愛ではないかもしれないけれど「だいたいさァ〜、なんでこっちばっかり馬鹿みたいに腰振って頑張らないといけないわけェ〜?セックスっていうのは二人の共同作業じゃないの?女をイかせるだけならそれってただの介護じゃん?おまけに前戯に文句なんか言われた日にはショックで海綿体から血が引くわ!セフレならせめて相手を乗せる努力くらいしてほしいッ!もっと前向きにセックスに取り組むべきだろ!あ〜、もうやだ。手コキと騎乗位の上手なお姉さんに今すぐデロデロに甘やかされたい。今の俺には人肌の癒しが必要なのよ……。」
白石はそれだけ言うとジョッキを呷り、ぐびぐびと喉を鳴らしてレモンサワーを飲み干した。庶民的な居酒屋のカウンター、隣に座る房太郎は白石の言葉にハハと軽い笑いを溢すと、流れるような仕草で煙草を咥え火を灯す。白石と房太郎とはこの飲み屋で三年前に知り合い意気投合、今では店の外でも一緒に遊ぶ仲だった。
「白石〜、セックスは相性なんだよ。お前とその女の相性が悪かったんだ。さっさと忘れな。次だ次。」
「あ〜やだやだ!これだからモテる男はムカつくね〜ッ!」
房太郎は意地の悪い笑みを浮かべると、長い腕をするりと白石の肩に回した。
「ヨシヨシ、俺が慰めてやるからな。」
「え〜ん、ごちそうさまァ。」
「抜け目ねえなァ〜。」
「あっお兄さんレモンサワーお代わりね。」
「なあ白石、俺と試してみねえ?」
「ん?何を?」
「だから、セックス。」
「あ〜なるほど……って、え?ハァ?!」
白石は抱かれた肩を震わせると房太郎の方を仰ぎ見た。ほんの数センチほど離れたところに房太郎の整った顔立ちがあり、その目は自信たっぷりに細められていた。白石は思わず房太郎の顔から目を逸らすと、舌打ちしそうになるのをぐっと堪えた。この野郎、やっぱりいいツラしていやがる。
対する房太郎は白石の耳元に鼻先を近づけると、ほとんど囁くように、しかし確実に白石を追い詰める。
「俺はなァ白石。セックスで相手を喜ばせることに無上の幸せを感じるタイプなワケ。でもさぁ、み〜んな途中でバテちまうんだよな。やっぱり女と男じゃ体力が違うから……お前、たまには奉仕されたいんだろ?安心しろ、俺は得意だから。それにお前、少しは興味ねえ?人間、ケツでもイケるんだぜ。」
「いや……え……?」
正直言って、断る理由が特に無いのが問題だった。第一に、白石は快楽主義者である。第二に、気心の知れた相手とのセックスは気楽さの面で魅力的である。白石は未だ後ろを使って男と寝たことは無かったが、そもそもそこまで男女に拘るタイプでもなく、相手が房太郎なら容姿の面でも充分合格点なのだ。
「シライシィ〜、なんか断る理由見つかったァ?」
「いや……ないです……。よろしくお願いします……?」
「じゃ、決まりね。お兄さん、おあいそ!」
「エッ!もういくの?!」
「善は急げって言うだろ?」
「……。」
§
タクシーで運ばれること約五分、房太郎のマンションに着いた時には酔いはすっかり醒めていた。房太郎に背を押されて部屋に入った白石は、この男は本気で自分と寝るつもりなのかと微かな疑念を抱いていた。これは、房太郎らしい悪質なジョークなのではないか。女に困らぬ房太郎が面倒な手順を踏んで、しかもわざわざ酒を飲んだ後に男を抱くなど、それこそまさに酔狂というやつではないか。
だが白石の微かな疑念は、手際良くゴム手袋を嵌めた房太郎の笑顔と共に、あっさり霧散したのだった。なるほど房太郎は本気らしい。
「えっと……、」
「腹洗ってやるからさ、全部脱げ。」
「えっ、そんなの自分で……」
「やったことあるの〜?」
「クーン……。」
身体の大きい房太郎に合わせた浴室は広々として開放感がある。白石はそこであれよあれよと裸に剥かれ、後孔にシャワー管の先を当てられていた。浴槽のへりに捕まりながらふうふう息を吐く白石の坊主頭を、房太郎は時折慈しむような素振りで撫でさする。
「よしよし、がんばれ白石。もう綺麗だからな、全部だせよ。」
「ううぅ〜……俺は今、大切な何かを失っている気がする……」
「んん?お前は最初から、な〜んにも持っていないだろ。フリーターだし、財産もないし、セフレはいたけど彼女はいないし、知り合いは多いけど友達は少ない。」
「ひどぉい!っていうかなんで俺だけ全裸なの?房太郎もちょっとは脱げよ!」
「あとでな。」
シャワージェルで身体を流しおわると、洗われた腹には間髪入れず房太郎の長い指が入り込む。指は増やされ菊門は縦に広げられ、房太郎が一度指を抜いたときには、白石は排泄時に似た感覚を得て思わず膝を震わせた。こんな調子で本当に快楽など得られるものか。しかし白石の不安を他所に、房太郎は淡々とシリンダーで白石の腹にローションを注ぐと、もう一度長い指でその中をかき混ぜはじめる。
そのうち、白石は自分の身体が熱くほてっていることに気がついた。揺蕩うような感覚と、じりじりと欲望に火がつきはじめる焦燥感。
「んん、まって……房太郎……俺に何かした……?」
「ん〜、ローションに酒混ぜた。」
「ふぁあ?!」
それはつまり、直腸に酒を入れたと言うことか。白石も知識だけでは知っていた。粘膜からのアルコール摂取は、それを飲むよりずっと効くということを。現に、異常なほどの速さで酔いは回って、剥き出しの肌は既に薔薇色に染まっている。房太郎は鼻歌混じりに白石の後ろをほぐしながら、やがて腹側に指の先を押し込みはじめた。
「あっ、あぁまって、へんな感じ……!」
「あ、見つけた?おめでと〜。」
「まって!無理無理、こわい!こわいってば!」
「んン〜……。」
ペニスには触ってすらいないのに、と白石は思った。しかし快楽の波はもうすぐそこまできていて、白石の睾丸は射精前のように引き攣っている。
「ヤダヤダッ!なんかクるッ!」
「シライシ〜、最初からナカイキなんて才能あるぜ。」
そう言った房太郎が白石の睾丸をさすった瞬間、白石は小さく叫んで達していた。射精したときの鋭い快楽とはまた別の、全身がみるみるほどけるような、ぬるくて甘美な絶頂感。
「はい、シライシ、よくできました!じゃあベッドにいこっか。」
「ふぁ……」
力の抜けた身体が逞しい腕によって抱き上げられると、白石は房太郎の肩にくったりと頭を預けた。王様、もうどうにでもしてください。なにもかも俺が了承したことですから。
重なる絶頂と酩酊が白石の理性を突き崩す。一体何度達したか。だが広いベッドにうつ伏せになっている白石は、自分の背にのしかかる房太郎の重さに一種の心地よさを感じていた。
二人の全身は汗と体液にまみれ、まるで水の生き物のようだった。房太郎が容赦なく腰を振るたび、白石の睾丸は房太郎の睾丸によって潰されて、やがて肉体の境は曖昧に溶けてまざりあい、身体の奥には甘い快楽だけが重油のように溜まり続ける。その焦れるような感覚は長く白石を支配して、白石からあらゆる意思を奪っていった。
「ぁあぁ〜ッ……うぁ……だめ……だめ……房太郎……またイク……」
「あ?ダメじゃないだろ?反抗的だなぁシライシは〜。」
すでに痕がつくほどにつかまれている尻肉がぴしゃりと音を立てて引っ叩かれると、白石は生理的な涙と共に再度の絶頂を味わった。いじめ抜かれた肉体は内も外も全身が性器となってしまったようで、触れられるところすべてが恐ろしいほど敏感だった。房太郎は自身を抜かずに白石の体をひっくり返すと、蛙のように折り畳まれた白石の脚を抱え、肩の上まで引き上げた。房太郎の性器は身体に見合った大きさで、白石の後孔を容赦なく押し広げていく。
「シライシまたイッた?でもまだできるでしょ?俺はまだ足りない。」
「うぅ〜……ん……」
「返事は?」
「……ふぁい。」
房太郎の長い髪が垂れ、白石の視界を覆い隠した。白石は身体の奥深くにまで房太郎を受け入れながら、この世には、もう自分と房太郎しか居ないのだろうか、とぼんやり思った。房太郎は自重でもって白石の脚をベッドに押さえつけ、白石の耳元で荒い息を吐いている。白石の柔らかい身体はセックスを楽しむのに適していたが、白石にとって、こんなに消耗しきる経験は初めてだった。
これを覚えてしまったら最後、二度と普通に女と交わることなどできないだろう。白石は暗く遠のく意識の中、息を詰めて小さく唸る房太郎の声を聞いた。男にすら憧れられる存在の房太郎が、自分の身体で達している。
それは奇妙な感覚だったが、決して悪い気はしないものだった。
§
頭痛、吐き気、喉の渇き。この感覚は知っている。重度の二日酔いである。
白石は鉛のように重い身体に鞭打ち何とか寝返りをうつと、視線の先にある房太郎の寝顔を見て、その尖った鼻先を思わず摘んだのだった。
「うう……起きたの、白石。」
「俺、二日酔いなんだけど。」
「ん〜ヨシヨシ……。かわいそうになあ。」
「お〜ま〜え〜の〜せ〜い〜だ〜ろ〜?!」
「ふふ、お水いる?」
「いる!」
房太郎は上体を起こすと髪をかきあげ、ベッドサイドにあったペットボトルの蓋を開けた。
「白石、おいで。飲ませてあげるから。」
「ん〜。」
白石は房太郎の肩をつかんで筋肉質な腹の上によじ登ると、「あ」と大きく口を開ける。
「ふふ、なんか白石、赤ちゃんみたい。」
「うるせ〜。」
「なあ白石、もう俺以外にいらないだろ?」
白石が房太郎の顔を見上げると、その目は昨夜とは違って、僅かな不安を帯びていた。白石はそこでようやく気がついた。あの執拗なセックスは、房太郎の不安の現れであったのか。
「なぁ……俺でいいだろ?白石……。」
「ウン、いいよ。」
房太郎の顔には屈託のない笑みが広がった。
ああ、俺はこの顔に弱いのかも知れない。そして俺は今、何か重大な勘違いをしているのかもしれない。だがこの関係が何にせよ、大きな問題は無いではないか。
なにしろ、二人の相性は最高なのだし。