!」
    ダンデの声が響く。

    「ユウリ」
    握手をしながらマサルは言う。
    「おめでとう」
    と。
    「ありがとう」
    ユウリは微笑みながら返した。
    こうして、ユウリは新しいチャンピオンの座についたのであった。
    「ユウリ!やったな!」
    「ユウリさん!素敵でした!」
    「ユウリちゃん、本当にすごいわ!」




    ---



    「こうなるだろうとは思ってたよ」
    自宅のソファに腰かけ、ユウリは新聞を読みながら言う。
    新聞の見出しはこうだ。
    『新チャンピオン、ユウリ誕生!恋人対決!』と。
    「まあ、こうなることはほぼ確実だろうし、それを分かった上でやったしな」
    マサルはソファの肘掛に座った状態で不貞腐れたように呟く。
    「えーっと、『昨日、ローズ事件で延期されていたリーグの決勝戦が行われた。前年の覇者、マサルが今回のチャンピオンとしてチャレンジャーのユウリ選手に立ちはだかり、手汗握る戦いを繰り広げた末見事勝利。ユウリ選手はマサル前チャンピオンとは恋人同士の仲であり、仲睦まじい姿を見かける人も多かった。つまり今回の戦いは恋人対決だったと言える』だって。ふむふむ・・・、うん、間違ってはないね。私達付き合ってるし」
    マサルは黙ってユウリの肩を掴んで抱き寄せる。
    そう、彼は負けた。
    しかし、彼は悔しさを微塵も感じていない。
    「今後も色々くそったれなことを言ってくるくそったれなマスゴミやら顔も知らんアンチどもが1匹居れば10匹居ると思ってもいいほどうじゃうじゃ出てくるのが憂鬱だぜ。そんな奴らをぼこぼこにしてやりてぇけどこのご身分だからそんなことしたら逆に俺らが潰されるからな、くそったれのくそが・・・」

    彼はいつも通りの毒舌を吐きながらいちごミルクを飲む。
    「あはは、確かにそうだよね」
    「でも、お前が勝ったんだ。それは誇るべきことだ。それに俺はもう負けても悔いはねぇ。これからはユウリを全力で支えてやるだけだ」
    「マサルくん」
    「そりゃ俺だってお前に支えられてっからな。にも関わらず俺がお前に何もしないのはくそゴミみてーだろ?彼氏なのによ」
    「それもそうね。でもマサルくん、しばらくは休んでね。事件のこともあったし、その後休まずに決勝戦に向けて練習もし続けたんだから」
    「へいへい」

    ---

    病院の回復室でマサルは目を覚ました。
    近くに看護師がして、彼が目を覚ましたことを確認したあと、血圧と酸素濃度を機械で測り始める。

    ここはどこ?
    なぜここにいる?
    なにもわからない。
    おもいだせない。
    ぼーっとする。



    「電気治療は成功しました。事前に説明した通り、しばらく健忘が起きますが、時間経過で徐々に治ります。まだ治療が終わって直ぐなので意識が戻るまでに時間がかかりますが、意識が戻って彼が病室に戻りたいとおっしゃればまた病室に戻ることができます」
    病室で医者がユウリに語った。


    ---

    「マサルくん、お疲れ様、どうだった?」
    ようやく治療から体調が回復したのか、マサルは看護師付き添いの元で病室に戻ってきたが、彼はただ何も言わずじっとユウリを眺めていた。
    魂が抜けているかのようにも見える。
    「マサルくん?」

    「・・・・誰?」
    彼女はそう言われるや否や、光のない彼の黒い目に意識を吸い込まれていきそうに思えた。

    電気治療の副作用で健忘が起きることは事前に聞いていたことなので覚悟はしていたが、実際にそうなるとやはり辛い。
    「えっと、私のこと分からないかな。ユウリだよ」
    「ユウリ」
    「うん、そう」
    「・・・なぜここにいる?」
    「なぜって、あなたの恋人だからよ。しかも今は同じ家で暮らしているじゃない」
    胸が詰まるような気持ちだったが、電気治療で彼のうつ状態が多少なりとも軽減されるのであれば、それでよかった。
    「そう・・・」
    何事に対しても関心がないため動じないどころか、「動じる」という概念すらこもっていないような表情で、彼が答えた。
    ユウリは必死に自分の心の中で「大丈夫、お医者さんだって言ってたもの、健忘は一時的な副作用だって・・・」と自分に言い聞かせるしかなかった。




    やはり1週間後になると、流石に健忘の副作用は消えて、マサルは元の記憶をしかと取り戻したが、以前と違い酷いうつ状態に悩まされることがなかった。
    「おはよう、気分どう?」
    ある時の朝、ユウリが彼に声をかける。
    「まあ、少なくとも今までよりは」
    彼が答える。
    「なら良かった。今日はマサルくんの好きなフレンチトースト作ろうと思うんだけど、どうかな」
    「ああ、頼むわ」
    マサルは冷蔵庫にあったいちごミルクのパックを取り出し、ストローをさして1口飲んだあと、食器を出し始めた。
    「・・・時間はまだ大丈夫か。せめて30分後には出たい」
    彼はスマホの時計を確認しながら言う。

    「でも30分後に出るって、予定通りの時間に着くよりも早くなるけどいいの?」
    「俺らにとってヨロイ島は初めて行くとこだろ。途中道に迷ったりとかアクシデントがあった時、ギリギリだったら確実に間に合わない。むしろお前はスケジュール管理が苦手な節があるから、呑気に構えずできるだけ早めに行動した方がいい」
    くそ真面目な彼らしい発言内容だった。
    「・・・分かった。じゃあ、準備しちゃうね」
    「おう」
    彼はいつも通り。
    いつも通りのマサルくん。
    私も普段通りに振る舞えばいいだけ。
    それだけのことなんだ、と。


    それから時間がたち、2人は朝日をバックに出かけ始めた。

    「前チャンピオンと現チャンピオンが共に修行兼仕事しにヨロイ島に行くのは今までの中で初めてらしいな」
    「そう見たいね。なんなら、その島にいる道場の旦那さんも元々チャンピオンだったんでしょう?ダンデさんより1つ前のね」
    「ああ。兎にも角にも、今回は仕事も兼ねているとはいえいい経験にはなりそうだな。俺はチャンピオンをやめたとはいえ、有名になったからこそトレーナーとしての仕事は量こそ少し減ったが未だに入ってくる。となると鍛錬は必要で、くそみたいなアホ面かいてほうけている暇なんぞねぇんだ」
    「うん。確かにそうだね」
    「新しくチャンピオンになったのならお前の場合は尚更だ」
    「それは分かっているよ」
    「流石俺の彼女だ」
    「えへへ・・・、やっとこんな私でもやりたいことややるべき事が見つかったんだもん。私、ずっと何も出来なくて失敗ばかりで、みんなからも『性格が明るいだけのだめな子』って言われ続けてて、それがすごく嫌で、辛くて、悲しかった。けど、そんな私が今はマサルくんを支えられる立場になれてる」
    「・・・そうだな。必要とされないよりは、まし」
    彼は少し俯き、やや小さい声で言った。
    「どうしたの?」
    彼女が不思議に感じて尋ねた。
    「・・・いや、ずっとつれえまんまだと長生きする意味もねえよなってことだよ。あれだぜ、重病で寝たきりなのに家族によってヤク漬け手術漬けにされて無理やり生かされている介護老人と似ていて、この場合は身体的な苦痛だが、俺のような精神障害者の場合は精神的な苦痛ってもんだろ?もちろん何も俺だけじゃなくてお前を含めどんな人も精神的苦痛を抱える上、それを抱えきれなくなって精神病になる人もいる。というか俺自身がまさにそうなんだが。そんな感じで、精神を無理して安定させるために生かされても果たしてその人のためになるとは言いきれない。特に1番辛いのは『だめなやつ』とか『役に立たない』というレッテルを貼られ、それすらも自己暗示してしまうことだな。こうなると生きる意味が感じられないからうつと似ていて、つまりは自殺願望の芽生えに繋がる」
    「・・・そうねえ」
    彼の饒舌の癖で(特に自分に関わる精神的なものについての)話が長すぎて、半分は頭に入らなかったが、しかし彼が1番強調している「ダメ人間のレッテルを貼られ、他人に必要とされないことを自他ともに認める」ことについての危険性がどれほどであるのかは分かった。

    というのも、前述した通り、ユウリはマサルと出会うまでは何をやってもだめで、その影響でやりたいことも将来の夢も全く持っていなかったが故に、生きても生きても意味を見いだせず、かと言って自殺できるほど愚かにもなれない、時間をひたすら持て余し、晴れない曇りの中にいる状態に苛まれたためだ。
    身をもって経験しているからこそよくわかることで、もし彼と出会わず、未だに無味乾燥とした生活が続いていれば、とうとう狂って命を投げ出したところであろう。
    「まあ、いい。目的が見つかったんならそれを羅針盤にすりゃいい。自由です、自分で何か決めてくださいって言う割には大人たちはうるさくあれこれ指示したり、あるいはかつてのお前のように苦手なことが多い人に対し理不尽に叱りつけては、色々求めてくるくせに『使えないやつ』扱いする。大人たちは俺たち子供は好き勝手に生きていると思っているからタチが悪い。現実はむしろ逆、勝手なのは大人の方」

    それから彼はまた急に声を小さくして、独り言のようにぼそり。
    「大人になりたくない」


    ----


    新しくリーグの委員長になったダンデは、ユウリから送られてきた診断書・・・、つまりこの前マサルが受けた電気治療のことについて書かれた書類に目を通していた。
    「あの子も大丈夫だろうか」
    彼が呟く。
    「なーんだ、あいつらのこと心配してんのかあ?」
    近くでキバナが腕組をし、ややふざけ気味に言った。
    「これを見てくれよ」
    ダンデはキバナの反応に対してやや嫌がっているような表情をしつつ、その書類を渡した。

    「・・・ん?うつ病の電気治療をマサルが受けたのか?」
    ここでキバナはへえっ、というような驚く表情をする。
    「そうだ。彼が持病持ちなのは知らないのか?」
    「いや持病持ちってことだけは知ってたが具体的な病気だけは知らなかったぜ」
    「・・・・マサルくんからの要望もあってなかなか伝えられなかったが、ようやく最近になって『うつ病持ち』であることがはっきりと告白されたんだ。ただし俺たちリーグ関係者のうち上層部とジムリーダーのみで、外部や部下には伝えないようにとも言われているよ。だから今更だが・・・」
    「はあ、そーいうことかぁ・・・、未だに理解されねーよな、精神病ってのは」
    キバナは軽く後悔するように呟く。
    「で、加えて彼は生まれつき自閉持ちでパラノイアという病気まで併発している。しかも小さい頃から・・・」
    ダンデはキバナにそう説明しながら思い出す・・・。

    少し前にマサルがまた具合悪くなって病院に運ばれた時、こう訴えるように叫んだことを。
    「大人なんかクソ喰らえ!世間の大人達はチャンピオンである俺をよいしょしているように見せかけて、裏とかSNSの鍵垢とかでは『きちがい』だの『ガイジ』だの『かわいそう』だのと罵ってる!俺はそういうのを全部見たんだ!あいつらは俺のことを何も知らねえくせに偉そうに言いやがってよ!きっと今も連中は俺を影でいじめにきている!いい大人なんてポプラさんかダンデさんだけしかいねえんだよ!それ以外は全部くそったれのくそ野郎だ!」
    多少精神不安定による彼の誇張は入ってはいるものの、それを考慮しても悲しいことに世の中の事実は彼の言っていることの方が正しいのだ。




    -----

    「マサルくん、マサルくん!大丈夫かな〜?」
    マスタード師匠に声をかけられて、一瞬意識があさってに向いていたマサルは現実に戻ってきた。
    「大変すみません師匠、あれこれ考え事をしておりました」
    毒舌家なマサルであれ、真面目であるからこそ一応目上の人に対しては敬語で話すスタンスだった。
    「そうかいそうかい、まだ色々と不安なことがあるのかな〜?難しそうならば無理する必要はないよん、バトルはトレーナーの心も大事だからねん。困った時は遠慮せずに言ってねーん」
    と、その老人は少年を勇気づけようと親切にそう語った。
    「お気遣いありがとうございます・・・」
    口では感謝を述べるが、人間不信を抱えているこの少年にとっては「困った時は遠慮せずに言って」という言葉は信用ならないから嫌いと心の中で強く感じていたが。
    「ところで師匠、次は何をするんですか?」
    ユウリが尋ねる。
    ここはヨロイ島にある道場、宣伝という仕事かつバトルの練習も兼ねて、マサルとユウリはここにやってきた。
    宣伝のためもあって、雑誌記者と新聞記者もいて、彼らは懸命にメモをとったり、時々マサル達に質問をすることもあった。
    マサルは正直メディアが心底嫌いだが、仕事のために耐えた。
    既に道場ではほかの人たちが門下生としてマスタードの元でバトルの練習に勤しんでいた。
    今日はマスタードから出される複数のお題を全てクリアすることが目的であり、これを多くクリアした者がダグマという今や個体数が激減している珍しい幻のポケモンを手に入れる権利を与えられるらしい。
    既にマサルは最初のお題をクリアしたところだった。
    これから出されるのは2つ目のお題・・・それは、
    「ダイスープを作るための材料になる、『ダイキノコ』探しだよ〜ん!」
    マスタードが意気揚々と語る。


    大半の門下生は1人で行動するのに対し、マサルとユウリはいつものように一緒だった。
    当然、彼が具合悪くなっても大丈夫なようにユウリという存在は必要だったし、そもそも精神病持ちであることを予めマスタードやそのおかみさんであるミツバにも説明をしているので了承を得た上でしていること。

    「森か、島のあちこちにある洞窟のどっかなんだろ?思ってたより範囲がひれーよな・・・」
    彼が言う。
    「とりあえずしらみつぶしに探すしかないかしら。今いる所から近い場所は森の方だし」
    彼女がそう提案したので、森に実際に入ってキノコを探し始めたが、いるのはタマゲタケやモロバレル、ダイキノコそのものは見当たらない。
    仕方なく今度は近くにあった洞窟に向かうと、ようやくそこにダイキノコが存在していた。


    だが、2人がそれを道場に持ち帰った時は既に遅かった。
    「ごめんね〜、あたしが先だったのよ!」
    とクララが自慢げに、煽るように宣言する。
    2個目のお題をクリアした者は結局クララという扱いになった。
    「・・・」
    マサルはクララのようなタイプの人が心底嫌いだった。
    しかし過去のチャンピオンかつ、師匠であるマスタードや、他の門下生、なんならユウリにも迷惑かけさせるわけにはいかないため、必死になって鎖を切ろうとする苛立って暴れる心を必死で抑え、殴りたくなる衝動を漂わせた震える拳もどうにかして耐えた。
    「クララさん、すごいですね」
    ユウリがやや引き気味に言う。
    実の所、ユウリは最初、例のごとく初対面であるクララに対してもぐいぐいと明るく接したが、冷たく突き返されてしまった。(なお、ユウリはこの時マサルから「やめろばか」と、叱られた)

    関わってくるうちに、ビートに似て変な尊厳を持っているクララのことがやや苦手に思えてきたのだ。
    マサルほどの嫌悪感ではないにせよ。
    「当然よ!あたしはなんてたってどくタイプのジムリーダーを目指してんだからァ!ライバルは少ない方がいいにきまってんでしょ」
    彼女は顎を軽く上に上げながら言った。
    「・・・」
    マサルは黙っていた。
    「・・・えへへへ」
    ユウリは苦笑いする。

    ---

    「あいつ後で1発ぶん殴ったら崖から突き落として海に沈めて水タイプのポケモンの餌にしてやるか」
    ダイスープを食べたあとは、しばらくの間昼休憩だった。
    他のみんなと一緒にいることが辛くなったマサルは、ユウリとともに道場の周辺にある地面の段差に腰掛け、そう過激な愚痴を言った。
    「マサルくん怖いよ・・・」
    ユウリは若干引いた。
    「だってあいつ俺らのことを舐めた態度取りやがってよ・・・。もちろんお前の悪いくせである初対面の人に対してぐいぐい行くところもまずかったが、それでもあの冷たい突き放し方はやりすぎだろ・・・」
    と彼は言う。
    「うん・・・、申し訳ないことしちゃったなあ。私小さい頃から未だにずっとこうね。今はポケモンバトルがあるけど、何やってもだめだめだった上に、相手との距離感が分からないから・・・」
    「・・・・ユウリもワンチャン、精神科にかかってもらう必要があるかもな」
    「え」
    「馬鹿にしていってるんじゃなくて、真面目な意味でだ」
    「・・・そうかな」
    「まあ、それはお前の特性だから仕方ねえよ。もちろんある程度学習すべきではあるから今度からは気をつけて欲しいところではあるんだが。んな事言ったら俺もまた自閉持ってるし・・・」
    と、少年は少女をフォローするように優しく語りかける。
    「・・・うん、ちゃんとするよ」
    彼女が軽く俯く。


    ---


    「さて、最後の試練は・・・、1番目と2番目の試練をクリアしたマサルくんとクララちゃん、君たちが道場裏のバトルコートで勝負するんだよ〜!」
    マスタードがそう宣言する。
    門下生達は前チャンピオンであるマサルが戦う姿を目の前で見ることが出来ると思って大盛り上がり、別にクララなんて気にもとめなかった。
    「ふーん、かつてのチャンピオンとも言えども調子乗んじゃないのよォ・・・」
    クララは密かにそう感じると、ほくそ笑んだ。
    よし、ならば・・・、と思ったずる賢い彼女は、「待ちきれなあ〜い!あたし先にコートに行ってきますよォ!」と、媚び売るようにマスタードに言った。
    「そうかいそうかい、やる気がありそうで何よりじゃよ」
    と、老人は笑うが、マサルは凍てついた目線でただクララをみ眺めていた。
    「あいつなにかしでかす気だな・・・、まあいい。あいつの実力がいかほどかは知らねえが、ハンデ戦ってことでいいだろ。俺が一方的にど素人をフルボッコにしても周りの連中は面白くないとか言い出すだろう。かと言ってあんなくそ以下の奴に負ける気はさらさらない。とりあえずいい感じに手ぇ抜いてぶちのめしてやる。あいつに直接ぶん殴れない以上、ポケモンバトルで生きていること自体を後悔させてやる、きっとだ!」
    と、その少年は考えていた。
    「マサルくん、すごいしかめっ面・・・」
    ユウリが心配そうに見つめてきた。

    「当たり前だ。俺はあいつのことがくそほど大嫌いだ。くそったれのくせに、あんなでけえ態度とりやがって・・・、絶対許さない」
    と、マサルはユウリだけに聞こえる程度の小声で罵りながら、コートに向かう。

    ところで一方で、クララに対して不安を感じていたのは何も彼だけじゃなかった。
    「クララちゃん、本当はいけないことを考えているみたいだからそれはダメなんだけどねぇ・・・、でも失敗して学ぶことも、ピンチを経験するマサルくんも成長することだし・・・。あとで然るべきことをすればいいかもなあ」
    と、マスタードは思っていた。

    コートでは、当然のことだが既にクララが待っていた。
    マサルとクララは互いにポケモンバトルを始めるための定位置に着く。
    「いい記事がかけそうですね!」
    「ええほんとに。これは注目しなくては」
    2人の記者がこそこそ話す。
    「それじゃあ、今日の審判はわしちゃんが務めるねん!おふたりとも準備はいいかな〜?」
    「問題ありません・・・」
    「いつでも行けますよォ〜!」
    「では・・・、バトル開始!」

    「ふふっ・・・、マサル、あんたはあたしの策略なんかにのまれたら、世間の評判が尚もガタ落ちしてしまうでしょうねえ!」
    クララが黒い笑みを浮かべる。
    あー、まじでこいつ嫌いとマサルは思いながらエルレイドのヤエノを出し、クララはドラピオンを繰り出す。
    「・・・・ふん」
    元チャンピオンは目を細める。
    フィールドに出されたや否や、ヤエノが猛毒状態になったからだ。
    クララが一足先にコートに行ったのも、おそらく猛毒状態になるよう、どくびしを多く事前にばらまいたためであろう。
    卑怯な手を使ってでも勝ちたいと思っている彼女の執念は、褒めたものでは無いがある意味素晴らしいと、彼は皮肉を混じわえながら考えていた。
    「サイコキネシス!」
    動きは圧倒的にヤエノの方が早く、ドラピオンに大きなダメージが入り、1発で撃沈する。
    「あらーっ!でも、まだまだァ!これは所詮小手調べ!1匹倒しただけじゃまだ終わらねえ!」
    (マサルが壊滅的に口が悪すぎるせいで感覚が麻痺し、なんとも思わない人もいるかもしれないが)やや荒い口調になりながらクララが言うと、ガラルマタドガスを出てきた。
    「マジカルシャイン!」
    フェアリー技ももっているガラルのマタドガス、かくとうタイプを持ち合わせているヤエノには効果が抜群だった。
    ヤエノはその攻撃こそに耐えるが、猛毒のせいで
    落ちてしまう。
    「キューティー!」
    マサルが出したのはルカリオのキューティー。


    「あの子・・・、どくびしまいたみたいね・・・」
    ユウリはヤエノが猛毒状態になった時から本当に大丈夫だろうかと不安を抱えていた。
    師匠は果たしてクララが不正を働いていることに気づいているのだろうか、いや気づいてないからそのままバトルを始めさせたのではないのだろうか・・・、そもそも不正をするにしれはバレやすすぎる、などと様々な考えや憶測が脳内で飛び交っていく。
    当たり前だが、ユウリ以外の人達も心配しつつ、この戦いを観戦していた。
    ルカリオははがねタイプも持っているため、どくびしの効果はなかった。
    そもそもどくタイプの攻撃は通らない。
    格闘を持っているのでフェアリー技は等倍という扱い、おそらく先程のヤエノと比べればまだ戦いやすいであろう。
    「マサルさん様子がちょっとおかしいですね」
    「そうですね・・・、手持ちのエルレイドが猛毒になっています。相手のポケモンがどくどくなどを使っているところが確かなかったはずなんですがもしや・・・」
    記者たちも怪訝そうに話す。

    「マタドガスは特性ふゆうだから地面技は効かない・・・、鋼技で押すのが妥当か・・・、ラスターカノン!」
    キューティーは攻撃をする構えを取ると、手のひらの中に銀色の光の玉が精製されていく。
    「かえんほうしゃ!」
    クララも黙ってはいない、不利な対面になっても弱点をつける技を覚えさせていた。
    キューティーがラスターカノンを放つのと同じタイミングで、マタドガスのかえんほうしゃも放出され、2つの力が衝突、爆風が起きて、周りにいる皆はやっとこさ足を踏ん張り、辛うじて飛ばされないようにするだけでも精一杯の状態。
    爆風で起こされた砂煙が消える。
    キューティーもマタドガスも、両者ともに倒れることなく睨み合っている。


    ところが。
    「・・・・」
    マサルがキューティーのボールを取り出した・・・・、というのも、土煙が消えて1泊置いた今のタイミングになって、そのルカリオも相手のマタドガスも、どっちも音を立ててやられたのだ。
    互いに互いの抜群な技が命中してしまったのである。
    「くっ・・・、仕方ないわねぇ、マタドガスよくやったよ!」
    クララは予想外のことでやや顔を歪ませるものの、すぐに気を取り直して、
    「あたしの仲間はまだいるのよぉ!」
    と、言いながらホイーガを繰り出すのだった。
    「ムラマサ」
    マサルはトリトドンのムラマサを出す。
    「いいか・・・くそったれ、俺が元チャンピオンという身分なのを恐れてあえて不正したんだよな?」
    少年は低い声で言い放つ。
    クララは図星をつかれたかのようにビクッと肩を震わせたが、強気に振舞う。
    「それがどうしたってんのよォ、あたしだってジムリーダー目指してんだしぃ、ライバルは少ない方がいいに決まってるっしょ!」
    「甘ったれたこと言うな脳内花畑。てめーの頭を切り開いて直接脳みそに常識ってもんを叩き込んでやりてぇとこだよ!ムラマサ、すなあらし!」
    マサルは怒りで震えながら、指示を出した。
    「うっさいわね、返り討ちにしたる!あんたなんかに負けるわけにはいかねぇ!ソーラービーム!」
    彼女は、ソーラービームが撃てるまでに2ターン必要だが、こちらは鈍足のトリトドンよりも早く動けるので、1ターンさえ受け止め切れれば2ターン目の最初で倒せる、と考えたようだ。
    そもそも地面・水タイプのトリトドンにとって草タイプの技だけが唯一の弱点なのだから、それ以外にこれと言った突破口がない。
    鈍足であるため、ムラマサが今砂嵐を起こす。
    地面技を強くする狙いがあるのだろう。
    加えてこのムラマサは「すなのちから」という特性を持っているトリトドンだったから、尚更地面技の威力が増大するところであろう。
    「くらいな!ソーラービーム!」
    2ターン目の最初、ホイーガによって光の光線が襲ってきた。
    砂嵐で視界がやや悪くなっている分、その光線が眩しく思える。
    ムラマサは攻撃を受けるが、天候が砂嵐かつ、相手のタイプ一致の技でもないためか、4倍弱点の技をくらった割には全然問題がなかった。

    「耐えきった・・・!」
    ユウリが叫ぶ。
    「いけー!いけー!」
    年下の門下生が無邪気にマサルの応援をする。
    「マサルくんのムラマサはやっぱり強いよ・・・、まだ弱かった頃、レベルが圧倒的に高かった野生のバンバドロも倒せたくらいだし」
    と、彼女はワイルドエリアで助けられた時のことを思い出す・・・。
    「すごい!耐え切りましたね。あのトリトドンはダンデさんやユウリさんと戦った際にもいましたね」
    「なんならジム巡りをしていた頃、進化前のカラナクシの時から育てていたそうですよ」
    記者がメモを真剣に取る。
    「それもそうでしたね。おそらくこの後の戦いもあのトリトドンが余裕で勝つのではないかと思いますよ」


    「じしん」
    彼の声。
    ムラマサが強力なじしんを起こす。
    ホイーガは耐えきれずやられた。
    ハンデありとはいえ、元チャンピオンである彼の力の前ではさすがのクララも叶わないようだ。
    「ま、まだまだァ!ここで負ける訳にはいかねぇ!ヤドラン!」
    彼女は焦燥感といらだちを覚えた表情と声でヤドランを繰り出したかと思うと、すぐさまキョダイマックスにさせた。
    「・・・それで本気か?」
    マサルは冷たく突き放すように言う。
    「こっちはダイマックスさせる必要もなさそうだ」







    小説:アリス中毒
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