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    warabi0101

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    ※※捏造注意※※
    夢の中で、脹相がある男と語り合うお話です。
    どうしても今書かねばならんと思って書きました。

    #脹相
    inflationaryPhase

    傘と夢(脹相)※※捏造注意※※
    夢の中で、脹相がある男と語り合うお話です。
    どうしても今書かねばならんと思って書きました。

    捏造許せる方はどうぞ

    ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓










    夜毎よごと、夢を見る。

    雨が、降っている夢だ。

    受肉して初めて夢を見たその日からずっと、夜になれば耳の奥から雨音が聞こえてきた。

    夢の中で、脹相は雨に打たれて立っている。
    冷たい秋の雨。まるで咎人を鞭打つかのような重い雨。

    水たまりのような鏡面が一面に広がる薄暗い世界の中で、脹相は雨粒に背中を打たれながら罪を受け入れるように頭を垂れていた。体の芯まで冷え切ってしまうまでずっと、肌を乱暴に撫ぜた雨水がぽたりぽたりと頬や髪の先から落ちて、足元で鈍色の波紋として広がっていくのを見送る。

    ただ、それだけの夢だった。





    雨の中に一人の男が現れたのは、脹相がもう一人の弟と出会い、東京の空が闇に覆われたその日の夜だった。
    相変わらず冷たい雨が降っていたが、脹相の身体は濡れていなかった。
    隣に立つ男が傘を差していたから。

    「私の一族は雨が嫌いでね」

    頭上から声がする。雨音の中でも耳に響く朗々とした声。
    脹相は足元の水たまりに映る赤い傘の影を睨んだ。

    「祝い事の最中に雨が降り出したら慌てて取り止めにしてしまうほどだ。縁起が悪い、と言って」

    百五十年前、母の胎の中で聞いた声、掻き出され息絶えるその瞬間に聞いた声、濁った汚泥のような液体の中で聞いた声。この世で最も憎い男の声。
    マグマのように脳天にめがけて吹き上がる殺意を、爪が皮膚を破るほど拳を握りしめて押し殺す。確かめなければならないことがあった。

    「だが、私は雨が好きだった。傘の下なら、自由でいられる気がしていた」

    つらつらと意味のないことを話す男の顔を見上げる。
    背を伸ばすと、ほとんど同じ高さでその男と目が合った。

    和服に身を包み、黒い髪を後ろに撫でつけたひげ面の男。
    もう死んだと思っていた。二度と忘れないが二度と拝むこともないだろうと思っていた、その顔。


    弟達と母の命を弄んだ憎むべき男――――加茂憲倫。


    「――良い雨だ。君もそう思わないか?」

    赤い傘を背におだやかに微笑むその男の額には、無かった。
    ――あの、縫い目が。


    脹相はそれだけを確かめると、また静かに俯いた。二度もその顔を拝みたくはなかった。そして、目を背けたかった。目の端に映った男の瞳の中に、優しい光を見つけてしまったことが恐ろしかった。

    これは俺の夢だろう。
    俺の夢ならば、なぜ俺にこんなものを見せる。
    俺にはこんなもの必要ない。
    俺には傘など、いらない。

    小さく舌打ちをする。


    「……なんと言えばいいか分からなかった。君に、君達に。」

    すこしの沈黙のあと、男は脹相の俯いた横顔に語り掛けた。静かに、穏やかに。


    「私の業ではないんだ、すべてはあの男のせいなんだと、弁明することも

     情けなくもあの男に体を奪われた私のせいだと、地に伏せて詫びることも

     どうか私を許さないでくれと、強請ることも――君達を憐れむ言葉をかけることも。

     全てに、納得がいかなかった。もはや私は君達に語る言葉すら持てないのだと気がついた。」


    「……ならばなぜ、ここに来た」
    目も合わさずに脹相は吐き捨てた。男は微笑んだ。


    「君に会いたかった」


    分からないから、会わなければならないと思った。
    君に一目会って、一言だけでも言葉を交わしてみたかった。

    赤い傘が傾く。雨の中で、脹相の肩を包むように。



    「――俺は、お前に会いたくなどなかった」

    脹相は拒んだ。もう少しで差された傘を押しのけてしまうほどに、男から向けられた言葉を、感情を、拒んだ。脹相は勤めて冷静に語り始める。ざあざあと傘を打つ雨音に紛れるほど密やかで、しかして同じ傘に入った男だけには聞こえるほどの凛とした声で。



    「俺は、俺たちは」

    「もはやお前・・に語るべきことなど一つもない。何の感情も抱いていない。」


    殺意も 

    憎悪も

    怒りも

    憐憫も

    興味も

    もちろん 親愛も 感謝も

    何ひとつお前に向けるものはない



    「――――――ただ、」

    脹相が息を吸う。男は、隣に立って傘を傾けたままそれを聞いていた。



    「ただ、知っている・・・・・



    「お前も、あの男に」


    「大切なものを奪われた者の ひとりだということを」





     俺は、知っている





    脹相は一息にそう言って、傘の影に目を落とした。




    「君は優しい子だな」

    長い沈黙のあと、男はそう言うと突然声をあげて笑った。
    脹相は驚き、顔を上げた。男は心底嬉しそうに笑っていた。この男の顔がこんな風に歪むところは見たことがなかった。笑う意味も言葉の意味も分からず放心しているというのに構わず肩を強く叩いてくるものだから、脹相はますますわけがわからなくなった。

    「私の兄によく似ている」

    兄、という言葉が出た途端、男は肩を叩くのをやめ、再び低く穏やかな声で語り出した。

    「私には腹違いの兄がいた。ただ相伝の術式を身に受けただけの私よりも、ずっと当主にふさわしい……素晴らしい人だった。赤血操術の研究ばかりしている変わり者の私をいつもそばで支えてくれた」

    懐かしむように男の目線が遠くに向かう。傘がくるりと回されて、傘に当たる雨の音が少し変わる。

    「私は――終わらせたかった。この術式と血統の呪いをな。一族相伝の術式を割り裂いて調べるなど天をも恐れぬ鬼畜の所業だと後ろ指さされても、私の妻と子供たちに、私の母や義母や兄弟ような苦しみを与えたくはなかった。術式が継がれる仕組みさえわかれば誰も苦しまなくて済むはずだと、親子の愛を踏みにじられずに済むはずだと、ただ必死に研究をつづけた。だが――――」

    言葉が切れる。雨音に紛れるように男が浅く、息を吐いた。


    「奪われた」


    すべてを。
    明らかな怒りがこもった声。大切な者を奪った者への。そして大切な者を守れず新たな憎しみの種を造った自分への。

    「兄は私を庇って死んだ。あの男に、殺された」

    ああ、だがきっと、私が殺したと、伝わっているだろうな。




    脹相は、雨音の中でも朗々と響く男の怒りの声を、ただ聞いた。
    傘に落ちた雨粒がとどまることなく滑り落ちていくように、脹相は胸に留めることなくその話を聞いていた。
    やはりこの男が言った通り、語る言葉など持たないのだ。自分達は、お互いに。
    この会遇に意味などない。
    何を語ったところで、何も変わらない。
    何を知っても、怒りは消えない。憎しみは消えない。
    事実は変わらず、無念は残る。
    夢は夢のままなのだ。
    それでも、何も変わらないと知っていてもこの男が夢にやってきた理由を――「会いたかった」などという言葉を、脹相は理解したくなかった。名前を付けることを拒んだ。知らないままでいたかった。




    「さて、私は行くよ」

    傘を叩く雨音がほんの少し優しくなった頃、男は自分の方に傘を傾けて微笑んだ。
    まるで何もなかったかのように。まるでただ、雨宿りから家路に帰るときのように。

    「弟達には決して会わないと誓え。弟達はその姿の羂索しか知らない」
    「ああ、約束しよう。君と話せてよかった」

    傘が脹相から外れる。不思議なことに、傘がなくなっても脹相の肩を雨が打つことはなかった。こちらに背を向けて歩き出した男が持つ傘はいまも雨に打たれて鳴いているというのに。男の周りだけが、冷たい雨に打たれていた。

    「最後に、君がどう思ったか……聞いてもいいだろうか」

    雨の中、男が振り返って聞いた。去っていくその背を見ていたせいで、真っすぐ目線があってしまう。
    脹相はその瞳を見てしまった。脹相が名前を付けなかったその感情を湛えた瞳を。ああ、やはり、この男はちがう。

    脹相はフ、と口の端で小さく笑って言った。

    「思っていたよりも優男やさおとこだったな」

    脹相の言葉に、男は一瞬呆けた顔をした後、また大きく口を開けて高らかに笑った。
    そしてひとしきり笑うと、優しい微笑みを湛えたまま雨と傘を背負いながら去っていった。
    脹相はその背を静かに見送った。
    きっとこの男はいつまでも、この止まない雨に打たれ続けるのだろう。
    怒りと後悔と無念の冷たい雨に。


    空を見上げる。雨上がりのまだら模様の空を。
    もう雨が降ることは無いだろう。もうこの夢を見ることもないだろう。



    脹相は空から差し込む光を受けながら、夢の中でゆっくりと瞼を閉じた。
















    以下、あとがき
    ↓↓




    羂索はなんで憲倫の身体を奪ったのかなぁってずっと考えてまして、
    彼も夏油さんのように身体を…尊厳を奪われたのだと思うと堪らなくなって、何か形にしたくて書きました。
    本当の憲倫おじさんはおおらかな人だといいな、というのは私の願望です。
    あとあのひげのおじさんが赤血操術の使い手なのカッコよすぎてずるいです(?)
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