1111の日 先端恐怖症程ではないが、流石に鋭利なものを眼前に突きつけられては堪らないと四季が顔をぎゅっと顰めていた。
「しぇあはぴ⭐︎」
「しないってば、リュウくんっ」
「ええ〜世の中ポッキー、プリッツの日なんだよ?しっきー知らないの?しっきーは世間知らずなんだな〜」
というような旨をリュウはポッキーの先端を咥え、その反対側を四季の顔に突きつけてモゴモゴと語っていた。
「し、知ってるけど。だからって、なんでポッキーゲーム?やるの?」
匋平が用意してくれたカウンターへ並ぶ夕飯を食べたいと言うのに、リュウが相変わらずポッキーの鋭利な先端を眼球へ向けてくるので四季はひぃと顔を歪ませた。
「おい、リュウ。てめぇが食い散らかした店のポッキーは給料からさっ引くからな」
二人の騒動もうるさいだけだと、カウンターに並び夕食を摂っていた匋平はぱかりと開いた口に米を入れ言った。
「ほらっ、しっきーリュウくんとレッツポッキーゲェム!!」
「え?カクテル用のやつ食べちゃったの?……あっ、リュウくん、僕を共犯にしようとしてるんでしょっ」
「しぇあはぴ⭐︎」
「シェア、ギルティだよそんなのっ。それに僕とリュウくんはそういうんじゃないでしょっ、からかいたいだけでしょっ」
甘酸っぱいものではない、純粋に子猫の兄弟が戯れ合うようなやり取りは加速し、我慢の限界が来た四季が席を立つとリュウがそれを追いかけ回した。
「お前らっ、飯の時に走り回るんじゃねぇ」
「おやおや、賑やかだね」
その時、味噌汁を啜る匋平の音に被さって来たのは優雅に中折れ帽を脱ぐ直明の声だった。
「西門、今日は早いな」
「ああ、出先から直接来たからね。それで?」
「知らねぇ、ポッキーの日だとかなんだとか」
タコが出来そうな程聞いたリュウの「しぇあはぴ⭐︎」が轟く中、片耳をほじくり匋平は直明分の夕食を用意しようとカウンターから立ち上がった。リュウは四季をソファ席へと追い詰め、咥え続けたチョコでベタベタになった口元でジュテーム、などと迫り四季をからかっていた。
「成る程。しかし、少しイケナイ遊びを何処かで覚えて来たのかな」
「あのな、そう言うならさっさと止めろ」
「そうだね。リュウ?」
制す直明の静かながら重い声が店内へと響き、リュウはぴたりと動きを止めた。しかしリュウはばきりとポッキーを噛み砕き、遊びを止められたと不服顔で唇を尖らせた。残りの宙に浮いたポッキーが顔に降りかかり、四季は災難続きだ。
「そーやって、ボスぅ、ポッキーの日だからってボスはマスターとポッキー使っていちゃいちゃ……」
ゆったりとカウンターの椅子から振り返り、直明は微笑んだ。
「ははは、しないよ。私と匋平はわざわざそうしなくとも、出来るからね」
朗らかに響くバリトン。店の中は沈黙に包まれた。
「……何か、悪いことを言ったかな?」
「西門!てめぇ、外に出ろっ!」
外と、裏口を示す匋平の顎が鋭く動いた。そしてそのまま怒らせた肩で匋平は外へと向かった。
「はいはい。リュウ?すぐ戻ってくるから、店の中を整えておくんだよ。そうだね……ポッキー一本分、いや二本分の間にね」
ばたりと裏口の扉が音を立てて閉まった。
「……今日のは、リュウくんが悪いよ」
「うん」
「……ポッキー使わないで、その、何してたの、とかも後で聞いちゃ駄目だよ」
「……ごめんなすぁい」
END