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    warabi0101

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    warabi0101

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    ※本誌バレ ※死ネタ ※捏造
    残された者と残さなかった者のお話。
    死んだひとはお墓に宿るのか思い出に宿るのか、というお話のような。自分でも何を書いているかよくわかりませんが、どうしても今書かねばならないと思って書きました。死ネタですので閲覧ご注意ください。

    #悠脹

    空っぽの夕焼け(悠脹)俺と脹相が再会したのは、全てが終わった後だった。

    九十九さんに会いたいかと聞かれて、俺はそれが何を意味するかが分かった。連れていかれた先は、ひどく寒くて暗い部屋だった。俺は浅い息を吸い込んでから九十九さんに聞いた。脹相は何か残さなかったか、と。彼女は首を振った。脹相は最期まで俺を呪わなかった。
    脹相は彼のふたりの弟と同じように葬られた。俺は九十九さんの隣に立って、その様をずっと見ていた。命尽きるまで戦ったのだろうと分かる傷だらけの身体が火に抱かれ、骨になって、小さな壺に収められて、森の中に建てられた小さなお堂の中に収められるまでを、ただ静かに、目に焼き付けるように眺めていた。
    涙は出なかった。脹相の身体が灰になるときも、つめたくてかるい壺を胸に抱いた時も、脹相が収められたお堂の前に立った時も。俺は涙を流すことも、お堂に手を合わせることも、目を瞑って心の中で語り掛けることも出来なかった。俺はそれがなぜかわからなくて、お堂の前に立ち尽くして自分の中に押し寄せるさざ波のような音をずっと聞いていた。もう日が暮れるよと先生が俺の肩を叩いてくれたとき、俺はひとつだけわかったことがあった。
    脹相は、ここにはいないんだ。
     

    脹相を見送ったその日から、俺はまいにち脹相を探すようになった。
    世界を根本から歪めたあの厄災が終わった後、俺たちは少しずつ日常というものを取り戻していった。失ったものは多くても、俺たちは生きている。生きているものは生きていくほかない。生きるためには生活が必要で、生活はやがて日常を生んだ。
    その日常の中で俺はいつも脹相の面影を探していた。朝、目が覚めて振り向いた部屋の中。部屋の扉の向こう。寮の古びた石階段の下。後部座席のとなり。高架橋の下。人ごみの中。狭い路地裏。俺の目に映る、全ての日常の中に脹相を探した。
    でも脹相は何処にもいなかった。あたりまえだ。脹相が生きたのはここじゃない。脹相が生きたのは、歪められて壊された非日常――あの厄災が抉った傷口の中でだけ。だが世界は日常に戻っていく。傷口を塞ぐようにして、ゆっくりだが確実に。脹相が生きた非日常を、あの夜の東京を、脹相の生きた場所すべてを呑み込んで。脹相の面影を白昼夢のようにして忘れてしまうのだ。


    俺の日常を構成するすべてのものが、脹相を忘れてしまっていた。
    俺の目に映るすべてのものが、脹相を忘れてしまっていた。
    俺の大切な人が死んだのに、この世界は知らん顔で廻りつづけていた。
    脹相がいなくなって空いた穴など、もうどこにもなかった。

    それでも俺は、脹相を探すことをやめなかった。





    脹相の事を探し疲れたある日、俺は自分の部屋の窓から夕陽を見ていた。ベッドにもたれて膝を抱えて浅く息をしながら、ただぼんやりと。目を引くような赤色でも輝く黄金色でもない、叢雲に色を乱された何の変哲もない淡い夕焼けだった。


    「脹相」


    突然、俺は小さな声でそう呟いた。ぽつりと、手の中から雫を一滴こぼすように。
    なぜ、呼んでしまったんだろう。このつまらない夕焼けもあいつの事を忘れてしまっているのに。俺にあいつを見せてはくれないのに。唇が憶えていたその男の名前は、浅い呼吸にまちがって音を乗せてしまったのかもしれないと思うほどに小さな音になって静かな俺の部屋に響いた。

    小さな小さな声。
    でも確かに響いたその名前。
    世界が忘れてしまった男の名前を乗せた音で、世界が震えた。
    俺の声で、俺の鼓膜が震えた。

    そのとき、心臓がとくんと鳴った。
    まるで返事でもするかのように。
    とくん、とくん、と鼓動して、血が俺の指の先まで流れてじわりと熱をもつ。
    もう一度、名前を呼ぶ。


    「脹相、」


    俺の声が、俺の耳に届く。
    その瞬間喉が震えて、あ、と思った時には涙があふれていた。
    胸の奥がじわりとほどけて、ぽろぽろ、ぽろぽろ、と後から後から込みあげてくる。
    不思議と苦しさはなかった。溢れれば溢れるほどに胸の中があたたかくなるような優しい涙だった。



    そうだ。分かっていた。
    俺は本当は、はじめから分かってたんだ。
    脹相が、どこにいるのか。


    俺の中だ。
    脹相は、俺の中にいる。


    脹相は残さなかった。
    思い出も、形も、呪いもこの世界に残さなかった。残すものなど何一つ持っていなかったのかもしれない。あまりにも短い生の中で愛した者のため、脹相は彼が持つすべてを以て生き、闘い、死んだ。
    脹相は残してくれた。
    俺の中に、数えきれないほどたくさんのものを。俺が前を向けるように。俺が自分の脚で立ち上がれるように。俺が生きられるように。たった数日間、共に生きたわずかな時間の中で、脹相は彼が持つすべてを俺に注いでくれた。

    何一つ残さず死んで世界に忘れられた脹相は、俺の中だけに残った。
    脹相の鼓動が、吐息が、言葉が、体温が、こころが、いのちが、俺に溶けてひとつになった。

    脹相は俺の中にいるのに、俺の見える世界には脹相がいないから、
    俺はこの世界のどこにも脹相の面影を探すことが出来なくなった。
    憶えているのに、絶対に忘れないのに、俺はもう二度と脹相に会えなくなった。


    『 悠仁 』


    俺の声で、脹相が俺を呼ぶ。


    『 泣かないでくれ 悠仁 』

    『 大丈夫だ ほら お兄ちゃんの手はあたたかいだろう 』


    手の甲が、ふわりとあたたかくなる。
    そこに脹相の手はなかった。ただ涙で濡れた俺の手があるだけで。なにも。


    『 俺はここにいる お前の中に 俺はいつもお前のそばにいるんだ 』


    分かっていた。知っていた。
    それでも、俺は泣いていた。
    脹相がそばにいるのに、脹相に会いたくて泣いていた。

    「なんで、だよ、脹相」

    なんで俺に残してくれなかったんだよ
    お前の思い出にいつまでも縋って泣いていたいのに お前が何も残してくれなかったから 俺は顔をあげて立ち上がるしかなくて
    お前の言葉のために生きていきたいのに お前が俺を呪ってくれなかったから 俺は自分で自分の道を決めるしかなくなった

    なんで俺に残したんだよ
    お前が俺の中に優しさを残したから 俺は自分を愛するしかなくて
    お前が俺の中に強さを残したから 俺は前に進み続けるしかなくて
    お前が俺の中に愛を残したから 俺は最後の最後まで生きるしかなくなった


    『 悠仁 』


    また俺の声で、俺を呼ぶ声。
    もう聞きたくなくて、俺は顔を伏せる。
    それでも脹相は優しく囁いた。



    『 俺たちは 二人で一つだ 』



    脹相



    おれは



    ひとつになんか なりたくなかったよ



    おまえのこえがききたいよ



    おまえにあいたいよ 脹相






    なにもない、空っぽの夕焼けのなかで、
    俺はいつまでもいつまでも泣いていた。
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